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4 ハニートラップとえんがちょ
しおりを挟む扉をぱたりと閉め、メイベルの前に戻ってくる王子。侍従が静かに椅子をひき、王子が座った。
「失礼したね」
王子がこてりと首を傾げる。あざとい。この変わり身。メイベルの胸がキュンとなる。
「それで、そこのお前。神殿長を無事始末したと?」
ぴしゃーっと辺り一面凍りついてしまいそうな、王子の冷たい声色。その問いかけにサラはフフンと鼻で笑った。
「ええ。腰抜け役立たずのフニャチン野郎に代わって、このアタシ。役に立つ侍女王国ナンバーワン(当社比)のアタシが、お嬢様の手足となって働いてきましたよ! お嬢様の手足! そうっ! お嬢様の美しくしなやかなお手にお御足……ハァハァ……」
「黙れ。誰がお前のような変態に、メイベルの手足など任せるものか」
えっ。そういう話だったっけ。
メイベルが眉をひそめ、サラに胡乱なまなざしを向ける。
「サラ。神殿長を退治したとはどういうことなのです?」
それそれ。
神殿長って、この国の女神を讃える神殿の、その長だからね。女神教において絶対の権力者であり、国王とで国内権力を二分する、相当な有力者なんだけどね。
サラはさらっと髪をかきあげ、勝利のVサインを目の前に突き出した。
「あのヒヒ爺、巫女やら神官見習いの少年たちやら、見境なく食い散らかしてましたからね。このアタシの魅惑的なダイナマイツバディで色仕掛けしてやりました!」
うっふん、と体をしならせるサラ。王子は口元を抑え、吐き気をこらえた。
メイベルが「殿下、お加減が悪いのですか」と心配そうに声をかける。王子は爽やかに笑った。
「ありがとう。メイベルの清廉さが、おぞましく邪悪な瘴気を払ってくれたようだ。メイベルこそ、まさしく女神と呼ぶにふさわしい」
「まぁ」
確かにわたくしは女神よね、とメイベルは頷いた。
嬉しそうに頬をゆるめるメイベルを、王子とサラが微笑ましく見守る。
ついでに護衛騎士と侍従も、メイベルの喜びに溢れたはにかみに、胸中キュンキュンしていた。だがそれを悟られたが最後、どす黒いオーラを背負った王子の暗黒微笑に苛まれることは明白。
二人は主達から少し離れたところで、無表情にすんっとすまし顔で控えていた。
「そんなわけでですねぇ~。神殿長にはハニートラップに引っかかってもらって、えげつない罪がばんばん暴かれちゃったって。そういうことですね」
サラはへらへらしながら神殿長退治の顛末を締めくくる。
「あっ。陛下には報告済みなんで、そのうち正式な沙汰が下されると思います」
「なんてこと。サラは毒牙にかかっていないの?」
毒牙にかかったのは神殿長だと思うけどな。
眉をひそめてサラを気遣うメイベルに、サラは鼻の下をのばした。デレデレに。
「お嬢様ぁあああああっ! 心配してくださるんですかぁああああっ! デヘヘヘ」
サラが激しい情動のままに、メイベルへと突進してくる。王子は立ち上がってサラの襟首をむんずと掴んだ。そして放る。
サラの体が放物線を描いて護衛騎士の手に落ちた。ナイスキャッチ!
護衛騎士の腕の中にすっぽり包まれるサラ。身じろぎする度に騎士のプレートアーマーが、がちょんがちょんと音を立てる。
「サラ、うるさい。動かないように」
「はいっ! お嬢様!」
素直に頷くサラに「いいこね」とメイベルが微笑み、サラが「でへへ」と脂下がった。
メイベルはすぐさま不安そうに尋ねなおす。
「それでどうなの? サラが傷ついていないといいのだけれど」
「大丈夫ですよぉおおおお。あんのうすぎたないヒヒ爺なんざ、指一本たりとも触らせておりませんっ! お嬢様の前に立つのに、あんなバッチィのに触るなんて、とんでもないことです! えんがちょです!」
「そう。よかった」
サラを抱え込む護衛騎士がホッとしたように表情をゆるめた。もちろんサラの身を案じたわけではない。
脂でギトギトの神殿長菌に感染しなくてよかったな、という安堵である。だってほら。鎧越しとはいえ、今密着してるしね。えんがちょ!
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