【完結】お偉い辺境伯家令息は、鼻息荒く胸を反らしてふんぞり返るのがお得意

空原海

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3 女どものように低俗ではない

しおりを挟む



「きみたち」

 ハロルドは努めて紳士的な態度を装って、波と戯れる少女達に柔らかな声色で声をかけた。
 少女達は何を勘違いしたのか、楽しそうにキャッキャッとハロルドに両手で掬いあげた海水をかけてくる。塩辛い海水がハロルドの舌の上に広がり、ハロルドは強い不快感と憎悪を胸の奥底でくすぶらせた。

 この醜い下賤な猿どもが。いや、黒豚か? そのまま海に流されてしまえばいいものを。

「やあだっ!ハロルド様ったら、ちゃんと避けなくっちゃ!」

 少女達が耳障りなかん高い声で笑う。
 ハロルドは好青年らしい百パーセントの笑顔を浮かべてふるふると頭を振った。すさみかかっている思考を、さすがにマズイ、と振り払うために。
 いくらハロルドがフェミニストという仮面を被った、いや女性蔑視であるからこそのフェミニストという立場を自身よく理解しているとはいえ、言葉が過ぎる。彼女たちは気の毒なことに、元来男よりオツムの足りない女である上さらに、そのオツムの足りない女の平均にも遙か届かないのだ。そのことはナタリーや、先程ハロルドと相対していた少女、リナと比ぶれば、歴然としている。実のところ比べるまでもない。
 気の毒な少女達には同情を施してやるべきであって、無知の罪を糾弾していたぶるなど趣味が悪い。キャンベル辺境伯家令息たるもの、寛容であらねばなるまい。

「とても残念なんですが、そろそろ帰らなくてはいけないんです」

 同時に上がる不満の声を少年は珍しく、心地よく感じることができなかった。

「すみません。友人を探さなければ」

 ハロルドの言葉に、一人の少女が片眉をあげて嘲るように笑った。ハロルドは浮かべっぱなしの笑顔が引きつらないように、両頬に力を込めた。

「友人って、あの女、あたしたちが来る前に一緒にいた、あの?」
「ええ」

 どうやら目の前の少女が嘲っているのは自分ではなく“友人”であるらしいと悟ったハロルドは、胃の底でくすぶり始めた不穏な炎にあっさりと水をかけた。

「あら、そう。なんていうか、ハロルド様ったら。お気の毒ね」

 くすくすの忍び笑いをし始めた少女に代わって、もう一人の少女がぷっと噴き出した。少女の前髪を濡らしていた海水と唾が一緒になって空気に舞うのを見て、ハロルドは顔をしかめた。醜いものは嫌いだ。

「なぜです?」

 ハロルドは少女達が“友人”を嘲る理由を朧気に知りながらも、少女達に問いただした。なぜ自分がそんなことを聞くのかハロルドは疑問に感じたが、深く考えることはやめた。おそらく会話の流れによるのと、試験問題を解いたあとに答えがあっているのか知りたがるのと同じことだろう。

「だって、ねえ?」

 噴き出した少女がいやらしく、もう一人の少女に上目遣いで合図を送る。

「あんなダサい子!」

 そう言うと、シャワーのように唾をそこら中に吹き散らして少女達は大笑いした。

「あんなに短い、男の子みたいな頭しちゃって!」
「それに洗濯板じゃ、せっかくの水着が可哀想だったわ!」
「まだ6、7歳の子供じゃないわよね?あの子!あの体型ったら!それとも本当は男の子?」

 少女達が嬉々として悪口を叩くのを、ハロルドは薄ら笑いを浮かべて眺めた。

 これだから女はバカなのだ。
 自らの品位を落とすことにこれほどまでに必死に夢中になるなど、そしてそれが自分の利になると考えているのだから救いようがない。
 この女たちは確かに平民だが、裕福な商家の娘達であったはずだ。来年にはデビュタントボールも控えているに違いない。

「そうですね。もしかしたら男かもしれません」

 少女達は意地悪な笑顔を顔にはりつけたまま、嬉しそうにハロルドを振り返った。ハロルドは冷ややかな笑いを口元に浮かべていた。

「友人はあなた方、女どものように低俗ではありませんから」

 ハロルドはニッコリと微笑みかけ、少女達はその極上の笑顔に一瞬我を失ってうっとりと見とれた。ほんの一瞬ではあったが、ハロルドはその一瞬を大いに嘲った。非常に気分が良かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...