3 / 10
本編
第三話 禍王子は悪魔の子
しおりを挟むシャロンもエドワードも、まだずっと幼い頃。
シャロンが兄に引っついて、王宮で催される、子供達だけの園遊会に赴いたときのこと。
お守り役だったはずの兄は、アルフレッドに呼ばれてシャロンは一人残された。
兄は心配そうに幾度もシャロンへと振り返ったが、アルフレッドの呼び立てとくれば、断るわけにはいかない。
周りの子供達はみな、シャロンより年上で、話も合わず、とても退屈だった。
キョロキョロとシャロンが辺りを見渡していると、ガサゴソと物音がする。
野生の獣などいるはずもないので、はてさてこれは、やんごとなきお方の愛獣かなにかかと、シャロンは目を凝らした。
するとそこから這い出てきたのは、黒髪にエメラルドの瞳の、美しい男の子。
その場にいるはずのない、いてはならない存在が、這いつくばった姿勢のまま、ヒョッコリと顔を上げた。
悪魔の子。
シャロンはすぐにわかった。
その少年が、父や母、兄が疎んじている悪魔の子、その人だと。
艶のある美しい漆黒の髪と、何もかもを見通すような、神秘的で澄んだグリーンアイズ。魔性を秘めた美貌。
現王族に反発し、純血主義を掲げる高位の大貴族達に教会。彼らがこぞって祀り上げようとしている、国を乱す禍王子。第三王子、エドワード。
この国の大貴族の娘が、エドワードの母であり、隣国の王女であった正妃とは、対立関係にある。
薔薇の棘で傷つけたのか、禍王子エドワードの頬には赤い引っかき傷があった。
――悪魔の子でも血は出るのか。
純血主義者達の掲げる王子のくせに、血の色は青くないのだな、とシャロンは妙な感心を得た。
「ねぇ。君、アルフレッド兄上のお友達?」
悪魔の子の口から零れ落ちたのは、グラスハープのように繊細で澄んだ、美しい音。
シャロンはびっくりして、まじまじと美しい声の出所を眺めた。
髪には葉っぱをいくつも散らし、よく見るとブラウスのフリルは千切れているところがあるし、土埃で汚れている。
悪魔の子と言うには、いくぶん間抜けだ。
「今日はアルフレッド兄上派の家の子たちの集まりなんだよね? 側妃さまから聞いた。だから君は、アルフレッド兄上派ってことでしょ?」
シャロンは眉をひそめた。
確かにシャロンの家は第一王子アルフレッド派に属しているが、シャロン自身は王太子アルフレッドと言葉を交わしたこともない。
それにいつもシャロンの兄をシャロンから奪ってしまう。今日だってそう。
どちらかというと疎ましい存在だ。
畏れ多くて、とても口には出せないが。
エドワードはシャロンの表情から何かを察したようで、ニンマリと笑った。
「ボク、とっておきのお話を知ってるんだ。誰も知らない、ナイショのお話。かつてこの国に魔法使いがいたときのこと。どう? 興味はない?」
ああ、悪魔の子だな、とシャロンは思った。
かつて栄え、既に失われた魔法。魔術。
しかし純血主義を尊ぶ大貴族達の血には、いまだその名残を残し、もはや魔法を操ることもできないのに、血だけは青い。
シャロンの家は新興貴族というほど成り上がったばかりではないが、大貴族達ほどの歴史はない。
もちろん、血は青くない。
「ねえ、君。君はボクが誰か、わかっているよね? 禍王子だなんて呼ばれてる。それとも悪魔の子。そっちの方がよく知っている? だって側妃さまでさえ、ボクに言うんだ。『おまえは悪魔の子だ』って」
シャロンの同情を惹こうと、ことさら憐れな様子で目を瞬くエドワードに、シャロンはゲンナリした。
「あなたは私に、殿下って呼んでほしいの?」
腰に手を当て、呆れかえったようにエドワードを見下ろすシャロン。
エドワードはぱちくりと目を瞬かせた。さきほどのように憐みを誘うのではなく、純粋にぱちくり。
長く濃いまつ毛がバサバサと、エドワードのエメラルドの瞳を往復する。
「ちが……う。ボク、ボクは……」
「あなたのお母さまが、あなたを『悪魔の子』呼ばわりするのは、お気の毒だと思う。だって私のお母さまは、とっても優しいから。だけど、そんなふうに、あなたが誰にも彼にも媚びているようじゃ、そりゃあ親しくなんてなれないわ。だってとてもジメジメして、鬱陶しいのだもの!」
あまりに不遜で無神経な演説に、今となってみれば、シャロンは我がことながら頭が痛くなる。
しかしエドワードは寛大にも、シャロンの偉ぶった説教を許した。大爆笑しながら。
最初は口元に手を当て、ひっそりと。だがじょじょに止まらなくなった笑いの発作に、体を折り曲げ、しまいには地面をゴロゴロと転がるエドワード。
「き、きみ……! 君の名前……! ヒィッ! お、教えてよ……っ!」
シルクのブラウスは、ますます汚れ、破れ、黒い艶々とした髪には砂埃と落ち葉。
シャロンは冷めた目で、引き笑いしながら転げまわる、奇怪な少年を見下ろしていた。
-----
シャロンはエドワードとの出会いを思い返し、拾い上げた木剣をエドワードの胸に押し当てた。
エドワードが受け取ったので、シャロンは自分の木剣を肩に担ぎ、首をそらして顎を突き出す。
「忘れるもんか。あんなに間抜けなガキ、どこが悪魔の子だって、あれほど拍子抜けしたことはねぇからな」
「シャロンはそう言うけどね。ボクの美貌にかかっちゃ、魂を売り渡したくなるくらいだって、まさに魔性の美しさだと、ご令嬢方からは大層評判がいいんだよ。シャロンも知っているだろ?」
「知ってるさ。俺がこうなるまでは、高位貴族のご令嬢方から、どれほどやっかまれたか」
「不思議だよね。彼女たち、内心ではボクのこと、『混じり物』だって見下してるくせにさ。まあ、それはお嬢さん方の責任じゃないか。彼女たちの頭は、ものを考えるためにあるわけじゃないのだし」
「考えなしのやり口は、それなりに考えこまれてたけどな」
公爵家令嬢に侯爵家令嬢。この国の純血主義の大貴族のご令嬢方の陰湿なやり口。
よくぞここまで、シャロンが心折れずにいられたかというと、生来の負けん気の強さだけではなく、シャロンの家がそもそもご令嬢方とは、派閥を異にしていたからだろう。
もしシャロンの家が第三王子派であったならば、シャロンに甘い両親と兄であっても、同派閥上位の家からの指示を無視することは難しい。
皮肉ではあるが、シャロンの家がエドワードを支持しないからこそ、シャロンの振る舞いは目こぼしされたし、嫌味なご令嬢方へ、家族は一緒に憤ってくれた。エドワードと縁を切るようシャロンを諭しながら。
それを知ってか知らでか。
エドワードは「シャロンはたくましいからな」だなんて笑う。
シャロンの気苦労も知らず憎たらしいが、エドワードの気苦労がその比ではないことも重々承知しているから、シャロンはまたもや舌打ちする。
エドワードといると、シャロンは舌打ちしてばかりだ。
「シャロン、約束してよ。その逞しさで、ボクをいつか救い出してくれるって」
エドワードに言われずとも、シャロンはもちろんそのつもりだった。
6
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
オレの愛しい王子様
瑞原唯子
恋愛
ずっと翼のそばにいて、翼を支える——。
幼いころ創真はひとりの少女とそう約束を交わした。
少女はいつしか麗しい男装で王子様と呼ばれるようになるが、
それでも創真の気持ちはあのころのまま変わらない。


実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】新米メイドは男装令嬢のお気に入り
たおたお
恋愛
見た目はどう見ても美少女のマリオンは、実は男の娘。辺境のランズベリー領から王都にやってきて、皆に少女と勘違いされたまま王宮でメイドとして働き始めます。
一方ミランダは王宮でも有名な男装令嬢でフランツ第二王子の幼馴染。あることがきっかけで美少女?メイドのマリオンと出会い、そして男の娘とは知らずに彼女に惹かれていくのでした。
自身が女性であるにも関わらず、初めて少女に惹かれていることに疑問を持ちつつも、どんどんマリオンが気になっていくミランダ。そんな中、親友でもあるフランツもマリオンのことが気になり出していて、そしてついには……!?
見た目はあべこべな二人の恋の行方は? 「ちょっと」変わったメイドのマリオンを中心に繰り広げられるラブコメディーをお楽しみください。
※本作は第17回恋愛小説大賞に応募しております。気に入って頂けましたら、是非評価&投票の程、宜しくお願いします!

【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる