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第二章
第三話 勃たない(3)
しおりを挟む「はっ! なあ~にが色欲の悪魔、だ! 完敗じゃねぇか」
ニヒトはいつもの麗しい男性の姿に戻っている。
見慣れぬ女性姿だと、ニヒトだとわかってはいてもどうにも他人のように見えて不快らしい。コーエンが「その姿、好きじゃねえ。戻ってくれ」と言うので、ニヒトは男性体になった。戻るも何も、どちらもニヒトでどちらも真の姿ではない。
ニヒトが恨めしそうにコーエンを睨めあげる。
「……殿下は不能なのではないですか?」
「はぁああああああああああああああ? ふっざけんなよ、てめぇ! ……いや、違うな。負け犬の遠吠えだな!」
ヘクセは目の前で二人がきゃんきゃんと戯れるのを横目に、自らの右手をそっと開いた。そして視線を落とす。
美女姿のニヒトが艶めかしくコーエンに触れていたとき。
ヘクセの手の中であれはみるみる元気を失っていった。途中、必死なニヒトが可哀想になるくらいだった。しかしヘクセは黙って見守りつつ、ニヒトのテクニックを目に焼き付ける。あとでコーエンに試そう、と思いながら。
楽しそうに言い合う二人の姿をヘクセは微笑ましく見守りつつ、それにしても、と思う。
それにしてもどうしてコーエンはこうまでして『証明したい』などと言い張ったのだろう。色欲の悪魔にも屈することのなかった夫の強靭な精神はよくわかったけれど。
「ヘクセ」
はっと気がつくと、コーエンとニヒトの二人はじゃれ合いを終え、ヘクセの両隣を囲うように立っていた。
コーエンが開いていたヘクセの右手をとり、今度はその手をあそこではなく自らの背に回すよう促す。ヘクセは微笑むともう片方の手をコーエンの頬にあてた。
「ご満足なさって?」
コーエンが眉を顰める。
「満足って……。まあな。でもこれでわかっただろ? ニヒトがたとえ女だろうが俺は抱きたいなんて思わねぇよ」
「はい。よくわかりましたわ」
にやりと口元を歪めるコーエン。その細めた目にどこか不穏な気配を感じる。
コーエンの頬に当てていた手を離そうとするとぱしりと気持ちのよい音を立てて掴まれてしまう。
「なぁ? これ、俺の勝ちだよな?」
「……なんのことでしょう」
ヘクセは手首を掴まれながらも、じりじりと後退する。
「素直に認めろって」
ヘクセの背がどん、と何かに当たる。
そして肩にほっそりと優美な手が置かれた。見上げるとニヒトが困ったようにヘクセを見下ろしている。
「お嬢様。我々の負けです」
ずいっとニヒトによって体を前に押し出される。
ヘクセは瞳を潤ませ「ニヒト…!」と縋り、イヤイヤをするように首を振る。
「うーん。それ、面白くねぇなぁ……。そりゃヘクセとニヒトの絆は理解してるぜ? 離れんなって言ったのも俺だ。でも何? 俺、なんか二人を引き裂く悪役みたいじゃねぇ? ねぇ、なんで?」
手首を掴んでいたコーエンの手は二の腕までゆっくりと撫でるように這わされ、そのまま背中、そして腰へと回された。
ぐっと引き寄せられ、コーエンの頬とヘクセの頬が触れ、すりすりと頬擦りされる。夜になって少しのびた髭がじょりじょりする。
「……いくら俺の勝ちが認めらんねぇからって、悪魔まで出してくるとはなぁ。これはさすがに反則だよな? なぁ、ヘクセ。だいたいヘクセが俺を試すのはこれで二度目だ。俺は怒ってもいいんじゃねえか? 信用ねぇんだな?」
ヘクセはぐっと押し黙った。
コーエンは勝利を確信して、嬉しそうに笑った。ヘクセの脇下に両手を差し入れ、肘をのばすとヘクセの体を持ち上げる。
「ちょっ……! コーエン!」
コーエンは無邪気な顔で宙に浮いたヘクセをぐるぐると回す。ヘクセの黒髪やドレスの裾が遠心力によってなびき、ばっさばっさと音を立てる。
ニヒトはすっと後ろに下がって二人を眺めていた。
「俺の勝ち! そうだろ!」
物の溢れかえる狭いスペースで、コーエンはひたすらぐるぐるとヘクセを回し続ける。
「ははははははははは! どうだ! まだ認めねぇのか!」
「やめてくださいまし! 認めますから! 気持ち……悪い……っ!」
真っ青になったヘクセの顔色にようやく気がついたコーエンは、慌ててヘクセを床に下ろすも、ヘクセは床にへたり込んで目を回し、それを眺めていたニヒトに溜息をつかれた。
ニヒトの敬愛する主夫妻はときどき思いついたようにこうして互いの愛情の深さを比べあいっこして競う。
そのあまりの馬鹿馬鹿しさに、付き合うものはニヒトくらいで、色欲の塔に住まう者達はこの夫妻に厚恩を抱いてはいるものの、『勝手にやってろ』と常々白い目を向けている。
知らぬは主夫妻ばかりであった。
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