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74話 感情

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 『うーん、ナイトとでも名乗ろうか』
 
 何故こんな記憶が我の頭に流れてくる。
 あるはずにない記憶。
 いや、失われた記憶……なのか……?

 『魔物の王さ、俺が殺した』

 それは一体……どういうことだ……。
 今我の目の前にいる男に、魔物の王が負けたというのか?
 そんな事は……ありえない……!

 『安心しろ。押し潰したりなどしないから』

 我が負けている……。
 まるでさっきと同じような技で……。

 「思い出したか?」

 カロスが記憶を思い出したのと同時に、グラファは口を開いた。
 だが全く笑っていない。
 真剣な表情、そのもので。

 「貴様が……魔獣の王を殺したのか……」
 「……」
 「おい、カロスよ。大丈夫か?」

 急に戦闘が止まり、何故かカロスの様子がおかしくなった様に見え、ベルゼルフはカロスの隣に駆け付けていた。
 ベルゼルフは、様子が変化したカロスに声をかけるが、反応は帰ってこない。

 「貴様が……我の育ての親を殺したのか……?」
 「……」

 グラファは答えない。

 「貴様が……貴様が……!」
 「……」
 「カロス……?」

 カロスの毛が次第に逆立っていき、爪を剥き出していった。

 「貴様が魔獣の王を殺したのか!」
 
 怒りの声が激しい戦場に響き渡る。
 だが、カロスのそんな様子を見て、グラファはやっと表情を動かした。
 
 「何を……笑っている……。何が……おかしい!」
 「フハハッ! ようやく思い出したか。そうだ。俺はお前の育ての親。魔獣の王を殺した。期待していたほど強くなくて、残念だったよ」
 「ッ!!!」

 殺す……我が必ず……殺す。

 憎しみが、悲しみが、怒りが、溢れるほどの負の感情が、渦を巻くように混ざっていき、それはカロスを飲み込んだ。

 大地が割れるほどの勢いで地面を踏み込み、一気にグラファとの距離を詰める。

 「カロス!」

 ベルゼルフの静止を促す声も、もうすでにカロスには届かない。

 「氷桜、氷ノ珠」

 同時に技を発動して、一気に攻撃を仕掛けた。
 
 だが同時に技を発動するという事は、それだけ体力を消耗する。
 いくらリウスに回復してもらったと言えど、それでも体に蓄積された負担は計り知れない。

 細かな氷が空中に出現し、それら一粒一粒が刃以上の切れ味を持つ。
 
 「こんなにあっては邪魔だなぁ。流暗包廃ウォーターヘイム

 だが、グラファは水を操ることができる。
 氷を使うカロスにとって、相性が悪すぎる。

 守護するように、水はグラファを囲んで氷桜を消していく。
 
 「これでお前の攻撃も意味がなくな――」

 水の中からカロスに向けて笑顔を向けると、いつの間にか1センチ程の無数の氷の珠が、音無くして接近していた。

 避けられない……!

 音速に近い速さで移動する物体を、目視した瞬間から避ける事は不可能に等しい。
 無数の氷の珠は、水に直撃するのと同時に、その速さでグラファの周囲から水を消滅させていった。

 「ちっ……!」

 守られるものが無くなれば、後はカロスの思う壺。
 体勢が崩れたところを、氷桜で攻撃してカロスがトドメを刺す。

 我が……貴様を殺す……。

 「カロス……」

 ベルゼルフは焦っていた。

 今の戦況を見るとカロスが推しているように見える。
 だがそれは、カロスが感情的になってしまっていることで、ただ殺すことしか考えずに技を出し過ぎているからだ。
 技を出し過ぎたら当然体力は持たない。

 それに、感情的になると視野が狭くなってしまう。
 まだ余力を残しているグラファを相手に、感情的になってしまうのはあまりにも無謀すぎるのだ。

 どうにかしてカロスを落ち着かせないと……。

 「貴様は必ず我が殺す!」

 体勢が崩れたグラファに氷桜が襲っていき、体の様々な場所からとが流れていった。

 「細かいの邪魔だな! 流暗――」
 「氷一鋭アイスサーク

 もう一度自らの体を水で囲もうとするのを、カロスは一本の巨大な氷を撃ち込み防いだ。

 「ガハッ……!」
 「これでお前負けだ」

 白目を剥くグラファを、カロスは確実に殺すために口を広げて噛み殺そうとし――

 何故だ……?
 何故カロスが押しているのだ?
 ヴァミアとカロス、それに私で攻撃を仕掛けても余裕そうだったのに、なぜ今はカロスが押しているのだ。
 何か……何か嫌な予感がする。

 ベルゼルフは必死に考えていた。
 この戦いの中で、グラファは一体何を考えているのか。
 
 「ッ! カロス危ない!!!」

 だが、気付いた時にはすでに遅かった。

 カロスに噛み砕かれる寸前に、グラファはニヤリと笑った。

 「終わりなのはお前だ。白狼。黒水ノ虎ブラックタイガー

 これでやっと、我はコイツを――
 
 カロスの脳内で、グラファの死ぬ姿が浮かび上がった直後、横腹に激しい痛みが襲った。

 「残念だったなぁ」

 激痛で一瞬カロスの意識が逸れた隙に、グラファは低い姿勢で後ろに退避し体勢を整えた。

 
 
 
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