【完結】悪女を断罪した王太子が聖女を最愛とするまで

空原海

文字の大きさ
上 下
22 / 36
第二章 愚かな兄妹

第八話 拙い挑発

しおりを挟む
 私に何か言わせようというのではなく。第二王子殿下が私に申しつけたいこと。


「左様にございますか」


 そうか、と安堵した。
 しかし、私の安直な理解を見抜くように、第二王子殿下は続けた。


「だってそうだろ? あなたが俺に言いたいことなんざ、あるはずがねぇ。あなた達兄妹は、いつだって、『考える頭』がねぇんだ」


 涙に濡れた、妹の紫紺色の瞳。決意に満ちた、力強い眼差しが頭によぎる。
 私は拳を握りしめた。


「われわれ兄妹が、ですか」


 湧き出る憎悪をこらえるものの、自然と私の声は低くなった。
 第二王子殿下は意に介さず、更に私を挑発する。


「ああ、そうだよ。あなたも、あなたの妹も。二人して、兄貴を崇め立てて。ただただ、兄貴が素晴らしいお方だ、唯一無二の偉大なる王者だって、高いところに追いやるだけで」


 第二王子殿下は既に目を細めてはいなかった。
 隠すことない憎悪をたぎらせ、獣のようにギラギラと目を光らせていた。


「兄貴がどんな風にあなた達を大事に思って、心の安らかなところに置き、あなた達が友であるということを支えにして、どれだけ骨を折ってあなた達を守ろうとしたか! なんにも知らねぇで!」


 赤黒く顔を染め、辺りにツバを飛ばし、裏返った声で叫ぶ第二王子殿下の細い首を絞めてやりたくなった。

 なにも知らないのは、おまえだ。なにも知らないのは、リヒャード殿下だ。
 なにも知らないのは、おまえ達王族の方だ。

 詰襟をぐっと下し、隷従の首輪を晒す。第二王子殿下は嘲笑った。


「そんなもの。とっくに効力を失ってることくらい、知ってるぜ! 皇女サマが『祝福』してくださったんだろ!」


 第二王子殿下は私の胸倉を掴み揺すぶった。間近で見る彼の白い肌は、興奮で紅潮し、そばかすが浮き出ていた。
 またもや彼は目を細める。


「ほら、俺を殴ってみろよ。腹が立つんだろ? 俺を絞め殺してやりてぇって、その物騒な目が言ってるぜ。今なら誰も止めるやつはいねぇ。やってみろよ、ほら!」


 まだ少年でしかない第二王子殿下の、拙い挑発に、一度は頭に上った血が急速に冷えるのを感じた。
 第二王子殿下が眉をひそめる。


「あなたの怒りはその程度? 大事な妹を失って、その上罵倒されて、それだけ?」


 第二王子殿下が乱暴な手つきで、掴んでいたジャケットから手を離す。次いで胸元を押したが、彼の力は私の身体を揺るがすことはできなかった。
 舌打ちをすると、すぐさま気を取り直し、第二王子殿下は顎を突き上げ、尊大な様子で言った。


「そんなら俺から言ってやる。俺はあなた達、兄妹が嫌いだ。大嫌いだ。心の底から憎んでる!」


 第二王子殿下は辺りを見渡すと、一点で目を止め、屈みこんだ。
 同じような太さの棒切れを二本拾い上げると、第二王子殿下は懐からダガーを取り出した。側面に刃を当て、滑らかにしている。

 貴婦人の腕ほどの太さ。
 葉を枯らせた木が、風に煽られ折れた枝の一つだろう。

 第二王子殿下はダガーを胸に仕舞い、片方の棒切れを私に放った。反射的にそれを受け取る。


「受け取ったな。そんじゃ俺からだ」
 折れて尖った切っ先をまっすぐ私に向け、第二殿下は棒切れを振りかぶった。
「あなたは、自分のことを言われるより、妹を愚弄される方がずっと我慢がきかねぇんだろ? だから言ってやる。誰も言わねぇから、俺が言う!」


 第二王子殿下の太刀筋は、リヒャード殿下に比べ、ひどく拙い。
 怒りに任せ、たいした技術を伴わず、闇雲に振り回し、打ち下ろすだけ。

 右上から斜めに下ろされた棒切れを、後退することで身をかわす。第二王子殿下はよろめきつつも、返す刀で下から振り上げた。
 第二王子殿下の負担にならぬよう、彼の攻撃を流すように棒切れで受け止める。だが第二王子殿下は顔を歪め、しりもちをついた。力任せに突き上げたせいで、握り方も体勢も整っていなかったのだ。


「殿下!」


 慌てて棒切れを放ち、第二王子殿下へと屈みこむ。彼は荒い息を吐き、私の鼻先に棒切れを突きつけた。


「あなたの妹はバカだ!」


 第二王子殿下は私から目を離さず、腕を下げず、「拾えよ」と言った。
 私は頷き、再び棒切れを手にした。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

訳ありな家庭教師と公爵の執着

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝名門ブライアン公爵家の美貌の当主ギルバートに雇われることになった一人の家庭教師(ガヴァネス)リディア。きっちりと衣装を着こなし、隙のない身形の家庭教師リディアは素顔を隠し、秘密にしたい過去をも隠す。おまけに美貌の公爵ギルバートには目もくれず、五歳になる公爵令嬢エヴリンの家庭教師としての態度を崩さない。過去に悲惨なめに遭った今の家庭教師リディアは、愛など求めない。そんなリディアに公爵ギルバートの方が興味を抱き……。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷  ※稚拙ながらも投稿初日(2025.1.26)からHOTランキングに入れて頂き、ありがとうございます🙂 最高で26位(2025.2.4)。 ※断罪回に残酷な描写がある為、苦手な方はご注意下さい。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...