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29話 終焉の悪魔の力

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 先頭にいた竜が消滅した数秒後、経験したことのないような衝撃波に巻き込まれて、俺を含めて三人とも後ろに吹き飛ばされた。
 状況を確認しようとしても、細かい砂が飛んできているせいで目を開けることが出来ない。
 どうなってるんだよ本当に。
 
 無理な行動はせずにしばらく伏せ、砂が収まったタイミングで顔を上げる。
 味方の竜が殺されたことに混乱する竜達。
 そして、そんな竜達の前に一人立つ者がいた。
 全身は雪のような純白で、腕が四本生えている。
 どう考えても、人間だとは思えない。
 その時。

 「あ」

 ラーシェは気が抜けたような声を出しながら、竜の前に立っている白い奴を指さした。

 「アイツがどうかしたのか?」
 「あれが私の兄です」
 「……あれが?」
 「はい」

 どう見ても人間には見えないのだが。
 いっそのこと、「私たちの種族は人間ではないんですよ」って言われた方が信用できる。
 だって、手が四本ある人間とか聞いたことないし。

 「あの姿は終焉の悪魔の姿です」
 「あ、そういうことか」

 終焉の悪魔の姿を見たことがなかったけど、あんな感じなのか。
 「終焉」とかつくから、勝手に巨体だと思っていたけど、全然そんなことなかった。
 身長は、大体大人の男性を二人積んだくらいだ。
 
 それにしても案外綺麗な姿なんだな。
 悪魔というより、神って感じだな。
 
 「ねえ、終焉の悪魔でも竜を六体相手にするのってキツイんじゃないの?」
 「そうかもな。よし、俺達も加勢するか」

 流石に《悪魔を統べる者》である終焉の悪魔がいて、それに加えて俺達もいれば苦戦することなく討伐することが出来るだろ。

 しかし、そんなことを考え向かおうとしていた俺達をラーシェは静止した。
 
 「大丈夫ですよ。終焉の悪魔の力は竜如きに負けませんから」

 ほら、と笑顔で言いながら、終焉の悪魔に視線を向ける。
 だが、ラーシェに期待されている終焉の悪魔は、六体の竜によって火で炙られていた。
 悪魔の炙り焼き。
 笑えない冗談だ。
 さらに、今炙られている悪魔の中身は、ラーシェのお兄さんなのだ。
 このまま放っておく訳にはいかない。

 俺は聖剣を持ち直し、ふぅっと呼吸をする。

 「やっぱり行ってくる。流石にあの状態のままは――」

 俺はそこまで言いかけ、終焉の悪魔の姿を見た瞬間言葉を失った。
 竜に囲まれ、さらには火で炙られていたというのに、どうしてだか倒れるどころか汚れ一つさえついていない。
 ここから見える終焉の悪魔の姿は、純白なままだ。
 
 自分たちが火で炙っていた者が、何故だか傷を受けることなく立っている姿を見て、さすがの竜も混乱している様子だ。
 なにやら、ぐわぐわと鳴きながら会話をしている。
 どんなことを話しているのだろうか、と思ったとき一匹の竜が悪魔に向かって口を開いて襲い掛かった。

 炎が無理なら、体で。
 今の一瞬の話し合いで、そう決まったのだろうか。
 何本もの長い牙が生えそろい、一瞬にして獲物を仕留めるように作られている。
 どんな人間でも噛まれれば無傷では済まない。

 しかし、終焉の悪魔は何を思っているのか、一歩たりとも動こうとしない。
 竜にとって格好の獲物だ。
 何の警戒もすることなく、巨大な口を近づけていく。
 これは喰われたな。

 そう思ったとき、悪魔は右にある二本の腕をスッと上にあげた。
 刹那、開いていた口が大きく裂けたかと思うと、それは止まることはなく尾まで半分に裂けていった。
 竜の体が今の一瞬で切断されたのだ。
 それも縦にではなく、横に。
 
 切断された竜は全身から血を吹き出し、あっという間に血の噴水を作り上げた。
 目の前で起こった出来事を見た竜達は、怒り狂ったように咆哮する。
 六匹同時の咆哮は煩すぎる。

 「頭が痛いよ!」


 ミラノ声を聞きながら、目を瞑り反射的に耳をふさごうとする。
 しかし――。

 「あれ?」

 どうしてだか、急に咆哮が聞こえなくなった。
 耳をふさいだわけではない。
 ふさぐ前に、静かになったのだ。

 それも同時に。
 ピタリと綺麗に。

 俺は瞑った目をゆっくりと開ける。
 
 「……」

 またしても、ありえない光景を見て言葉を失ってしまった。
 この光景を誰かに話したとして、信じてもらえるだろうか。
 いや、きっと無理だな。

 、なんて。

 唯一信じてくれそうなのは、まだ純粋な心を持つ子供くらいだ。
 それ以外の大人は、ふざけた嘘と思うはず。
 少なくとも、俺はこの話をされたら絶対に信じない。
 それだけあり得ないのだ。
 生きていた竜を六匹同時に殺すなんて。

 俺とミラノは言葉を発することなく呆然としていると、ラーシェが両手で口の周りを囲い大声を出した。

 「おーい! 兄さーん!」

 その声は悪魔に届いたらしく、こちらに気付くと驚いたように頭を後ろに引いた。
 そして、人間離れした速度で走ってきて、俺達の目の前までやってきた。
 人間が走ってきた場合、40秒はかかりそうな距離をわずか3秒で走って来たのだ。
 悪魔の体マジでどうなってんだよ。

 ……それにしても、至近距離で悪魔の姿を見るなんて初めてだな。
 遠くから見たら全身真っ白だったが、近くで見ると鋭い目が金で光っていて、肩から腰にかけて金の線が三本延びている。
 それに加え、ふくらはぎから踵までも、両足金の線で繋がっていた。
 
 こんな見た目、悪魔じゃないだろ。
 もう本物の神だ、神。

 「今はどっちなの?」

 ラーシェは俺達の反応を他所に、終焉の悪魔と会話を始めた。

 「今はビビザスだ。クロスは疲れて眠っている」
 「そう」
 「ところで、この二人は誰だ」
 
 金の瞳がミラノと捉え、その後俺に向けられた。
 ただ見られているだけなのに、変な汗が出てくる。
 俺が直接何かをされたわけでない。
 しかし、自然と湧き出てくる恐・怖・。
 今にも体が震えだしてしまいそうだ。

 「兄さんとビビザスに紹介しようと思っていた方達なの。こちらはクリムさん。私と同じ聖剣使いで、つい最近までヴァラグシア王国で聖剣使いだったの。それで、この方はミラノさん。魔王軍の幹部だよ」
 「聖剣使いに魔王軍の幹部……。それが私達に何の用だ」

 心なしか、さっきよりも声が低くなったような気がする。
 それに目つきも。
 俺達を威圧しているのか。
 ただの冒険者ではなかったことに、逆に警戒されてしまったのかもしれない。
 
 「用があるのはこっちの方だよ。堕天使を壊滅させるのを手伝ってくれるんだって」
 「なに? そうなのか」
 「ま、まあそうだな。俺が復讐したいと思っている国とも、堕天使と繋がりがあったようで。それで手を組むことになったって感じだな」
 「そうだったのか。それは私が失礼だった。きつい言葉を言ってすまない」
 「お、俺もなんかすいません」

 どうすればいいか分からなかったから、一応俺も謝っておいた。
 謝ることなんて何もしてないが。
 
 それにしても、こうして言葉を交わしてみれば人間と変わらない気がする。
 力と見た目を省いて。
 なんなら、フリュースの何十倍と話がしやすい。
 何十倍どころじゃない、何百倍だ。

 「ちゃんと出会えたことだし、一度本部へ戻ろうよ。兄さんにもクリムさん達を紹介しないといけないから」

 そうして俺達は、四人と一体並んで街へと戻っていった。

 



 街へ戻る頃には、終焉の悪魔の姿ではなくラーシェの兄の姿になっていた。
 しかしそれでも、まだ中身は悪魔のままらしい。
 悪魔にとって、やはり自分自身の体が一番動きやすいらしく、人目のつかない所では本来の姿になっているらしい。
 流石に街中で使えば大騒ぎになってしまう為、人間の姿に戻るようだ。

 「兄さんはまだ?」
 「今起こしている。……起きた。私はもう引っ込むぞ」

 悪魔がそう言った直後、威圧的だった雰囲気から柔らかい雰囲気へと変わった。
 入れ替わったぞ、と言われなくても分かるレベルだ。

 「んぁ~。よく寝た。あれ? ラーシェじゃん。それに見ない顔が二人も」
 「ビビザスから何も聞いてないの?」
 「聞いてないよ。起きた瞬間に、入れ替わられたからね。僕だって、もうちょっとゆっくりしてたかったよ」

 本当に雰囲気が変わりすぎていて、なんか変な感じがする。
 終焉の悪魔の時は、クールな人って印象なのに、ラーシェの兄に変わるとへなへなしている印象だ。
 本当にこの人が、《笑うピエロ》を作ったのか疑問に思ってしまう。
 
 そんな失礼な事を考える俺とミラノを、ラーシェは終焉の悪魔した時と同じように、お兄さんに紹介をしてくれた。
 紹介を一通り聞き終えると、お兄さんは目をテンションを上げて話しかけてきた。

 「聖剣使いに魔王軍の幹部って本当に凄いね!」
 「ちょっ! ここではその事を内密にお願いします! 一応ここもヴァラグシア王国の領内ですし」
 「あ、そっか……! ごめんごめん。じゃあ、この話は家に中で話そうか」

 
 
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