【完結】愛してるなんて言うから

空原海

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第1部

1 婚約者との顔合わせを振り返る

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 アラン様とわたしは、生まれた時から婚約が決められていたそうだ。

 実際に婚約が結ばれたのは、アラン様が八つ、わたしが七つの年の頃だけれど。
 婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。

 聞いたときは、「なんだそれ」の一言だった。
 アラン様のお父様と、わたしのお母様が? 恋人同士?
 え?
 ではアラン様のお母様とわたしのお父様はどうお考えなの? そこのところ、お二人ともどうなの? アラン様のお父様とわたしのお母様はお互いの伴侶に、なんら思うところはないの?

 混乱したわたしが、次から次へと心に浮かぶ疑問を投げかける。すると、アラン様のお父様とわたしのお母様は、困ったように目を合わせた。

 は?
 なんですの? このお二人。

 その場には、アラン様のお母さまも、わたしのお父様も居た。居たけれど、お二人は黙ったまま。その表情には何の感情も浮かんでいなかった。

 下衆だわ。
 こいつら、下衆ですわ。

 わたしは、その瞬間。アラン様のお父様とわたしのお母様を、心底軽蔑した。

 アラン様とわたしは、顔を合わせてすぐ、目で通じ合った。
 アラン様もわたしも、二人のことを、こう思っていた。

「こいつらはクズだ」

 そしてアラン様もわたくしも、すぐに理解した。

 この二人は、自分の伴侶を愛していないばかりか、子供のことだって愛していない。
 アラン様も、わたしも、愛されていない。
 愛されていない子供なんだ。

 愛されていない子供達は、親の叶わなかった愛を叶えるために、結び付けられた。
 まるでお人形ごっこ。
 アラン様のお父様クズと、わたしのお母様クズのお人形ごっこに付き合わされて、アラン様とわたしは結婚させられるのだ。

 アラン様とわたし。どちらが先に歩み寄ったのか、わからない。
 気がつけば抱き合い、涙を互いの頬に擦り付けあっていた。
 わんわんと泣いた。
 抱き合うということは。体温を分かち合うということは。こんなにも気持ちがよく、安心するものだと、その時に知った。
 涙に濡れた柔らかい頬を擦り寄せ合わせると、温かくて甘やかなものが胸いっぱいにこみ上げてくること。互いの涙が混じってグチャグチャになって頬を伝い、口に入るとしょっぱいこと。
 アラン様とわたしが、二人で知ったこと。







「なあ、メアリー」
「なにかしら?」
「あいつら、また二人で観劇に行ったそうだ」

 アラン様はつまらなそうに、目の前のケーキをフォークでつついた。

 アラン様は甘い物があまり得意ではない。
 わたし達の目の前に並べられた、大量のケーキは、アラン様のお母様がわたし達二人で食べるように、と持たせてくださったもの。
 アラン様のお母様は、毎日のようにお菓子を作っていらっしゃる。

「あいつらが出掛けると、母上が鬼みたいな顔して日がな一日キッチンに立つんだ。勘弁してほしい」
「まぁ……。そういうときはわたしをお呼びくださればいいのに」
「毎回そういうわけにはいかないだろ」

 アラン様はケーキを捏ねくり回すのを諦め、コーヒーを口にする。

「メアリーだって仕事があるだろう」
「ええ。でもお父様にお話しすれば、許してくださるわ」
「それはそうだが……」

 お行儀悪くテーブルに肘をついたアラン様は空を仰ぎ、流れゆく雲を目で追っている。
 わたしもアラン様の視線の先を追う。

「……こんな風に堂々と逢瀬を重ねるんなら、なんで俺達を婚約させたんだ」

 ぽつりと漏らしたアラン様の言葉に、わたしの心臓がぎゅっと縮こまる。
 アラン様の口ぶりは、まるで、わたしとの婚約が嫌だと、不要のものだと、そう言っているように聞こえる。
 ……ううん。聞こえる、のではなく。アラン様はこの婚約を心底嫌がっている。

「堂々と逢瀬を重ねるためでしょう」
「なに?」

 アラン様が空に浮かぶ雲から視線を戻し、怪訝そうにわたしを見る。
 わたしはまるで物わかりのいい小生意気な風を装って、やれやれ困ったわね。といった表情を作る。

「婚約者同士の親として、という大義名分が、あの人たちには必要なのよ。あの人達はクズで人でなしのくせに、そのように見られるのを嫌がるでしょう。卑怯で小心者だから」
「そんなもの。誰が見たって言い訳にもなっていないのにな」

 アラン様はハッと鼻で笑った。

 アラン様の言う通り、二人の関係と、そしてそれを自分の子供達に押し付けるという異様なやり口は、口さがない者達の間では恰好の餌食になっている。
 少しも隠しきれていないアラン様のお父様クズわたしのお母様クズが、社交界でなんと呼ばれているのか。
 あの二人が知ったら、卒倒するのではないだろうか。

「……それでも、あの二人には自分自身を騙す口実が必要だったのよ」

 そう、今のわたしのように。
 アラン様が片眉を上げた。

「今日はやけにあいつらの肩を持つんだな」
「そんなことないわ」

 そんなことはない。
 あの二人が周囲の誰も彼もを傷つけながら、未だに悲劇の恋に酔っていることに、理解など示さない。
 ただ、わたしにも口上が必要なのだ。
 アラン様と共にいるために、アラン様の婚約者だという誰にも責められることのない、正当な理由。
 あともう僅かしか残されていない時間だけれど。

 アラン様は眉を顰めて怪訝そうな表情をわたしに向けると、肩を竦めた。

「まあいいさ。どうせあともう少しで終わることだ」
「ええ。……長かったわね」
「ほんとにな」

 ティーカップを手に取り、冷えてしまった紅茶を口に含む。
 ゆっくりとカップをソーサーに置くと、アラン様が真剣な瞳でわたしを見ていた。思わず手が震えそうになる。

 ――まだ言わないで。どうかまだ、アラン様の婚約者のままでいさせて。まだ、この茶会を味わっていたい。

 まっすぐに向けられた視線から、目をそらし、何でもないかのように取り繕う。

「何かしら?」
「メアリー、これまで婚約者として振舞ってくれてありがとう」
「……そんなこと……」

 ああ、どうか。残り僅かな時間を、まだ終わらせないで。

「デビュタントボールが終われば、メアリー。お前は自由だ」

 アラン様はそう言って、晴れやかに笑った。
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