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6 やっぱりクソだな、この王子
しおりを挟む「誰がクソ王子だ! この馬鹿!」
孤児院前に鬱蒼と茂る椨の木の裏で、海辺で向かい合うネモフィラとヒロインの会話を隠れ聞いていたユーフラテスだったが、ネモフィラの言い分に我慢ならず飛び出した。
ユーフラテスの腰には帯剣しているサーベルと共に、ネモフィラの弟ハロルドが縋りついてブラブラと揺れていた。
ネモフィラを孤児院に迎えに行くに当たって、キャンベル辺境伯家側がよこした人間が、ハロルド十五歳である。
ネモフィラの弟で辺境伯家次男、金髪碧眼の美少年で、ネモフィラ曰く彼もまた「乙女ゲーム」の「攻略対象」らしい。
ユーフラテスってもう二十一歳なんですけど。
乙女ゲーム、年齢差ありすぎだろ。
それはともかく、突然白い砂浜に転げるように飛び出してきたユーフラテス(と腰にまとわりつくハロルド)の登場に、ネモフィラとヒロインは勢いよく振り返った。
「クソ王……殿下!」
今クソ王子って言おうとしたな。いや、ほとんど言ってたな。
あと「子」を足せば言い切ってたな。
「タイムオーバーだ。ネモフィラ」
センター分けの長い鬱陶しそうな前髪をかきあげてから腰に手を当て、ユーフラテスはネモフィラを見下ろした。
漆黒のベールと生成り色のウィンプルが外れ、豊かに波打つブルネットの髪。
ふくふくと円やかな頬は、以前より日焼けをして健康的な小麦色。
日の光を浴びて煌めく淡い水色のつぶらな瞳は、海を照らす空と同じ色をしている。
――くっ。やはりネモフィラは可愛いな……。
久しぶりの再会にユーフラテスの心は浮足立った。その分だけ眉間のシワを深く刻んだ。
この場でユーフラテスの照れ(もしくはデレ)がわかったのは誰もいなかった。
「何がタイムオーバーなんですの?」
ネモフィラがコテン、と小首を傾げると、ユーフラテスは胸をおさえた。これはわかりやすい。
誰もわかってくれなかったが。
――あざとい!
ユーフラテスは未だ腰にぶら下がっていたハロルドを振り払い、気合いを入れ直した。
ハロルドは打ち寄せられた流木の脇に転がった。
「キャンベル領に帰れ、ネモフィラ。キャンベル辺境伯と話をしろ。落ち着いたら、俺がお前を迎えに行く。先延ばしにしていた王子妃教育を詰め込むからな」
ネモフィラはギョッとした。
王子妃教育など、とっくに見捨てられていると思っていた。
婚約解消はともかく、ネモフィラに王子妃としての姿を期待する人はいないだろうと。
「まあ、王子妃教育だなんて。わたくし、もう二十歳ですわ。もう今更……」
「今更も何も、これまで散々逃げ回っていたお前では、最低限詰め込まねば人前に立てんだろう」
まあ人前に立たなくても、ユーフラテスの寝所にいてくれればいいんだけど。
「ええ。ですから手っ取り早く婚約を解消してしまえばよろしいのですわ!」
なんて名案なんでしょう! と嬉しそうに手を叩くネモフィラに、ユーフラテスは悲しみのあまり怒鳴り散らした。
――こいつ、まだ婚約解消を言ってやがる!
「いい加減にしろ! お前が王家から逃げられるわけがないだろう!」
ネモフィラは未だによくわかっていないようだったが、王家の秘密を暴露して以来、常に監視の目がついているのである。
しかしネモフィラはそんなことは知らないし、恋する孤児院院長と引き離そうとするユーフラテスは悪魔にしか見えない。
俺様だし傲慢だし嫌味だし、ネモフィラの愛でる乙女ゲームのヒロイン、リナを虐めるし。
最悪である。
「わたくしが殿下との婚約を解消しましたら、王家の方々も諸手をあげて喜びますわ」
「まぁ、ある意味そうかもしれんが……」
つい頷いてしまうユーフラテス。
もしネモフィラがユーフラテスに嫁がず、ユーフラテスを本当に振り切って逃げようとするならば、ネモフィラの辿り着くゴールはたった一つ。
髑髏マーク付きゴールである。
ユーフラテスがネモフィラを保護しているからこそ、ネモフィラは存在を許されているに過ぎない。
ネモフィラは王家にとって危険である上に、本人の有用性は低いと見なされている。
処分してしまう方が扱いが容易なのだ。
ネモフィラは我が意を得たりとしたり顔で頷く。
「そうでしょう。そうでしょう。わたくしなんて馬鹿で間抜けで殿下に相応しくない欠陥令嬢ですもの」
ユーフラテスは愛する婚約者がどこかの馬鹿に罵倒されたらしいと知り、激高した。
「誰だ! そんなことを誰がお前に言った!」
愛するネモフィラたんに何てこと言うんだ!
この砂浜に生き埋めにしてやる!
いや剣の錆にしてくれるわ!
フンスフンスと鼻息荒く憤るユーフラテスに、ネモフィラはしらっと答えた。
「殿下ですわ」
「ぐっ」
言った。
確かに言った。
馬鹿も間抜けも欠陥令嬢も。
あと「俺に相応しくない(から相応しくあるよう励め)」云々もユーフラテスはよく言っていた。
やっぱりクソだな、この王子。
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