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3 女どものように低俗ではない
しおりを挟む「きみたち」
ハロルドは努めて紳士的な態度を装って、波と戯れる少女達に柔らかな声色で声をかけた。
少女達は何を勘違いしたのか、楽しそうにキャッキャッとハロルドに両手で掬いあげた海水をかけてくる。塩辛い海水がハロルドの舌の上に広がり、ハロルドは強い不快感と憎悪を胸の奥底でくすぶらせた。
この醜い下賤な猿どもが。いや、黒豚か? そのまま海に流されてしまえばいいものを。
「やあだっ!ハロルド様ったら、ちゃんと避けなくっちゃ!」
少女達が耳障りなかん高い声で笑う。
ハロルドは好青年らしい百パーセントの笑顔を浮かべてふるふると頭を振った。すさみかかっている思考を、さすがにマズイ、と振り払うために。
いくらハロルドがフェミニストという仮面を被った、いや女性蔑視であるからこそのフェミニストという立場を自身よく理解しているとはいえ、言葉が過ぎる。彼女たちは気の毒なことに、元来男よりオツムの足りない女である上さらに、そのオツムの足りない女の平均にも遙か届かないのだ。そのことはナタリーや、先程ハロルドと相対していた少女、リナと比ぶれば、歴然としている。実のところ比べるまでもない。
気の毒な少女達には同情を施してやるべきであって、無知の罪を糾弾していたぶるなど趣味が悪い。キャンベル辺境伯家令息たるもの、寛容であらねばなるまい。
「とても残念なんですが、そろそろ帰らなくてはいけないんです」
同時に上がる不満の声を少年は珍しく、心地よく感じることができなかった。
「すみません。友人を探さなければ」
ハロルドの言葉に、一人の少女が片眉をあげて嘲るように笑った。ハロルドは浮かべっぱなしの笑顔が引きつらないように、両頬に力を込めた。
「友人って、あの女、あたしたちが来る前に一緒にいた、あの?」
「ええ」
どうやら目の前の少女が嘲っているのは自分ではなく“友人”であるらしいと悟ったハロルドは、胃の底でくすぶり始めた不穏な炎にあっさりと水をかけた。
「あら、そう。なんていうか、ハロルド様ったら。お気の毒ね」
くすくすの忍び笑いをし始めた少女に代わって、もう一人の少女がぷっと噴き出した。少女の前髪を濡らしていた海水と唾が一緒になって空気に舞うのを見て、ハロルドは顔をしかめた。醜いものは嫌いだ。
「なぜです?」
ハロルドは少女達が“友人”を嘲る理由を朧気に知りながらも、少女達に問いただした。なぜ自分がそんなことを聞くのかハロルドは疑問に感じたが、深く考えることはやめた。おそらく会話の流れによるのと、試験問題を解いたあとに答えがあっているのか知りたがるのと同じことだろう。
「だって、ねえ?」
噴き出した少女がいやらしく、もう一人の少女に上目遣いで合図を送る。
「あんなダサい子!」
そう言うと、シャワーのように唾をそこら中に吹き散らして少女達は大笑いした。
「あんなに短い、男の子みたいな頭しちゃって!」
「それに洗濯板じゃ、せっかくの水着が可哀想だったわ!」
「まだ6、7歳の子供じゃないわよね?あの子!あの体型ったら!それとも本当は男の子?」
少女達が嬉々として悪口を叩くのを、ハロルドは薄ら笑いを浮かべて眺めた。
これだから女はバカなのだ。
自らの品位を落とすことにこれほどまでに必死に夢中になるなど、そしてそれが自分の利になると考えているのだから救いようがない。
この女たちは確かに平民だが、裕福な商家の娘達であったはずだ。来年にはデビュタントボールも控えているに違いない。
「そうですね。もしかしたら男かもしれません」
少女達は意地悪な笑顔を顔にはりつけたまま、嬉しそうにハロルドを振り返った。ハロルドは冷ややかな笑いを口元に浮かべていた。
「友人はあなた方、女どものように低俗ではありませんから」
ハロルドはニッコリと微笑みかけ、少女達はその極上の笑顔に一瞬我を失ってうっとりと見とれた。ほんの一瞬ではあったが、ハロルドはその一瞬を大いに嘲った。非常に気分が良かった。
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