41 / 96
第2部
スカーレット・オルグレンの独白 1
しおりを挟む
オルグレン=アスコット家は貧しい家だ。
降嫁した公女を祖先に持つオルグレン=アボット家の傍流の家系で、王家の血を引く由緒正しい家ではあるものの、実態としては貴族などととても言えるものではない。
準貴族に準々貴族であるジェントリ、裕福な商家はおろか、下層法服貴族の年収より少ない有様で、準貴族や法服貴族、大商家によってアスコット子爵領は買収される寸前だった。
祖父の代に起こった長雨による河川の氾濫と、それが齎した飢饉によりアスコット子爵の財政は傾き、底をついた。
王家の血を引くオルグレン家の人間としての矜持を崩さぬ祖父は、子爵領を成り上がりの平民に金銭で譲り渡すことをよしとせず。爵位と領地を王家に返上するしか手立てはないか、と覚悟を決めた。
だがそこで、氾濫した川を挟んで領地の隣り合う、カドガン伯爵によって手を差し伸べられ、アスコット子爵領はオルグレン=アスコット家が細々と領地経営を続けている。
オルグレン家当主、アボット侯爵からは既に見切られ。アスコット子爵領は、カドガン伯爵の援助によって、ようやく成り立っている。
というのも、オルグレン=アボット家もさほど裕福な家ではないからだ。
公女の降嫁された当時は、王宮で力を持つ大貴族であったそうだが、アボット侯爵領の所有するサファイアの鉱山から鉱脈が途絶えて久しい。
王宮での派閥争いにも敗れ、アボット侯爵領の財政も権力も尻すぼみとなり、アボット侯爵は寄子である傍系の家が支えているような有様だった。
そしてオルグレン=アスコット家は、飢饉前までは農産業の盛んなそれなりに裕福な家であり、アボット侯爵の柱の一つだったのだ。
天候によって多少左右されたものの、大氾濫前まではある程度安定した収入の見込める肥沃な土地であったアスコット子爵領。
アボット侯爵を支えてきた寄子のアスコット子爵が窮地に陥ったとして、アボット侯爵には、手を差し伸べる余裕はなかった。
領地を隣り合うアスコット子爵とカドガン伯爵。
祖父の代、二人は幼い日からそれぞれの領地を行き来し遊び、また成長してからは王都の大学で机を並べるよい好敵手として切磋琢磨し。
さらに互いが爵位を継いでからは、隣接する領主として意見を交わし、よりよい領地経営をと励んできた仲だった。
カドガン伯爵は旧知の仲であるアスコット子爵の危機に立ち上がった。
当時、カドガン伯爵もアスコット子爵も、その実子は男子しかいなかった。
そのため婚姻による援助という名目を立てることが出来ず、カドガン伯爵が当主を務めるコールリッジ家では、その親族達からの強い反発を受けたと聞いている。
親族達が了承できないのは当然のことだ。
血を同じくせず、婚姻によって家系を交わうこともせず、派閥も異なるまったくの他人。
それもオルグレン=アスコット家にはアボット侯爵という、カドガン伯爵より位の高い寄親がいる。
それなのになぜ、コールリッジ家がアスコット子爵の金銭的援助を担わなければならないのか。
コールリッジ家に全く利がない。
コールリッジ家親族の同意を得るため。カドガン伯爵は、いずれオルグレン=アスコット家に女子が生まれた際、その女子をコールリッジ=カドガン家の嫡男と婚姻させると約束することによって、その場を収めたという。
オルグレン=アスコット家の持つ王家の血の価値を、コールリッジ家の人間に認めさせたのだ。
コールリッジ家は先祖を遡っても王家の血は引いておらず、それがコールリッジ家の人間のうち、劣等感を抱く者があったからだ。
そして、その待望の女子というのが、私、スカーレット・オルグレンだ。
降嫁した公女を祖先に持つオルグレン=アボット家の傍流の家系で、王家の血を引く由緒正しい家ではあるものの、実態としては貴族などととても言えるものではない。
準貴族に準々貴族であるジェントリ、裕福な商家はおろか、下層法服貴族の年収より少ない有様で、準貴族や法服貴族、大商家によってアスコット子爵領は買収される寸前だった。
祖父の代に起こった長雨による河川の氾濫と、それが齎した飢饉によりアスコット子爵の財政は傾き、底をついた。
王家の血を引くオルグレン家の人間としての矜持を崩さぬ祖父は、子爵領を成り上がりの平民に金銭で譲り渡すことをよしとせず。爵位と領地を王家に返上するしか手立てはないか、と覚悟を決めた。
だがそこで、氾濫した川を挟んで領地の隣り合う、カドガン伯爵によって手を差し伸べられ、アスコット子爵領はオルグレン=アスコット家が細々と領地経営を続けている。
オルグレン家当主、アボット侯爵からは既に見切られ。アスコット子爵領は、カドガン伯爵の援助によって、ようやく成り立っている。
というのも、オルグレン=アボット家もさほど裕福な家ではないからだ。
公女の降嫁された当時は、王宮で力を持つ大貴族であったそうだが、アボット侯爵領の所有するサファイアの鉱山から鉱脈が途絶えて久しい。
王宮での派閥争いにも敗れ、アボット侯爵領の財政も権力も尻すぼみとなり、アボット侯爵は寄子である傍系の家が支えているような有様だった。
そしてオルグレン=アスコット家は、飢饉前までは農産業の盛んなそれなりに裕福な家であり、アボット侯爵の柱の一つだったのだ。
天候によって多少左右されたものの、大氾濫前まではある程度安定した収入の見込める肥沃な土地であったアスコット子爵領。
アボット侯爵を支えてきた寄子のアスコット子爵が窮地に陥ったとして、アボット侯爵には、手を差し伸べる余裕はなかった。
領地を隣り合うアスコット子爵とカドガン伯爵。
祖父の代、二人は幼い日からそれぞれの領地を行き来し遊び、また成長してからは王都の大学で机を並べるよい好敵手として切磋琢磨し。
さらに互いが爵位を継いでからは、隣接する領主として意見を交わし、よりよい領地経営をと励んできた仲だった。
カドガン伯爵は旧知の仲であるアスコット子爵の危機に立ち上がった。
当時、カドガン伯爵もアスコット子爵も、その実子は男子しかいなかった。
そのため婚姻による援助という名目を立てることが出来ず、カドガン伯爵が当主を務めるコールリッジ家では、その親族達からの強い反発を受けたと聞いている。
親族達が了承できないのは当然のことだ。
血を同じくせず、婚姻によって家系を交わうこともせず、派閥も異なるまったくの他人。
それもオルグレン=アスコット家にはアボット侯爵という、カドガン伯爵より位の高い寄親がいる。
それなのになぜ、コールリッジ家がアスコット子爵の金銭的援助を担わなければならないのか。
コールリッジ家に全く利がない。
コールリッジ家親族の同意を得るため。カドガン伯爵は、いずれオルグレン=アスコット家に女子が生まれた際、その女子をコールリッジ=カドガン家の嫡男と婚姻させると約束することによって、その場を収めたという。
オルグレン=アスコット家の持つ王家の血の価値を、コールリッジ家の人間に認めさせたのだ。
コールリッジ家は先祖を遡っても王家の血は引いておらず、それがコールリッジ家の人間のうち、劣等感を抱く者があったからだ。
そして、その待望の女子というのが、私、スカーレット・オルグレンだ。
12
お気に入りに追加
1,073
あなたにおすすめの小説
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる