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外伝 そして令嬢は悪魔の戯れに堕ちた

第三話 悪魔と魔女

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 異母姉の癇癪は大抵、茶会のあと。
 貴族の正式な茶会に招かれない異母姉は、継母の生家である商家の伝手を用いて、継母と共に茶会を開く。
 集まるのは最も身分の高い者で、地主貴族ユンカー夫人。あとはほとんどが商人のようなやや裕福な家の者。まれに政治活動家、思想家のご夫人やそのご子息令嬢も公爵家の名に財産目当てに集まることもあるけれど、真っ当な家の者は決して参加しない。

 衰退しつつあるとはいえ、この国で二つしかない公爵家の一翼。であるにも関わらず、忌避すべき家。
 先のクーデターで関与は否定されたが、同派閥であった前妻の生家を思えば、当然皆危うきには関わりたくない。その上この国で否定される庶子をまるで直系であるかのように扱うなど、貴族であれば誰もが眉を顰める。


 この国のもう一翼の公爵。
 現ゲルプ王国国王の弟君、グリューンドルフ公爵。王弟殿下は十数年前に臣籍降下し、この国で二人目の公爵となった。
 そしてその時から父の公爵としての地位は、瓦礫の上にある。
 王家の血を引く公爵家。そんな驕りを翳す意味も価値もなく、あとは衰え廃れてゆくのみ。
 父公爵は現状を理解したうえで、享楽に興じ現実から目をそらしている。継母は変わりゆく政治体制や貴族勢力について、理解ができないらしく、我が家は旧き由緒ある公爵家なのだから、と胸を張っている。






「なんとも愚かですねぇ」


 目の前の異邦人は金色の目を三日月のように細めると、わたくしにそう言った。


「なぜ、あなたはそんなことをしっているの?」

「ああ。それはですね。私めが悪魔だからです」

「あくま? どうして? オーディンさまにおいのりしないから?」


 悪魔だと自称する褐色の肌の異邦人は奴隷で、先日父が継母に請われて買っただ。奴隷はわたくしと同じで人ではない。だからなのか、他の使用人はわたくしを疎んじるのに、この自称悪魔の奴隷はわたくしに色々なことを教えてくれる。
 今のように、我が公爵家が斜陽なことだとか。父公爵が捨て鉢なことだとか。継母に現状認識能力がないことだとか。異母姉が未婚の女の身ながらこの奴隷に色を仕掛けようといった、神に背く悪徳を企てていることだとか。


「オーディンですか。懐かしいですね。彼のことは神々の中でも、そう嫌いではありませんよ。ロキの息子なんぞにしいされるなど愉快な神でした」

「オーディンさまをばかにしたらいけないのよ!」


 拳を振り上げて反論すると、奴隷は「すみません。あんな間抜けが唯一神だと思うと、笑いが止まらなくなりそうでしたので」と全く反省していないようなことを言う。だからわたくしはポカリと殴った。すると奴隷は長く美しい指を、しなやかな動きで空中に一振りした。


「これで大丈夫。お嬢様が私めを殴っても蹴っても。何をなさっても、お嬢様が害されることはありません」


 何のことかよくわからず首を傾げるが、奴隷はその美しい手でわたくしの頭を撫でるだけだった。窓の外で何かが潰れてひしゃげたような、ぐちゃり、という音がしたのは気になったが、窓の外へ視線を向けようとすると、奴隷がわたくしの頬に手を添えて目を合わせてくる。琥珀色の目は角度によって黄金色に輝いて、とても綺麗だ。


「それにしても死した神に祈るとは、この大陸の信仰は面白いですね。オーディンの魂に現状、神の力などないでしょうに」

「なにをいっているの? オーディンさまはわたくしたちをみまもってくれているのよ。しんかんさまがそうおっしゃってたもの」

「ふふふ。お嬢様は本当に素直で愛らしい。オーディンが仮に見守っているのだとしたら、私めがお嬢様に触れられるはずがありませんよ」

「なぜ?」


 首を傾げて奴隷を見る。奴隷はオーディン様を信仰してはいないけれど、異邦人だ。だから仕方がない。
 それにこの奴隷はとてもいい匂いがする。これまでに嗅いだことのない、とても甘くて温かい匂い。焼きたての林檎のような。レーズンとバター、それにブランデーを一滴垂らした、甘酸っぱくて温かい焼きリンゴ。それによく似た匂い。


「私めは悪魔ですからね。死してさえいなければ、オーディンが私めの存在を見逃すはずはない。ましてや私めが纏わりついているのは、あの者達の好む清廉な魂の持ち主。あのオーディンが雷槌を下さぬ道理はないのです」


 それならばわたくしは、オーディン様に見捨てられたわけではないということなのだろうか。
 毎朝毎晩欠かさずオーディン様に祈りを捧げてきた。醜い魔女の祈りなどご不快だろうかと不安になりながらも、それでも父公爵の犯す罪を止めてほしくて。


「この家の人間の魂は皆淀んでいて不味そうで、まったく食指が動かないのです。ですから復讐の対価に美しい魂をお持ちのお嬢様を喰らおうかと思っていたのですけれど……」


 奴隷はにっこりと笑っているのに、なぜか全く親しみの持てない笑い方をした。


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