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閑話1 耳年増王女の文通
2 不審者が現れました
しおりを挟む「大丈夫ですよ。このお方、とっても苛烈ですが、まぁ公平な方ですからね。この手紙も、王女殿下を婚約解消してさしあげたいというお気持ちからですよ。きっと」
驚いて振り返ると、そこには第二王子コーエンの婚約者、公爵令嬢ヘクセ付き側仕えの褐色の異邦人がいた。なぜ第一王女であるエーベルの私室に入り込んでいるのか。
呆気にとられるエーベルをそのままに美貌の異邦人は続ける。
「知識を得たいからと自らの肉体を自らに捧げようとしたり、智慧を求める人間には首吊り槍刺し贄を要求したりする被虐的かつ嗜虐的な面もありますが、おおよそにおいては人間に好意的な方ですから」
突っ込みどころだらけである。いやしかし。
「…………あんた、なんでここにいんの?」
これだ。これが一番の大問題である。
美貌の異邦人はこてりとあざとく小首を傾げた。
「お嬢様を幸せにしてくださる第二王子殿下は私めにとっても大切なお方で、その第二王子殿下が大事に想われている第一王女殿下ならば、私めもそれなりに気を遣わなければと考えた次第ですよ。まぁ仕方なくですが」
「あらそう。お務めご苦労さま…………………………ってそうじゃないわ! 何そのいやいや感! あたし頼んでないんだけど!」
エーベルはがたりと激しい音を立てて椅子から立ち上がった。美貌の異邦人の背中越しに、侍女が「エーベル様ぁ。はしたないって女官長から叱られますよぉー。言いつけちゃおっと」などと間伸びした声で、聞き捨てならないことをほざいている。
「それはやめて! っていうか、なんでこの人、この部屋に入れちゃったの? いつの間に?」
「え? 入れてないですよ? なんかいつの間にかいたっていうかぁー」
えっ。何それ怖い。
というか、いつの間にかいた人間に対して、危機感薄くない?
エーベルは目の前に立つ異邦人押しのけ、慌てて扉へと走った。美貌の異邦人はエーベルの力強い押し出しにクラリとよろめき、それをエーベルの侍女がキャッチする。
「きゃあっ! やっぱりキレーですねぇー! あれ? コーエン殿下の侍従さんですかぁ?」
「いえ。私めはヘクセお嬢様の側仕えにございます。第二王子殿下にもよくしていただいております」
何やってんだ。あいつら。
侍女はキャッキャ言いながら、遠慮なく美貌の異邦人の体をベタベタ触っている。相手も満更ではなさそう。
あれ? あの侍女婚約者いたよね? しかもかなり粘着質で嫉妬深い、蛇みたいな陰湿な男が。浮気かコラ。刃傷沙汰になっても知らないぞ。
……面倒なことにならないといいけど。いや。無理かな。あの蛇男じゃ。
エーベルは溜息をつくと、扉近くで控えていた護衛騎士を見上げる。
「あなた、ちょっといい?」
「はっ! なんなりと!」
返事は元気でよろしい。だけど……。
「あの不審者。なんで部屋に入れたの?」
エーベルが未だに侍女とイチャついている美貌の異邦人を指し示すと、護衛騎士は「失礼致します」と断りを入れてから、ひょい、と覗き込んだ。途端に眉根をきつく寄せ、エーベルを背に庇う。
騎士は低い声で「……あのような者の侵入を許した覚えはございません」と唸った。
えっ。何それ怖い。
面食い男好きの侍女はともかく、この真面目一辺倒の強面壮年熟練護衛騎士もすり抜けて入ってきたということなのか。怖すぎないか。
護衛騎士が剣を抜き構える。その背中に隠れ、騎士の発する剣気とでもいうのか、穏やかならざる空気がエーベルと護衛騎士の周りを漂うのだが、一方で侍女と異邦人の間では第一王女の私室だというのに、それを弁えないけしからん桃色な空気が漂っている。
「そこの者、どのように侵入した」
騎士が低く渋い声で静かに、しかし確かな威圧をもって異邦人に問う。ちなみにこの護衛騎士、王太子リヒャードの剣術の師匠において兄弟子であり、剣術師匠、兄弟子、リヒャードと、三人でカタブツトリオと呼ばれている。主にエーベルとコーエンに。
「おや。私めのことでしょうか」
いつの間にか侍女の手によってお仕着せを乱されている異邦人が呑気に返事をする。
おいコラ。シャツのボタンを開けて見逃せるのは、第一ボタンまでだ。王宮風紀に反するので、即刻改めるように。 侍女も異邦人のタイを奪って手首に巻かない! 外しなさい!
「そうだ。お前は何者だ」
エーベルが声にならない叱責を胸の内で叫んでいる中、騎士は冷静に異邦人に応じていた。剣は構えたままだ。
「私めは第二王子殿下の婚約者であられるヘクセお嬢様の……」
「ああ。あの魔女の手下か」
途端、エーベルの目の前で大きな背中が崩れ落ちた。
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