【完結】好色王子の悪巧みは魔女とともに

空原海

文字の大きさ
上 下
39 / 45
第三章

第一話 真っ当な幸せ

しおりを挟む



「バルがアンナ王女と再会した際、叔父上の邸宅でド派手な演出したらしいんだよな」


 執務机に肘をつき、組んだ手の甲に顎をのせ、コーエンは物憂げにため息をついた。

 バルというのは、コーエンの弟で第三王子バルドゥールの愛称である。アンナ王女とは、唯一の王位継承権を持つ隣国の王女のことであり、バルドゥールの恋人だ。ちなみに彼女の愛称はアーニャ。


「はぁ。そのように伺っておりますが」
 ニヒトは主の言を受け、こてりと首を傾げた。

 今日のニヒトはグラマラスな体をストイックな黒のお仕着せに押し込めた、非情に煽情的な女体姿。
 ニヒトは悪魔であることをコーエンに打ち明けてからというもの、こうして度々女体となって現れる。

 どうもニヒトは、コーエンを誘惑したものの、手をつけてもらえなかったことが、かなりの屈辱であったらしく、懲りずに色仕掛けをするのだ。ちなみにニヒトのもう一人の主であり、コーエンの妻であるヘクセは傍観の体である。
 止めてくれ、とコーエンは内心ウンザリしているし、実際ヘクセに止めるよう掛け合ったこともあるのだが「わたくしはコーエンを信じておりますもの」とニッコリやられては、コーエンは黙るしかなかった。

 もちろんコーエンとて、ニヒトの色香に惑わされるつもりは一切ない。だがしかし、落ち着かない。
 コーエンにとってニヒトとは、褐色の肌に小麦色の髪、琥珀色の瞳をした美貌の『男』なのである。決して女でない。

(女はヘクセと……まぁ、あとエーベルで十分なんだよなあ…)

 好色王子と呼ばれるコーエンだが、実際のところ、女性をそれほど好んでいるわけではない。というより、好色王子としての役割を担っているからこそ、女性の厭らしさは散々に見た。人一倍『見えて』しまう性質だからこそ、嫌というほど見た。

 女体になったからといって、ニヒトは生物学的に女性になるわけではないが――というより、ニヒトの存在が生物としての範囲内にあるのか甚だ疑問だが――コーエンにとって女性というものは、粘着質で面倒で鬱陶しくて。
 なにより理性より感情を優先させるものだから、こちらの予想とかけ離れたことを突然しでかす、厄介極まりない存在である。

 神経を常に磨り減らされ、仕事でなければ極力関わりたくない存在。
 それがコーエンにとっての女だ。
 ちなみに妻ヘクセと双子の姉エーベルを除く。

 兄リヒャードの幼馴染であった、かつての侯爵令嬢の存在、そのトラウマも大きい。
 彼女は兄への恋慕をこじらせ、なんと王太子である兄への贈り物に毒を盛り、結果、彼女の一族は粛清された。
 この事件はその後の政治勢力および体制において、歴史的転換点となったのだが、それはまさしく女の業から始まったのだ。
 亡き侯爵令嬢は当時、まだ十三の少女だった。
 女というものは、清廉で無邪気であるはずの少女にあってさえ、おそろしい。

 だから中身がニヒトとはいえ、女体化されてしまうと、コーエンにとっては敵が増えたような心境になってしまう。

 弱者として囲っている離宮の女性達。
 彼女達も結局は女性であるから、なんだかんだといって直接の交流はあまりない。拾っておいて申し訳ないと罪悪感はあるものの、基本的には妻ヘクセに任せているのが実情だ。

 好色王子だなんて二つ名を掲げてはいるコーエン。
 おそらくゲルプ王国の王子三名のうち、実際のところ女嫌い、人嫌いの毛があるのはコーエンに違いない。

 だからこれは、ニヒトの嫌がらせなのだ。
 ニヒトの「大事なお嬢様」を貰い受けたコーエンへの。

(だいたい、ニヒト、お前が俺を選んだんじゃねぇのかよ)

 ニヒトがコーエンを選んだ。
 ニヒトの大事なヘクセの相手として、ニヒトは様々な条件を鑑みて、最終判断を下したのがコーエン。だから許す許さないも、ニヒト自身がこれぞと決意したのがコーエンなのだ。
 ニヒトが望めば、ヘクセはニヒトの手に落ちたことだろう。だがニヒトはそうしなかった。
 人の理の中にヘクセが留まることを望み、ヘクセが人として『真っ当な幸せ』を掴むように促した。

 だがしかし。

(悔いているとでもいうのか? …………いや、それはねぇか)

 万が一、ニヒトが己の選択を悔いているというのなら。
 ヘクセとコーエンを天秤にかけるまでもない。ニヒトにとってのヘクセは唯一無二で、コーエンはそのオマケ。
 ただちにコーエンの手からヘクセは失われるだろう。だから、ニヒトがコーエンに仕掛ける嫌がらせとは、ニヒトのコーエンへの愛情表現でもあるのだろう。

(真っ当な幸せ、なぁ…………)

 人としての真っ当な幸せ。
 ニヒトがコーエンに求めること。ヘクセを人として幸せにすること。

 ――子づくり。

 ニヒトでは叶えられないそれを、コーエンに望んでいるのだろうか。
 コーエンとヘクセの間に、まだ子はいない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの瞳に映る花火 〜異世界恋愛短編集〜

恋愛
中世ヨーロッパ風の架空の国で起こるヒストリカルラブロマンス。恋愛以外のジャンルもあります。 ほのぼの系、婚約破棄、姉妹格差、ワガママ義妹、職業ものなど、様々な物語を取り揃えております。 各作品繋がりがあったりします。 時系列はバラバラです。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙は結之志希様(@yuino_novel)からいただきました。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

転生先は殺ル気の令嬢

豆狸
恋愛
私はだれかを殺ルのも、だれかに殺ラレルのも嫌なのです。

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

処理中です...