【完結】好色王子の悪巧みは魔女とともに

空原海

文字の大きさ
上 下
3 / 45
第一章

第二話 王子王女の庭園

しおりを挟む
「そんなの、お兄様に打ち明けちゃえばいいじゃん」
「ヤだよ。そしたら兄貴に手ぇ抜くなって説教されるだろ」
「まあねえ。でも別にコーエンって頭がいいわけじゃないしね」
「言い過ぎ!」

 コーエンがむくれる。

 王族のみに解放された庭のうちの一つ。王子王女の遊び場として設けられた小さな庭園。
 そこに設置されている人工的に造られた岩場は、双子の王子王女のお気に入りの場所だった。
 コーエンはエーベルより頭一つ分高い位置に腰をかけて足をぶらぶらと揺らしている。

 エーベルは呆れ顔で双子の片割れを見上げた。弟コーエンは拗ねたようにエーベルから顔を逸らしている。

「言い過ぎも何もないじゃん。コーエンは『見える』だけ。お兄様みたいに自分の頭で考えて答えを出してるわけじゃない。『見える』のはコーエンの才能だし、ズルしてるなんて思わないよ。『見る』のは疲れるみたいだしね。だけど頭がいいわけじゃないのは事実でしょ。本当に頭が回るんだったら、考えなしに『見て』回って、自分の首絞めるなんてことしないよ」
「……うるせー」

 コーエンは不安定な岩場で膝を抱える。エーベルから背けた背中を夕日の朱色が照らしている。

「お兄様ならきっとコーエンの話、ちゃんと聞いてくれると思うよ? 無暗にコーエンに『見ろ』なんて言わないと思う。それに『見る』べき時とそうでない時を教えてくれると思うけど。お兄様なら適所適材の差配をしてくれるもの」
「……そんなの、兄貴の負担になるだけだ」

 ぼそりと呟くコーエンにエーベルはまなじりを下げた。
 まったく。素直なようで素直じゃない。
 こんなにもリヒャードが大好きで、リヒャードの役に立ちたいと願いながら、リヒャードの劣等感を煽ってリヒャードを傷つけてしまう自分コーエンを嘆き、傷ついている。

「お兄様は負担に思わないと思うけどなあ……」

 エーベル自身、頼りない声だと自覚しつつ声に出す。するとコーエンががばりと顔を上げ、岩場に手をついて勢いよくエーベルの前に飛び降りた。

「おい、エーベル。それ本気で言ってんのか? あの優しい兄貴が、俺が『見える』なんて知ったら……!」

 コーエンの脳裏に、兄リヒャードの苦悶の表情が蘇る。

 父国王が議会を無視し、佞臣らと国政を仕切ることで、国内には不穏な芽が生まれていた。
 憂慮した王太子リヒャードは、王弟グリューンドルフ公爵とともに、王室からの立憲君主制を推し進めようとしていた。
 そのために起こったクーデター。犠牲となった人々。

「兄貴はただでさえ私情を捨てて、国のために非情に振る舞うことを自分に課してるんだぞ! それなのにこれ以上兄貴に冷酷な判断をさせろって言うのかよ!」

 エーベルに掴みかからんばかりに詰め寄り、荒々しく狼のように吠えたかと思うと、コーエンはぐっと息を飲み込んで下唇を噛む。エーベルはしょんぼりと肩をすぼめた。

「ごめん。軽率だった」
「……いや。八つ当たりだ。俺こそごめん、エーベル」

 上目遣いで許しを請うようにエーベルに縋るコーエン。くるんと上向きの金の睫毛は微かに震え、ふっくらとした頬っぺたが赤く照らされている。
 エーベルは白くふくふくとした手をすっと前に出し、コーエンの背に回した。

「じゃあお互い様ってことで」

 ぽんぽん、とコーエンの背中を軽く叩くと、コーエンもおずおずとエーベルの背に腕を回した。

「……うん。エーベル、いつもありがと」
「どういたしまして。片割れ君」

 互いの肩に埋めていた顔を上げ、目を合わせる。くすくすと笑い合う双子。回していた手を離すと、エーベルはコーエンから離れ、先程までコーエンが座していた岩場によじ登ろうと手をかける。

「おい、お前今日は裾の長いドレスなのに……」

 水色のドレスの裾からは、フリルいっぱいの白いシフォンパニエと、それから膝下までのドロワーズがバッチリ見えている。
 コーエンは肩を竦めてエーベルの傍に近寄る。

「ドレス汚すとまた怒られるぞ」

 そう言いながらもコーエンはエーベルが登りやすいように、エーベルのドレスの裾を掴んで持ってやる。

「いいの! だって見てよ、すっごく空が綺麗!」

 上り終えて岩場に立つエーベルは沈みゆく太陽を指さす。
 顔の片方だけが西日に照らされ、もともと赤みがかった金髪は真っ赤に染まり、燃え上がるかのよう。王女らしからず大きく開けた口は、にいっと不敵に吊り上がり、片手をコーエンに差し出してくる。

「コーエンもこっちに来てよ!」

 コーエンは目を細めてエーベルを見上げる。
 夕焼けに照らされた双子の姉は、まるで宗教画のようにとても美しく、コーエンの胸にいつまでも刻まれることとなった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの瞳に映る花火 〜異世界恋愛短編集〜

恋愛
中世ヨーロッパ風の架空の国で起こるヒストリカルラブロマンス。恋愛以外のジャンルもあります。 ほのぼの系、婚約破棄、姉妹格差、ワガママ義妹、職業ものなど、様々な物語を取り揃えております。 各作品繋がりがあったりします。 時系列はバラバラです。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙は結之志希様(@yuino_novel)からいただきました。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

転生先は殺ル気の令嬢

豆狸
恋愛
私はだれかを殺ルのも、だれかに殺ラレルのも嫌なのです。

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...