【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
上 下
34 / 96
第2部

6 冷えきった声で

しおりを挟む
 手繰り寄せようとするわけでもなく、ぼんやりと記憶を巡らせていると、アラン様の鋭いお声に模糊もことして揺蕩たゆたっていた意識が呼び起こされる。

「いいえ? メアリーが貴方の娘になることはない」
「何を……」

 前カドガン伯爵がはっとしたように息を呑み、また急に憤りをあらわにした。

「まさかお前、メアリー嬢がありながら、他の女に乗り換えたのか!」
「それこそまさか。貴方ではあるまいし」

 アラン様は慢侮まんぶ隠すことなく、辛辣に切り捨てる。

「貴方にわざわざ報告するのは不本意ですが、要らぬ詮索をされても困る。メアリー嬢と私は、王家の許可を得て正式に婚約を解消した後、先程婚約を結び直しました」

 アラン様はこちらを振り返ると、険しいお顔を緩め、ふにゃり、とあの気の抜けたお可愛らしいお顔をわたしに向ける。
 それからアンジーとエインズワース様に頷かれた。

「第二王女殿下が、私達の婚約を認めてくださいました」

 周囲の視線がアンジーとエインズワース様に集う。
 衆目の元に立たされたアンジーは、アラン様のお言葉に応えるように、鷹揚に頷く。
 前カドガン伯爵は、第二王女殿下であるアンジーの姿を認めると目を見開き、驚愕と動揺がその表情に顕わになった。

「な、ぜ……。……いや。なぜ、解消などした。再度婚約するのならば、そのような無駄なことをする必要はないだろう」

 アラン様はハッと鼻で笑う。

「貴方がたに押し付けられた婚約でメアリーの人生を縛るなど、許せるはずがないでしょう。私だって貴方のよこした呪いを有難がるつもりもない。私とメアリーは、互いの意志で婚約を解消し、結び直したんだ」

 前カドガン伯爵は眉を顰めた。

「それは詭弁に過ぎない。結局お前達は、私が婚約させねば、出会うこともなかっただろう」

 アラン様が押し黙ると、真珠姫クズは前カドガン伯爵にしなだれかかりながら、アラン様を一瞥して、クスリと笑った。
 それから前カドガン伯爵の腕を引き、真珠姫へと屈んだ前カドガン伯爵の耳元に何かを囁いた。

「……そんなことより、メアリー嬢の社交デビューを飾るこの場に招かれなかったことに抗議する。アボット侯爵、貴卿には手紙も送っているはずだ。今日まで返答がなかったため、了承されたと判断し、この場に出向いた。
 それがこの扱いか。貴卿らのすべき責務を、貴卿の先々代より代替わりしてきた我が一族を、よもやお忘れではないな? これは一体どういうことだ?」

 前カドガン伯爵が眼光鋭く睨みつけた方向を見ると、この騒ぎに駆けつけたアボット侯爵ご夫妻がいらした。
 アボット侯爵は前カドガン伯爵の猛然たる抗議にたじろいだようで、その視線を周囲に彷徨わせる。
 好奇の目がアボット侯爵にも向けられ、アボット侯爵の周囲にいた人々が、前カドガン伯爵と間をあけるように引いていく。

 そこにアラン様の冷え切ったお声が、人々のざわめく場を切り裂いた。

「それは貴方が既に、コールリッジ家の人間ではないからですよ」

 途端に、水を打ったように静まり返る。
 自身のつばを飲み込む音すら響くような錯覚に陥るほど。

 衣擦れの音。グラスが置かれる音。会場奥から聞こえてくる、指示のやり取りを交わす使用人達の僅かな声。

 いくつものグラスを載せたトレイを運ぶ給仕が、会場奥へとすり抜けていった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...