【完結】愛してるなんて言うから

空原海

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第2部

3 アラン様のお父様とお母様と叔父様

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「どういうことだ! なぜ我らの出席を拒む!」

 陽が落ち、夜の帳に包まれた薄闇へと放たれた、赤と金の豪奢ごうしゃな扉の前。
 衛兵に阻まれわめく男女の姿が、ベルや剣、流れ落ちる雫を象った、これまた絢爛けんらんなクリスタルシャンデリアに照らされている。

 赤黒いお顔で拳を振り上げている前カドガン伯爵は、どうやら夜会会場に入場できないことにご立腹のようだ。
 そして前カドガン伯爵の腕に頭を預けてしなだれかかる、淑女とは思えぬ距離間のお母様クズ
 真っ赤なお顔を歪めている前伯爵をまるで他人事だというように、興味がなさそうに見上げている。

 この人はいつもそうだ。何にも興味がないような、冷めた人形の目。

「夜会の場でこのように騒ぎ立てるとは……。貴方は恥の概念も失せたか」

 アラン様は嘆息すると、視線を彷徨わせた。
 おそらくホストであるアボット侯爵ご夫妻の姿を探されているのだろう。
 人だかりを見回すアラン様と目があったので、軽く頷く。
 アラン様の代わりにわたしがアボット侯爵夫妻に謝罪する意を込めて、アラン様の怜悧れいりな銀の瞳を見つめ返すと、アラン様はほんの少し頬を緩ませた。
 こんな状況にも関わらず、アラン様のお顔に浮かんだわたしへの信頼と労りに、胸がきゅっとなる。

 カドガン伯爵として相応しい品格を備え、堂々と前伯爵の前に立つアラン様に見惚れてしまう。
 そんな自分を首を振ることで叱責し、踵を返して侯爵ご夫妻を探す。

 すると足を一歩進めてすぐ、わたしは呼び止められた。

「メアリーさん、御機嫌よう。お久しぶりね。お会いできて嬉しいわ」
「メアリー嬢。初めまして、だね。貴方の活躍は聞いているよ。大変優秀なお嬢さんだとか」

 わたしは慌ててカーテシーをし、目の前の紳士淑女に頭を垂れた。

「お久しぶりにございます、前カドガン伯爵夫人。お初にお目にかかります、アスコット子爵。ウォールデン商家が娘、メアリー・ウォールデンにございます。
 お目通り叶い、光栄に存じます。またわたしのような者に勿体なきお言葉、痛み入ります」

 アラン様のお母様とアラン様の御令叔のアスコット子爵。
 今日の夜会に参加されているとは知らなかった。

 アラン様のお母様は前カドガン伯爵から社交場への出入りを禁じられていたし、アスコット子爵は夜会に頻繁に出られるほど財政が豊かではない。
 また子爵夫婦はお二方とも夜会をあまり好まれない方だと聞いている。
 王都に滞在されていること自体がとても珍しい。
 社交シーズンであろうと常に領地におられる方だ。

 そしてどうやら、アスコット子爵夫人のお姿は見当たらない。
 ご姉弟でご出席なされたようだ。

 あの自分本位な前カドガン伯爵は、これを許したのだろうか?

 ご自分がそしられるのを恐れて、アラン様のお母様を閉じ込め続けていた前カドガン伯爵。
 あの方が、ご自分の招待されていない夜会へ、アラン様のお母様のご出席を認めるとはとても思えない。
 アラン様が正式にカドガン伯爵になられたことで、アラン様が前カドガン伯爵の意を退けることは、確かに可能だとは思うけれど……。

 それに加えて今回のホストたるアボット侯爵。
 オルグレン一族の当主。アスコット子爵とアラン様のお母様にとって、一族の長であり、そしてオルグレン=アスコット家を見捨てたオルグレン=アボット家の人間。

 アボット侯爵の舞踏会をデビュタントボールに選んだのは、コールリッジ=カドガン家とオルグレン=アボット家の関係が、そう悪いものではなかったからだ。
 というのも、こちらの舞踏会を選んだ当時、後々アラン様との婚約解消が為ったとして、アラン様のお母様のご生家であるアスコット子爵家へ最初に不義理を働いたのはアボット侯爵が先であるから、アラン様が批難を受けることがないだろうということ。
 カドガン伯爵としてはアボット侯爵の寄子であるアスコット子爵へ援助しているのだから、貸しがあること。

 また、それに加えて、ウォールデン家とアボット侯爵との間に取引がないこと。
 そしてあわよくばオルグレン=アスコット家とオルグレン=アボット家との関係修復を望んだから、というものが理由だった。

 けれど既に現段階で、アボット侯爵は一度切り捨てたはずの寄子、アスコット子爵に招待状を出していたというのだろうか。
 不思議に思っていると、アラン様のお母様の鈴の音を転がすような、可憐な声が頭上に聞こえた。

「あら? メアリーさんはアランから聞いていないのかしら?」

 まだ顔をあげる許可をいただいていないが、親しげなアラン様のお母様のお声につられて、おそるおそる顔を上げる。
 アラン様のお母様は、頬を手に当て、首を傾げていらした。

「もう前伯爵夫人ではないのよ。前伯爵とは離縁したの」
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