【完結】カミツレの首飾り

空原海

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3 おそろい

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「メイベル、これは……よくないよ。怒られちゃう」

「クリスの弱虫毛虫! 大丈夫ですったら。わたくしの言うことを信じなさい」


 怖気づく王子の手をグイッと引っ張り、メイベルは神殿の祭壇へと足を進める。
 王子はビクビクとあたりを見渡した。

 目に入ってくるのは、色鮮やかなステンドグラス。そこから差し込む光。立ち並ぶいくつものキャンドル。
 壁や床の白い大理石はピカピカに磨かれ、鏡のように反射している。
 白に落ちる、ステンドグラスの赤、青、黄、緑。その他、とりどりの色。輝く美しい光。

 王子は「だって」と、恨めしそうにメイベルを睨んだ。引かれた腕に力を込め、少しばかり抵抗する。


「メイベルはプレナ家の人間だから、気にならないのかもしれないけど」


 神殿長を筆頭に、国教を司る聖職者たちを輩出するプレナ家一族。メイベルはその本家嫡子だ。
 神殿の権威は王家に優る。


「僕は怖いよ。やっぱりダメだよ」


 白亜の神殿。メイベルと王子が進まんとするその先には、荘厳な女神像。
 こちらを見下ろす女神が、厳しく王子を叱責しているように思えてならない。


「何が怖いのです? この時間は神官も巫女も出払っております。誰にも気がつかれませんわ」

「神官たちが気づかなかったとしても。女神様はお怒りになられるよ」


 王子は腕を引いた。手首を掴んでいたメイベルの手が離れる。
 触れていた箇所が急に冷たくなった気がして、王子は自身の手でさすった。


「女神様のお怒りなんて、ありっこないですわ」


 腰に手を当て、胸をそらすメイベルの不遜な様子ときたら。
 どきどきと王子の胸が高鳴る。
 いったいメイベルは何を言い出すのだろう? どんな突拍子もないことが、この小さなレディの口から零れ落ちて、王子を驚かせてくれるのだろう。

 期待を込めてメイベルをじっと見つめる。メイベルは王子の耳元に赤いくちびるを寄せた。


「クリス、ここから見える?」


 メイベルの白く細い指が示す先へと、王子が目を向ける。メイベルはニンマリとくちびるを吊り上げた。
 王子の目の端にちらりと映る、メイベルの得意満面。頬は紅潮して、鼻がぴくぴくしている。


「女神様の像。目元をご覧になって」


 そう言われて王子は目を凝らす。
 大理石彫刻の女神像。つるりとなめらかな乳白色の頬。くっきりとした瞼と下瞼のふくらみが影を落とし、眼球もまた頬と同じくつるりと滑らかで、凹凸もなく白く――白く?


「あれ?」


 王子はパチパチと目を瞬いた。
 おかしい。だって女神像の目は白目だけのはずで。それなのに。

 王子はごしごしと目をこすってみた。もう一度目を凝らす。女神像の美しく厳かな相貌。それから。
 やはり王子の目には、ないはずのものが見えた。


「メイベル。僕、目がおかしくなったみたい」


 女神像を呆然と見つめたまま、王子は言った。メイベルは王子の肩に手をのせて、含み笑いをする。


「おかしくなったのはクリスの目かしら。本当に?」

「えっ」


 王子が振り返ると、すぐ鼻先にメイベルのキラキラとした青い目とぶつかった。神殿のステンドグラスのように、鮮やかな青。
 そしてあるはずのない場所に、王子が見たのと同じ青。


「おかしくなったのは女神様の目ではなくて? 違う?」

「ええっ」


 メイベルはドレスの隠しポケットから巾着を取り出し、「割れないようにそっとね」と王子に手渡す。


「中を開けてみて」


 言われるがままに紐解くと、青い小石や角の丸まったガラス片。赤褐色の火山灰。それから卵に刷毛。


「これ、もしかして」


 おそるおそる顔を上げると、メイベルは王子ににっこりと微笑んだ。


「女神様に目を描いてさしあげたの。クリスとわたくしと。おそろいの青い目!」


 罰当たりな、とか。あんなに高いところまでどうやって、とか。
 そんなことを問いただす必要はなかった。
 なぜなら王子はこれからメイベルと一緒に、女神像をたくさん飾ってあげるのだから。

 メイベルはもう一つ巾着を取り出した。
 中には色とりどりの花びら、葉っぱ、木片に貝殻など。たくさんの画材が入っていた。もちろん、いくらか乾いたカミツレの花も。


「今度はどこを飾ってさしあげる?」

「メイベルと僕とおそろいにしよう!」

「カミツレの首飾りですわね!」


 王子とメイベルが床に巾着の中身を広げていると、神殿の外に控えていたメイベルの侍女が梯子を抱えてやってきた。
 遅れてやってきた王子の侍従は慌てた様子で侍女を止めようとした。だが結局、梯子を女神像に立てかけた。
 王子がうつむいて、侍従の上着の裾をぎゅっとつかみ、「やっぱりダメかな」と声を震わせたからだ。

 結局その日のうちに、神罰を恐れぬ愚挙は暴かれた。

 青い目だけならば、イタズラは長く隠されたかもしれない。
 だが王子とメイベルと。最終的には侍女と侍従、それから見張りをさせられていた護衛騎士まで加わって、五人。
 最高傑作ができたと胸を張って神殿を後にした。そうして残された女神像。

 それはもう、けばけばしく派手に飾り立てられていたのだから。咎められないはずがなかった。
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