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第三章
第三話 罪に染まる魂
しおりを挟む――魔女相手では、子は生まれない。神は魔女を祝福しない。よって祝福の象徴たる子は生まれない。
長らく囁かれている、嘲りの言葉。
第二王子コーエンとその妃ヘクセへの、不敬極まりない嘲笑と揶揄。まるで二人が悪の使いそのものである証拠だと言わんばかりの。
我に正義ありと声高に叫ぶ者たちの。
コーエンとヘクセが婚姻を結んでから、既に七年近く。
にも関わらず、子がいない。王侯貴族として、これは異常だ。
だからそのような悪意ある噂が立てられてしまうことは、仕方のないことともいえる。そしてそれがわかっていて、子をつくらないでいるコーエンにこそ咎があることも、コーエンは自覚している。
王子で男であるコーエンに向けられる『種なし』より、王子妃で女であるヘクセに向けられる『石女』が、どれほど過酷かなど。
深く考えるまでもない。
子が生まれないのではない。
コーエンは避妊を続けていた。ヘクセが一度妊み、流れてしまってから。
ヘクセが懐妊し体調が落ち着いた頃、ヘクセ本人の希望で、ヘクセの父親に報告に王都外れの小さな屋敷に出向いた。
コーエンは最後まで反対した。だが、ヘクセはどうしても父親に認めてもらいたがった。
父から娘への呪縛。娘から父へのいつまでも消えぬ期待。
――何があっても、許可しなければよかった。
そんなことを思えども、いまさらだ。後悔は先に立たない。言葉通りだ。
屋敷には、元公爵しかいなかった。
コーエンが恩赦として与えた、王都外れの小さな屋敷。
継母も、異母姉も、使用人も。ヘクセの父である元公爵以外、誰一人としていない。荒れ果てた屋敷内で、元公爵はコーエンとヘクセとニヒトを両手を広げて出迎えた。
侍女は馬車の中で。護衛騎士は屋敷外で待機させていた。
「おお! 悪魔よ! ようやく私の願いをかなえてくれるのか! その子はまさしくリーゼの生まれ変わり、悪魔の御子!」
薄汚れた金の髪を振り乱し。こけた頬に落ちくぼんだ眼窩。
だがしかし濁ったオリーブ色の目だけはらんらんと異様な光を放ち、生命力とはまた異なる力強さに溢れ、まばたきもせず、じいっとヘクセの腹を見ては、手入れのされぬボウボウの髭の下でニタリと笑う。
風呂には最後、いつ入ったのか。すえた臭いがする。
狂人。
それ以外に言葉は浮かばなかった。
だがしかし、狂った元公爵を前に、ヘクセを守り抜かねばという決意の他、コーエンはまた、別の恐怖に襲われた。
(俺も、狂うのだろうか)
一度その疑惑に囚われてしまっては、もう駄目だった。
元公爵は爵位を剥奪されたことも、後妻とその娘が去ったことも、生活のあらゆるすべてが落ちぶれたことも、なにひとつ気に留めていない様子だった。
彼がその濁った瞳に映すのは、ただ一人。失われた最愛の妻。ヘクセの母親。
元公爵は最愛の妻を失ってから、少しずつ壊れていったのだろう。そして今や、完全に壊れ切っている。体裁を取り繕うことも不可能なくらいに。
それはおそらく、依り代になるはずだったヘクセまで失ってしまったから。
もし、ヘクセが母親同様、出産と同時に、その命を落としたら。二人の間の子だけを残し、ヘクセが失われてしまったら。ヘクセの忘れ形見を抱いて、自身はどうするのか。
コーエンにはニヒトがいる。
本物の悪魔がいる。
そしてまたヘクセも腹の子を「悪魔の子」と呼ばれたことに、過去のトラウマを呼び起こされた。
魔女と蔑まれて育った、こども時代。
そして子は流れた。
コーエンは安堵してしまった。
ヘクセはしばらく呆然としていた。そんなヘクセに寄り添いながら、しかし、コーエンはヘクセを失わずに済んだことに、心の底から安堵していた。
失われた尊い命。自身の血を引く吾子。嘆き悲しみ、惜しむのではなく、安堵してしまった、これ以上なく傲慢で身勝手で、罪深い我が身。
子を持つ資格はない、とコーエンは思う。
それ以上に怖い。怖くてたまらない。
コーエンはもはや、なかば確信している。ヘクセを失い、我が子だけが残されたとき。そのとき自身が選ぶであろう道を。
悪魔と同じ時をともに過ごしすぎたせいだろうか。コーエンの魂は罪に染まりきってしまった。
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