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本編
第一話 シャロンがオラオラ系令嬢になったわけ
しおりを挟む人は結局、死んでしまえばおしまいだ。
それまでの美しい思い出をほじくり返して、故人をどれほど讃えようが。本人はそんなこと知ったこっちゃなく、土の中でぐーすか眠っている。
胸に当てた帽子をグシャグシャに握りしめた恋人に、墓場で怨みつらみを延々と愚痴られようが。平和にスヤスヤ、ぴくりともしない。
冷たくて湿った落ち葉の下。ワラジムシが騒々しいパーティーを繰り広げるのを子守唄に、呑気にその身を横たえるエドワード。
シャロンはひたすら口汚く罵っていた。
永遠に目覚めが訪れることのないエドワードへと。
「てめぇはいつもいつも、調子のいいことばっかりヘラヘラ言いやがって。ひとっつも守れやしねぇのに。今日だってそうだ。あん? 覚えてるか?」
シャロンはオラオラ系令嬢だった。
なぜなら、だいぶ早めの思春期に突入して、一端の批評家気取りになったエドワードが、
「ボクの周りの女の子ときたら、ドレスで着飾って、お茶を飲んでばかりでさ。口を開けば、あちらのご婦人がどこそこの役者にお熱だとか、こちらの家のご子息が話題のサロンに出入りし始めたらしいとか。
「せめて自領の特性くらい知っておいたらどうなんだろうって思うんだよ。こちらが話を振ろうにも『あら。そんな男の方のお話、差し出がましくってなんにも言えやしませんわ』とくる。
「そんなオツムでサロンに出入りしたところで、いったいなんの収穫があるんだ? 縁を繋ぐったって、繋ぐ先の人参も示せないようじゃね。
「そんな会話に毎回つきあわされて、まったく疲れちゃうんだよな。これならよっぽど、男同士、オンブルで時間を無駄にするほうがマシさ」
だなんて、知ったようなことを言うようになったからである。
エドワードに嫌われてはなるまい。と、シャロンが男らしく振る舞い始めたのは必然だった。
これに驚いたのはエドワードだ。
「ええっ。ボクは何も、シャロンに男装しろだなんて……いや、それもいいな。うん。いいよ、シャロン。とても素敵だ。君はやっぱり他の女の子とは違うんだ」
そんなふうにエドワードが満足そうにニンマリ笑うから、シャロンはもはや引き返そうともしなかった。
とはいえ、シャロンの父母、また兄はシャロンの男装について、エドワードほど寛容ではいられなかった。
「シャロンちゃん。あなた、その装いはいったいぜんたいどうしたの? 昨日までお気に入りだとあんなに好んで着ていたドレスは? わたくし達が、どんなにダメだと言っても、決して外さなかった、あのエメラルドのネックレスはどこにやったの?」
シャロンお気に入りのエメラルドのネックレスは、エドワードが唯一シャロンに贈ることのできた品で、エドワードの瞳の色だった。
ちなみにお気に入りにしていたドレスは黒一色で、まるで葬式みたいだからやめてほしい、とこれまた家族に反対されていた。
もちろんこちらも、エドワードの漆黒の髪の色が由来である。
「シャロンや。私達はもう、おまえがあれらの色を身に纏うことに、決して口を出さないと約束しよう。それだから、また可愛い私達のシャロン姫に戻っておくれ」
心底困り果てたように眉尻を下げる父からは、いつもの近寄りがたいほどの威厳が、さっぱり取り払われていた。
「……やはり悪魔か。シャロン、おまえに悪影響を与えるなど、あの悪魔以外に考えられない。だから俺は、アレと関わり合いになるな、と言っていたんだ! これではとても、まともな婚姻など望めるはずもない!」
妹思いの兄は、シャロンの幸福が無惨に崩れたことを怒り嘆きこそすれ、潔く断髪し、男装した令嬢を妹に持つことには、一家の恥であるなどと、ちらりとも思わなかった。
しかし彼等の家は一族のうち、それなりの立場であるから、当然身内のあちこちから上がる糾弾から逃れられないし、社交界では好奇の視線に晒されるだろうことは、火を見るより明らかだ。
そもそもシャロンがこれまでエドワードの色を纏っていたことで、シャロンの生家はいささかマズイ立場に追いやられていた。
「父上、母上。そして兄上。私、シャロンはこれから男のように生きていくことにいたしました。どうぞあなた方の娘、また妹は死んだものとお考えください」
家の恥、お荷物になるから、とパンパンに詰め込まれた旅行鞄一つを手に、家を出ていこうとするシャロンを、家族は全力で止めた。
「それほどまでの覚悟があるのなら、もはや私達は何も言うまい。おまえは永遠に、我が家の娘。いや、息子でもよい。名を捨て、家から出るなど、二度と口にしないでほしい」
そうして快く家族の了承を得たシャロンは、女らしくなっていく肉体を疎むように、ますます雄々しく荒っぽく振る舞うようになった。
鞄の奥底に詰めた、エドワードから贈られたエメラルドのネックレスは、ビロード張りのケースに入れられ、さらに清潔な布にくるむという厳重さだったが、シャロンはそれを鞄から取り出し、再びジュエリーボックスに戻した。
シャロンのジュエリーボックス。
うっとりするほど滑らかな手触りの、漆黒のビロードが張られ、蓋を開けるとそこにはエメラルドが嵌め込まれている。
シャロンが自身のジュエリーボックスに仕舞うことを許したのは、もはやこのエメラルドのネックレス、ただ一つ。
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