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第一章 聖女の祝福
第二話 第二王子殿
しおりを挟む我が婚約者殿には一つ違いの双子の弟妹、それから六つ下の弟がいる。
彼らは皆王妃の子どもであり、国王は法によって側妃を持たない。子に恵まれぬことがあれば、妾を抱えることが許されるが、しかしながら子を産んだ後はもともとの夫君のもとに戻るか、未婚であった場合は臣下に下賜されるのだそうだ。
「貴国は徹底しておるな」
感心して頷くと、婚約者殿は眉根を寄せた。
「一長一短だ。一夫一婦制を重んじるあまり、庶子への差別意識はひどいものだ」
「なるほど。血筋を尊ぼうとすれば、庶子の存在は謀反の寝床であるからな。仕方あるまい」
「だからこそ、立法君主制に向けて動いている。王家の力は今後ますます失われるだろう」
「ふむ。いずれ象徴として君臨するというわけか」
「まあ、それは理想であって、議会がうまく機能するまでは王室が役を担うが」
面倒な美辞麗句を挟まぬ、端的な言葉で交わす会話の応酬は痛快で、実に好ましい。
ゲルプ王国についてや王族についてなど、婚約者殿から案内を受けていると、一人がけのソファーであぐらをかく第二王子殿が肘掛に頬杖をつき、呆れたような声を出す。
「兄貴も皇女サマも、真面目だねぇ。俺ら子どもだよ? それに婚約者同士の初顔合わせなんだぜ? なんかさぁ、もっとキャッキャうふふな楽しいこと話したりしないわけ?」
「退屈なら出て行け」
「えっ。ちょ、ちょっと! 俺がいないと、兄貴不安でしょ?」
「まったく」
「いや! だってほら、兄貴、よくご令嬢怖がらせて泣かせちゃうじゃん? ね? ここは俺が取りもたないとって感じしねぇ?」
「しない」
婚約者殿に必死に取り縋る第二王子殿の姿が愛らしく、またつれない素振りの婚約者殿も、どうやらそんな弟を鬱陶しくも可愛がっている様子で、思わず笑ってしまう。
「ふ。ふふ。そなたらは仲がよいのじゃな」
第二王子殿が目を細めた。
彼の癖なのだろうか。視力がよくないのだろうか。何かと目を細めてこちらを見てくる。
婚約者殿は特に顔色を変えることなく答えた。
「悪くはない」
「そこはいいって言ってよ! 泣いちゃうよ?」
「泣けばよい。そのままエーベルにでも慰めてもらえ」
「酷いっ! 兄貴が冷たいっ!」
「ははは! 婚約者殿は第二王子殿に熱く慕われている様子。誠に結構。きょうだいの語らいはよいものじゃな」
愛くるしいじゃれ合いに合いの手を入れると、婚約者殿は刹那、目をそらした。第二王子殿は瞳を物悲しげに揺らす。
ふむ。単純に仲のよい兄弟というわけでもなさそうだ。
気まずい空気となったのならば、ちょうどよい。先ほどから気にかかっていたことを問うよい機会だ。
「それにしても、まだ婚約者にしか過ぎぬわらわに、そこまで心を許してよいのか?」
ゲルプ王国の立法君主制への体制移行について、婚約者殿ははっきりと明言した。
これまでそうであろう、と予測はされていたが、ゲルプ王国が他国に向けてそれを明確にしたことはない。
帝国を始め、大陸における国々は専制君主制を敷いており、ゲルプ王国の動きを不穏なものと皆捉えている。
ゲルプ王国の企みが成功し、後に国が民のもとに運営されるようになれば、各国の危機となりうる。
つまりゲルプ王国を帝国が軽んじるなど、とんでもない話だ。
そのためにわらわがゲルプ王国王太子の婚約者として遣わされたわけではあるのだが、わらわが単なる献上品で終わるか、間諜となるかは、わらわの判断に任されている。皇帝からの指示はない。
むっつりと口をへの字に結ぶと、婚約者殿はゆるりと首を振った。
「隠すようなことでもない。既に皇帝陛下はご存知だろう」
「まぁ、そうじゃな」
皇帝が属国において把握していないことなど、ほとんどない。
しかしだからといって、皇族が把握しているかといえば、それは違う。皇帝と皇族は決して同等ではないし、反目することもある。男系皇族と女系皇族の役割もまた異なる。
皇帝がよしとしない情報を皇族が掴めば、速やかに排除されうる。婚約者殿がわらわに漏らす程度の話で、排斥されることはないだろうが。
「それに、コーエンが……弟が皇女殿下を『よいもの』だと認めた。私はそれを信じる」
その言葉には虚を突かれた。
会って数刻。さほどの好意を感じるわけもなく、礼節は示すが義務的な態度を崩さぬ婚約者殿。
その婚約者殿がわらわを認めた理由が、第二王子殿。
様々な方面に頼ったであろうわらわの身辺調査などではなく、第二王子殿のカンとは。
「なるほど。第二王子殿のお眼鏡に適ったとは、光栄じゃな」
心に留めておこう。
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