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閑話3 狂王に惨殺された異母兄二人と死戦神が憑いてる王太子は早く帰りたい。
3 早く帰りたい
しおりを挟むヘラヘラと軽薄に笑いながらも目が笑っていない、恐怖の大魔王のようなコーエン殿下の牽制に怯えながら、オーディン神の言葉を伝えたところ、こういうことだった。
まず、帝国の女系皇族がオーディン神の贄、というのは、彼等の祈りがオーディン神復活のための力の源だということ。神の思惑を受けて動くこと。
聖人と呼ばれる彼らが祈りを捧げ、オーディン神復活の源となる代わりに、オーディン神の祝福として、人ならざる能が与えられること。その能によって働きを為すこと。
そしてそれらの契約を帝国皇族と交わしたのは、オーディン神の魂ではあるものの、取り仕切ったのはオーディン神の御子神、バルドゥール神であること。
ゲルプ王国の王子王女の面々を前にし、一通り説明が済んだあと、コーエン殿下に呼び出された。
暖炉の火が時折パチパチと爆ぜ、適温の保たれたゲルプ王国王太子応接室から、風が吹きすさぶ中庭へ。
コーエン殿下と俺の間を、風がビュービューと通り過ぎていく。寒い。
コーエン殿下が羽織るマントは、艶のある漆黒のウールで、それが風に煽られはためく様は、まさに魔王。怖い。
彼の背後には、臨場感たっぷりな岩まで鎮座している。怖い。
「それで? なんで契約を交わした覚えもねぇ俺とヘクセが、『聖人としての能力』みてーなのを与えられたわけ? ソコにいるオーディン様、答えてくんねぇかな?」
コーエン殿下は笑いながら言った。
目は笑っていない。繰り返すが、目は笑っていない。
『えっ。コレ、期待に沿わない答え言ったら、我、恨まれちゃう? 憎まれちゃう?』
『アッハハ! だ~いじょーぶ。実質、憎まれて被害にあうのは、オーディン様じゃなくてヴォーダンだし』
『そっかァ~。それなら我、何言ってもいっか!』
死ね。
いやもう死んでた。俺も学ばないな。消滅しろ。これだ。
『ん~。まぁさ。彼等には弱者って呼ばれる人間の希望になってほしかったんだよネ。我もバルドゥールも。あっ。ゲルプの第三王子じゃなくて、我の息子な』
オーディン神はチャラっとした口調で語り始めた。
『王太子リヒャードが大局を見て、民を牽引するなら、第二王子コーエンは、リヒャードの拾い上げられない、取りこぼした部分を。
それでさ、まあ、見たくなかったり知りたくないような事がよくわかっちゃう経験してもらって。痛めつけられた者同士、くっついてもらって。そこのあたり共鳴し合ってもらって。
そんで弱者を救っていってほしいな~。ついでにもうちょっと人間の自由度が上がればいいよね~。そんな感じで活躍してくれると嬉しいな~、みたいな?』
おい、待て。
これを俺に言わせようというのか?
目の前で恐ろし気なオーラを醸し出す大魔王相手に?
チラリとコーエン殿下の顔を覗き見ると、彼はニッコリと笑った。怖い。
「あーええと、ヴォーダン殿下?」
しかしコーエン殿下は気遣うように、眉尻を下げた。圧をかけてくるような緊張感が和らいだ。
「どんな答えが返ってこようと、あなたを恨むことはねぇからさ。安心してよ」
ほっとして口を開こうとした途端、頭上でオーディン神がわめき始めた。
『なにそれなにそれ! 我のこと恨んじゃうの? えっ? やめてやめて!』
うるさい。
『ヴォーダン! 我のこと、偉大なる神だって伝えて! 敬い、恐れ慄くようにって!』
誰が伝えるか。
しかしコーエン殿下の機嫌を思いきり損ねる答えを返すことで、詰問追求が続いてこの場が長引くのは嫌だ。
寒いし。怖いし。
「コーエン殿下と奥方には、ゲルプ王国の旗印となるべく役割を託されたそうです」
言葉を探す俺を、コーエン殿下が目を細めて吟味している。やっぱり怖い。
「リヒャード殿下が貴国ゲルプの手綱を握られ、彼の手が届きにくい弱者へと、コーエン殿下がその御手を差し出してくださるようにと」
「ふぅん。物は言いようだな」
突き放すような口ぶりに、チビりそうだった。
なんとか取り繕い、美しいと評判の対外用微笑みをコーエン殿下に返した。
この国の第三王子、バルドゥール殿下の美貌を目の当たりにした後では、俺の美しさなど、かすみにかすみまくりそうだが。
「まぁいいや。なんとなくわかった」
コーエン殿下が頷く。
これで解放されるかと、俺は胸を撫でおろした。
が。
「オーディン様の望みはわかった。引き受けてやるよ。その代わり」
ぎろりと睨みつけられる。いや、本気で怖い。チビる。
「悪魔に手を出すなよ。アレは俺の家族だ。たとえ神だろうと、絶対に渡さねぇ」
コーエン殿下のメンチ切りに、俺と一緒になってビビりまくっていたオーディン神は明らかに安堵の様子を見せた。
『な~んだ! そんなこと! アスモデウスな! ウンウン。ぜ~んぜん構わないよ! オッケーオッケー!』
えっ。悪魔って神の天敵じゃないのか?
戸惑う俺に、オーディン神は「ちっちっちっ」と鬱陶しく舌を鳴らした。
姿は見えないが、指を立てて左右に振っているオーディン神のイメージが頭に浮かぶ。
『だってアスモデウスを堕天させたの、我じゃないし。なんなら彼の仲良しベルゼブブって昔、神だったとかそうじゃなかったとか言われてるし。知らんけど。彼らを堕天させた神にかかっちゃ、我も悪魔呼ばわりされる可能性大だし。知らんけど』
「……その方を悪魔と見なす神は、オーディン神と神族を違えるため、なんら問題はないそうです」
戸惑いつつ伝えると、コーエン殿下は目を見開いた。
彼にとっても意外だったのだろう。
「へぇ。そんじゃあ、交渉成立だな」
ようやく。ようやく、本当に解放される!
俺はコーエン殿下に手を差し出した。握手でこの場を締めようと考えたのだ。
コーエン殿下は俺の手を握り、「これからよろしくな」と、晴れやかな顔で笑った。
「ええ。今後とも」
「うん。あとな、ヴォーダン殿下」
俺の手を握るコーエン殿下の手に、ぐっと力がこもる。
おかしいな。手がギリギリ言いだしてるぞ。手はしゃべらないはずなんだけどな。おかしいな。
「エーベル傷つけたら、ぶっ殺すから。そっちの国、ぶっ潰してやるから。覚悟しとけよ」
ああ、早く帰りたい。
(閑話3 「狂王に惨殺された異母兄二人と死戦神が憑いてる王太子は早く帰りたい。」 了)
◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までご覧くださり、ありがとうございました!
こちらは、ゲルプ王国のなかよし兄姉弟の王子さま、王女さまを中心にしたシリーズの、第三弾目のお話です。
第一弾が、ちょっぴりぬけてる末っ子王子、バルドゥールのお話で、「末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う」。
今作第三章でほんのり触れております。
こちらは投稿済みで、ほのぼの一途なラブファンタジーです。
第二弾が、クソ真面目な妻子持ち第一王子(王太子)、リヒャードのお話で、「悪女を断罪した王太子が聖女を最愛とするまで」。
こちらはシリアスなお話です。
末っ子王子バルドゥールの恋のお相手、アンナ。その義兄フルトブラントがヒーローのスピンオフが、「水の精ウンディーネと騎士フルトブラント、『にじゅういっせいきのにほん』に降り立つ」。
こちらはフーケー著(1811年)『ウンディーネ』、スラヴ神話のオマージュで、ラブコメです。
通してご覧いただくことで伏線(らしきもの)がつながるようにしています。
ゲルプ王国の王子王女たちの物語に、今後もおつきあいいただけますと、とっても嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
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