4 / 7
4 猿との邂逅
しおりを挟むハロルドはしかし、不機嫌だった。
背中に脳の足りない少女達からの罵詈雑言を受けながら、そのような状況に自らを追いやった己の思考回路が全く理解できないことにも苛立ちを募らせた。
これがもし、ハロルドが恋い焦がれるナタリーのことであったら、ハロルドも少しは自分の振るまいに渋々ながらも納得することができたかもしれない。しかしそのときですら、ハロルドは自分がもう少し穏やかで婉曲な表現を、つまり愚鈍な少女達が皮肉とも気付かないソレでスマートに応対していただろうということも知っていた。
ハロルドは子供じみた、それも理由のわかならい己の振る舞いに不愉快になるのを止めようとはせず、その苛立ちは憎しみにも似て“友人”の少女に向かっていった。だいたい、少年の甘いマスクに騙され続けてくれなかったこと自体も気に入らないのだ。
女は愚かではあるが、愚かだからこそ可愛いと思う。賢い女などまったく可愛くもなければ、憎々しいばかりだ。
「よお、最低男」
ハロルドは身体に染みついた反射反応として剣を抜いた。
気むずかしげに端正な眉をひそめる少年と、それに対する猿のように身軽な少年。白い光を浴びて光る名刀に、猿は拾い物の、剣先の潰れたボロボロの模造刀でもって応戦していた。
「なんだ」
「いや、なんとなくな」
飄々と答える猿は、いつもどおり飄々としていて、ハロルドはそれがいつも通り気に入らない。大体なぜ猿は模造刀など手にしているのだろうか。
己がよく無意味に抜刀しがちであることを棚に上げ、ハロルドはふん、と鼻を鳴らして刀を鞘にしまう。
「しかし、なぜぼくが最低男なんだ。それは貴様のほうだろう。ナタリーさんをずっと放っておいて」
ハロルドが後ろを振り返り空を仰ぐと、にこにことあどけない笑顔で空に浮かぶ少女、ナタリーがいた。
ハロルドは思わず口元を緩めた。ナタリーの笑顔はいつでもハロルドの表情筋をだらしなくさせる。
ジャックは鼻の下を伸ばしマヌケ面をさらすハロルドを冷ややかに見た。
「言っておくがな、ハロルド。お前が来なければ、おれはリナと今でもうまくいってたんだ」
ナタリーの魅力的な笑顔から目をそらして不細工な猿に振り返るなど、苦痛この上ないことだったが、ハロルドは己に苦を強いて、伸ばした鼻の下を縮め、端正な顔をシリアスに額の皺険しく刻み込んで猿を睨んだ。
ジャックが言っていることは、あまりに馬鹿馬鹿しかった。そして喉から手が出るほどナタリーを欲しているハロルドにとって、あまりに腹立たしかった。加えて、この猿と長年幼馴染みとしてつき合ってきた“友人”も同様、この猿の台詞を聞けば、激しく憤るだろうとハロルドは思った。
いや、憤るのは彼女の気丈な部分だけで、一人きりになれば彼女の心はありとあらゆるところから血を噴き出して、恐ろしい惨劇を呈するだろう。
「なにが言いたい、貴様」
ハロルドは低い声ですごんだ。
この猿のどこがいいのか、ナタリーも“友人”も、まったく悪趣味だとしか思えなかった。
猿は少年の鋭い眼光に怯えることなく、少年の陰湿さにも勝るほどに強い憎しみをもって睨み返した。
「貴様が大マヌケで、勘違い野郎だと言っている」
少年は猿の台詞の不条理さに我を忘れるほどの怒りと憎しみを抱き、由緒正しい刀による懲罰ではなく、野蛮にも素手で殴りかかった。
ジャックがヒラリとそれをかわすと、ハロルドは惨めにも白い砂浜に勢い余ってつっぷした。
ハロルドは瞼や頬、胸に手足に灼けつく熱さを感じた。もはやハロルドの頭には、無礼な猿の顎の骨を拳で叩き割ってやること以外なかった。
身体についた白い砂を払うことなくハロルドは立ち上がると、殺意に満ちた目で猿を睨んだ。
猿は目を丸くして驚いた顔をしていた。場違いなほどにひょうきんで平和な表情に、ハロルドの憎しみはますます募った。
頭上で愛らしいナタリーの、懇願するような声が微かに聞こえた。
ジャックは大きく後ろに飛び退くと、素早くナタリーに視線を送り、小さく頷いてみせた。
心配するな、ということか。ああそれとも邪魔をするな?
ハロルドはギリっと奥歯を噛んだ。
ハロルドの頭に不快な猿の声が聞こえた気がした。幻聴はハロルドの憎しみに拍車をかけた。
「ジャック……! 貴様ほど殺してやりたい男に会ったことはない!」
地に響く唸り声でギラギラと睨みつけるハロルドに、ジャックは目を細めた。
「ほう、奇遇だな。おれもそう思っていたところだ」
猿が言い終えるか否かのうちに、ハロルドは力強い拳を猿の顎下に向かって突き上げた。
あまりの怒りで目から炎があがっているような気がした。
身体を怒りのままに投げ出そうとも込み上げて留まることの知らぬ憎悪を、ハロルドは双眸に集中して感じていた。
幾千の針に刺される痛みと炎の熱さ。それが涙だと気付いたが、ハロルドは恥じ入る必要はないと思った。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる