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閑話2 狂王に惨殺された異母兄二人と死戦神が憑いてる王太子は早く結婚したい。
2 フリズスキャールヴ王国の好色王子
しおりを挟む「…………というわけで、もう少々、殿下にはお控えいただけたらと……」
「はい。そうですね。私の不徳の致すところです。皆には世話をかけました」
「いえっ! 殿下のご心労につきましては、我々も及ばずながらお察ししております。ゆえに心安らかなる憩いをお求めになるお気持ちも、理解しております。ですが……」
「ええ。正式に婚約も締結しましたし、ここでゲルプ王国に懸念を示されては、面倒ですからね」
「…………ご高配に感謝いたします」
俺は今、美しいと評判の対外用微笑を浮かべ、目の前の側近の苦言を甘んじて受けている。その苦言とは「女遊びもいい加減にしろよ」というものである。
まだ十一歳なのに。女遊びって。通常、精通したかどうかも微妙な年齢じゃないか?
決して表には出せない憎悪を、頭上でうるさく騒ぐ二人の兄王子の亡霊と、魂を同じくする死せる唯一神に向け、俺は内心口汚く罵っていた。
『あっるぇえぇぇ~? 愛しのヴォーダンがご機嫌ななめみたいだよ? オーディン様ぁあああ! ヴォーダンがっ! オーディン様をクソって言ってまぁっす!』
死ね。
いやもう死んでた。じゃあなんだ。消滅しろ。これだ。
『うむ。ヴォーダンよ。我が名を受け継ぎ、我と肉体を共にする者よ』
体の中で、重々しく威厳に満ちた声が響く。あくまで生者においては俺にしか聞こえていないが。
クソクソと罵っていたはいたが、相手は古代の神。
またこの大陸において唯一神として崇め奉る神である。フリズスキャールヴ王国の守護神が全力で放棄したこの国の後始末を肩代わりしてくれる予定の、偉大なる神である。この神が味方すれば、戦において負けることはない、とまで言われる、戦争と死の神である。そして未知なる魔術を授け、知識の泉をもたらす神である。
オーディンを身に宿した俺とそれを擁するフリズスキャールヴ王国に、敵はいない。そう驕っても問題のないほどの力を持つ神である。
仕方ない。
自身の肉体に響き渡る偉大なる神の声に耳を傾ける。
『………………汝が婚姻を交わす暁には控える。ゆえにもうしばし、我が女子と交わうことを許せ。な? 汝も女嫌いなどと申さず、女の扱いに慣れるによい機会であろう。勿論この国の泰平には我が偉大なる神力を貸与する。この兄王子たちの魂も、直に天上へと我が導くゆえに。な? よいだろ? なんなら戦士の館でもよいぞ。中でも特別美しい戦乙女を寄越してやるぞ。どうだ? ん?』
『えっ。オーディン様、それマジで?』
『マジマジ。大マジよ。なんせ終末の日で我がフェンリルに飲まれたろう? それを目の当たりにした死せる戦士達がなぁ。白けちゃってさぁ』
『なるほど。解散してしまったんですね』
『そうそう。そういうわけなのよ。皆の憧れ、ヴァルハラが今じゃ閑散としててなァ。戦死とは違うが、今なら汝らを勇敢に戦った者として、高待遇で迎えてやるぞ?』
『迎えていただいても、我々以外に誰もいないのでは』
『ハハハ! まぁ、それはそうだが、その分館では豪勢にやればよい。ヴァルキリーも汝らの好きにしてよいぞ。キレイどころばかりだぞ。よりどりみどりだ!』
『アッハハ。そりゃ、オーディン様の望みでしょうが!』
『うむ。だが女はよいだろう! 女は! 酒に馳走に戦に女。他に男が求めるものがあるか?』
オーディン神と兄王子の、能天気な会話が頭上でなされ、俺の顔は意図せず笑みが深まった。俺の前で膝を折り、諫言していた忠臣の肩がビクリと揺れた。
あれ……。やっぱり女遊び控えろとか、不敬だった……?
そんな顔をしている。
いや、おまえの懸念はわかるぞ。
処罰を恐れず心を決め、俺に苦言を呈してきた忠臣。この国の王族の女に狂う血筋はいかんともしがたいのか、とでも考えているのだろう。その表情に諦念が浮かんでいる。
いやしかし。
現在空席を埋めんと王座に就くのは、前国王の弟である我が叔父上。現国王陛下はまさしく潔癖な人物だ。潔癖過ぎて、第三王子である俺の存在を理由に、臨時の国王代理としての役割しか納得してくれなかったが。
別にいいのに。そもそも俺なんてあの死んだ側妃の息子だ。
荒れるこの国において、呪われた我が王族を未だ見捨てず、忠を捧げてくれている貴重な臣下達の懸念と覚悟は知っている。
俺が今後このまま女狂いになるようなら、王位に留まるよう現国王を説得し、今は俺の婚約者であるゲルプ王国第一王女エーベルを現国王の妃として娶ってもらい、後継を作らせ、俺を廃そう、というもの。
それでいい。
女遊び如何に関わらず、叔父上がそのままこの国を治めればいいのに。しかし叔父上も臣下達も俺に王位を継がせようとしている。
唯一神オーディンを意味する俺の名が、勝手に皆の期待を寄せてしまう。
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