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5 そして少年は猿の報復に遭った
しおりを挟むジャックが叫ぶ。
「ハロルド! おれが言えることではないから言えんが、しかしおれが言わんと大馬鹿野郎は大馬鹿野郎のままではないか!」
ハロルドは猿の気が狂った、と思った。
ジャックはハロルドを見るとき、その瞳に憎悪を宿らせながらも、悲しそうに困惑して頭を抱えていた。ハロルドを殴ればどれほど気分がいいだろうすっきりするだろう、と言いたげに握りしめられた拳は、何度もハロルドの方に向かおうとしたが、猿はぴょんぴょんと逃げるばかりだった。
「卑怯だぞジャック! 貴様は逃げるしか能がないのか!」
「うるさい! 誰のせいでこうなってると思ってるんだ!」
「貴様のせいに決まっているだろうっ! 貴様がっ!」
ハロルドの怒りはすさまじく、ハロルド自身ですら込み上げる激情が怒りなのかなんなのか、もはやわからなくなっていた。力一杯無駄な動きでぶんぶんと腕を振り回し、空を切ってはよろけ、立ち上がっては無様な格好でジャックへと向かっていく。
カラカラに乾いた口から干上がっていなかった唾を飛ばして、ハロルドは自分の口がなにを言っているのか、言おうとしているのか、知ることのないまま怒鳴り散らした。
「リナさんの思いを否定するからだ! 踏みにじるだけでは足りんというのかっ!」
ハロルドはジャリジャリと砂を噛みながら吼えた。
猿が後ろに飛び退きながら、指をパチンと鳴らした。
焦点の合わないハロルドの目では、それは錯覚か思い込みだったのかもしれないが、猿が嬉しそうに、そして面白そうに意地悪く笑ったように見えた。
ハロルドの憎悪はこれまでも血管を突き破るだろうと思われるほどの激しさだったが、猿の薄汚い愉悦に、ハロルドの全てが激昂という言葉では生易しいものに支配された。
「貴様……! 貴様はどこまで腐っているんだっ!?」
「ほう。たとえばどんなことだ?」
ジャックはこれ以上面白い見物はない、というほどニタニタと笑って、器用にハロルドの拳を避けている。人差し指をクイクイと曲げて少年を挑発する。
「貴様が人でなしでっ! 易々と十数年来の信頼を裏切ることができたからといって、それをリナさんの罪になすりつけるなど……っ!」
「裏切る? なすりつける? リナはそんなことを許すような女ではない! お前は知らんのかもしれんが、リナは怖いぞ。執念深くて頭が切れるから、ほんっとーに恐ろしい」
猿はぶるるっと震える仕草をした。
ハロルドの脳裏に、リナの寂しげな瞳が浮かんだ。
ハロルドを気遣う慈悲深い、そして何もかもを見通す賢い瞳はハロルドの愚かさを許していた。
「貴ッ様アアッ!! リナさんが貴様を許しても……! ぼくが許さん!!」
ジャックは堪えきれない、といったように腹を抱えて噴き出した。
ハロルドはひどい憎悪で正常な判断ができない状態だったとはいえ、決してその決定的瞬間を逃したりはしなかった。
「貴様にリナさんは……」
ハロルドの拳がまともにジャックの腹に入った。非常に不快な音がした。
しかしハロルドの拳はジャックの顎下には入らず、その顎を砕くことはなかった。ついでにハロルドの口から途絶えた罵声の続きは紡がれなかった。
なぜなら、そのときハロルドの耳に少女の声が聞こえたから。
ハロルドの既に冷静ではなかった判断能力がさらに鈍り、戸惑いが振り上げる拳の位置を僅かに下げ、言葉を宙に消してしまった。
そして少年は猿の報復に遭った。
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