8 / 96
第1部
7 望まれたから、婚約解消を受け入れたのに
しおりを挟む
「婚約解消して、メアリーは結婚しないのか? 恋愛は? そもそもお前の好む男とはなんだ?」
幾度目かのお茶会から、アラン様はこうしてわたしの行く末を案じるようになった。
当初は、結婚する気はない、で通していたものの、いい加減鬱陶しくなってきたので、適当に嘯くことにした。
「そうですわね。以前も申した通り、結婚はするつもりはございませんの。ですからアラン様がお気になさる必要はございません。そして恋愛ですか。それも特別、必要なものとは思えませんが……」
むしろお母様を見ていれば、恋愛などしたくなくなるものだろう。
「万が一火遊びを楽しむとして、その時は軽薄なお方を選びますわ。後腐れなく愉しんで、その場限りで別れる。まさに貴族的でしょう? まぁ、わたしは平民ですが。恋愛の真似事をするならば、それで十分ですわ」
思いつくまま、軽薄な様を言葉にすると、アラン様は苦虫を噛み潰したようなお顔をなさった。
「それで都合がいいのは男だけだ。お前は傷つくだけだぞ」
アラン様の仰ることか全く理解出来ない。
勝手気ままに振る舞うと言っているのに、なぜわたしが傷つくのか。
それともアラン様は、わたしが男女の秘事も知らぬ深窓のお嬢様だと、貴族のご令嬢達と同じだと思われているのか。
あまり巫山戯ないでほしい。
「傷つくなど、アラン様こそわたしを軽視しすぎていますわ。わたしは貴族のご令嬢とは違います。商いをする上で、男女のやり取りはある程度知識にございます。実践するかは別として、知識を蓄えるのは商人として必要不可欠。文字を追う知識だけで、足らぬようであれば、この身を晒すまでのこと」
扇子で顔下半分を覆い、ツンと言い捨てると、アラン様はお顔を真っ赤にされた。
「メアリー……! お前、自分が何を言っているか、わかっているのか!」
いずれ婚約を解消しようという者のことを、こうまで案じるとは。
アラン様のお優しさには頭が下がる。けれど、放っておいて欲しい。
これ以上、捨てゆく者に施しなどしないで欲しい。優しくしないで。気を配らないで。
わたしは恋愛など真っ平なのだから。
「勿論存じております。アラン様と婚約中の間は、男遊びなど致しません。そんなことをしてしまえば、すぐさまウォールデン家から叱責が飛び、自由を奪われるでしょうし、アラン様が爵位をお継ぎになる前に婚姻を早められてしまうでしょう。
けれど、婚約解消後は? アラン様が咎める筋合いがございまして? わたし達の婚約は、いずれ解消するものです。婚約解消後にわたしがどのように生きようと、アラン様には関わりのないことですわ」
吐き捨てるように胸の内を唾棄すると、アラン様はまるで傷ついたように息を呑んだ。
何を今更、と思う。
アラン様はご母堂のことを気遣うあまり、強く逞しく生き汚いわたしのことは、楽観視している。
それをただ、こうして意地悪く突いてやっただけだ。
想像力がないのではない。
ただ、アラン様の人より優秀な頭を、わたしに傾けないだけ。そしてそのことをアラン様がご存知ないだけ。
アラン様の申し出た婚約解消。
それがいつなされようとも、アラン様がわたしを見捨てることに変わりはない。
わたしが行き遅れる?
そのために早くに婚約を解消する?
そんなことは、アラン様が早々にわたしを見捨てたいだけ。わたしと縁を切りたいだけ。
綺麗事を連ねないで欲しい。
結局アラン様はわたしを捨てるのだから。
「……俺を恨んでいるのか」
「いいえ」
嘘。少し恨んでいる。アラン様がもっと酷い人だったならよかったのに。
「ならばなぜ。なぜ今になって、当て付けるようなことを口にする? これまで交わしてきた付き合いで、お前のことを俺が知らないとでも思うのか?
俺の知る限り、メアリーは他の誰より賢く貞淑な質だと知っている。そのような軽薄なことを望んでいるとはとても思えない。俺を傷つけたいだけなんだろう?」
あまりに的確にわたしを抉る言葉で、わたしは息が止まる思いだった。
どうして。
どうしてアラン様はわたしをここまで追い詰め、苦しめるのか。
わたしはただ、アラン様が望むから、この婚約の解消を受け入れただけ。
そしてアラン様がしつこく婚約解消後のことを問うから、少し意趣返しをしたかっただけ。
それだって、他愛のないこと。そもそもアラン様がしつこく問い質さなければ済んたこと。
何もかも、アラン様の望むように振る舞っているのに、これ以上わたしに何を求めるのか。
もうわたしには、差し出すものなどないのに。
ただ静かに、アラン様の前から消えていきたいだけなのに。
「いいえ? ただわたしは、アラン様に軽薄だと罵られようが、恋愛の上澄みだけを楽しみたいだけです。あの二人のように、周囲を巻き込んで悲劇の大恋愛に興じるなんて、真っ平なの。女性は貞淑であるべきなんて、そんなのはそれこそ殿方の都合のいい幻想だわ」
だからお願い。もうわたしのことは構わないで。婚約解消まで、ちゃんと婚約者として振る舞うから。
「……そうか」
そしてその日を機に、アラン様は変わった。
幾度目かのお茶会から、アラン様はこうしてわたしの行く末を案じるようになった。
当初は、結婚する気はない、で通していたものの、いい加減鬱陶しくなってきたので、適当に嘯くことにした。
「そうですわね。以前も申した通り、結婚はするつもりはございませんの。ですからアラン様がお気になさる必要はございません。そして恋愛ですか。それも特別、必要なものとは思えませんが……」
むしろお母様を見ていれば、恋愛などしたくなくなるものだろう。
「万が一火遊びを楽しむとして、その時は軽薄なお方を選びますわ。後腐れなく愉しんで、その場限りで別れる。まさに貴族的でしょう? まぁ、わたしは平民ですが。恋愛の真似事をするならば、それで十分ですわ」
思いつくまま、軽薄な様を言葉にすると、アラン様は苦虫を噛み潰したようなお顔をなさった。
「それで都合がいいのは男だけだ。お前は傷つくだけだぞ」
アラン様の仰ることか全く理解出来ない。
勝手気ままに振る舞うと言っているのに、なぜわたしが傷つくのか。
それともアラン様は、わたしが男女の秘事も知らぬ深窓のお嬢様だと、貴族のご令嬢達と同じだと思われているのか。
あまり巫山戯ないでほしい。
「傷つくなど、アラン様こそわたしを軽視しすぎていますわ。わたしは貴族のご令嬢とは違います。商いをする上で、男女のやり取りはある程度知識にございます。実践するかは別として、知識を蓄えるのは商人として必要不可欠。文字を追う知識だけで、足らぬようであれば、この身を晒すまでのこと」
扇子で顔下半分を覆い、ツンと言い捨てると、アラン様はお顔を真っ赤にされた。
「メアリー……! お前、自分が何を言っているか、わかっているのか!」
いずれ婚約を解消しようという者のことを、こうまで案じるとは。
アラン様のお優しさには頭が下がる。けれど、放っておいて欲しい。
これ以上、捨てゆく者に施しなどしないで欲しい。優しくしないで。気を配らないで。
わたしは恋愛など真っ平なのだから。
「勿論存じております。アラン様と婚約中の間は、男遊びなど致しません。そんなことをしてしまえば、すぐさまウォールデン家から叱責が飛び、自由を奪われるでしょうし、アラン様が爵位をお継ぎになる前に婚姻を早められてしまうでしょう。
けれど、婚約解消後は? アラン様が咎める筋合いがございまして? わたし達の婚約は、いずれ解消するものです。婚約解消後にわたしがどのように生きようと、アラン様には関わりのないことですわ」
吐き捨てるように胸の内を唾棄すると、アラン様はまるで傷ついたように息を呑んだ。
何を今更、と思う。
アラン様はご母堂のことを気遣うあまり、強く逞しく生き汚いわたしのことは、楽観視している。
それをただ、こうして意地悪く突いてやっただけだ。
想像力がないのではない。
ただ、アラン様の人より優秀な頭を、わたしに傾けないだけ。そしてそのことをアラン様がご存知ないだけ。
アラン様の申し出た婚約解消。
それがいつなされようとも、アラン様がわたしを見捨てることに変わりはない。
わたしが行き遅れる?
そのために早くに婚約を解消する?
そんなことは、アラン様が早々にわたしを見捨てたいだけ。わたしと縁を切りたいだけ。
綺麗事を連ねないで欲しい。
結局アラン様はわたしを捨てるのだから。
「……俺を恨んでいるのか」
「いいえ」
嘘。少し恨んでいる。アラン様がもっと酷い人だったならよかったのに。
「ならばなぜ。なぜ今になって、当て付けるようなことを口にする? これまで交わしてきた付き合いで、お前のことを俺が知らないとでも思うのか?
俺の知る限り、メアリーは他の誰より賢く貞淑な質だと知っている。そのような軽薄なことを望んでいるとはとても思えない。俺を傷つけたいだけなんだろう?」
あまりに的確にわたしを抉る言葉で、わたしは息が止まる思いだった。
どうして。
どうしてアラン様はわたしをここまで追い詰め、苦しめるのか。
わたしはただ、アラン様が望むから、この婚約の解消を受け入れただけ。
そしてアラン様がしつこく婚約解消後のことを問うから、少し意趣返しをしたかっただけ。
それだって、他愛のないこと。そもそもアラン様がしつこく問い質さなければ済んたこと。
何もかも、アラン様の望むように振る舞っているのに、これ以上わたしに何を求めるのか。
もうわたしには、差し出すものなどないのに。
ただ静かに、アラン様の前から消えていきたいだけなのに。
「いいえ? ただわたしは、アラン様に軽薄だと罵られようが、恋愛の上澄みだけを楽しみたいだけです。あの二人のように、周囲を巻き込んで悲劇の大恋愛に興じるなんて、真っ平なの。女性は貞淑であるべきなんて、そんなのはそれこそ殿方の都合のいい幻想だわ」
だからお願い。もうわたしのことは構わないで。婚約解消まで、ちゃんと婚約者として振る舞うから。
「……そうか」
そしてその日を機に、アラン様は変わった。
29
お気に入りに追加
1,073
あなたにおすすめの小説
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる