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44話 覚悟を決めて

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 すでに何回剣を振ったか分からない。
 ただひたすら剣を振り続けて悪魔達を殺し続けた。
 
 俺はの所へ行かなくてはいけない。
 黒い翼を生やす堕天使のところへ。

 今も尚ハーシュは、騎士や冒険者達に攻撃を仕掛け続けている。
 ハーシュの攻撃を防げる者は誰もいない。
 これ以上攻撃を続ければ、さらに死人が増えるだろう。

 だから俺が必ずハーシュを止める。

 俺はそれだけを考えて、ただひたすらに剣を振り続けた。


◇◆◇


 1人は馬に乗り、他の4人は全力で走りながら戦場を背に逃げていた。
 
 「誰が悪魔達となんか戦うかよ! あんな戦い勝てるわけねぇだろ!」
 「逃げてよかったね。死んだら洒落にならない」
 「お前達は正しい判断をした。あのゴミ達を使えば私達は無事逃げきれるだろう」

 馬に乗って駆けながらそう余裕そうに話をするのは、他でもない戦場で戦っているはずの国王だ。
 そして国王を追いかけるように走るのは、国を守るべき立場にある勇者達だった。

 そう、国王と勇者達はあの戦場から逃げていたのだ。
 ライの悪い予感は当たっていたようだ。

 冒険者達や騎士が命をかけて戦う中、5人はただひたすら逃げ続けていた。
 自分達だけが助かればいいと、そう考えて。

 「でもこれからどこに向かう?」
 「同盟を結んでいる国にでも向かえばいいだろ。そうすれば、向こうがどうにかしてくれるはずだ」
 「確かにそうですわね。あの弱者達に任せておけば、私達は確実に勝つ為の準備を進められますわ」

 国王とドラウロ達は、皆顔に最悪な笑みを浮かべて走り続けた。
 己だけでも生きれれば良いと、そう考えながら。

 
◇◆◇


 「ハーシュ……」

 俺はすでにハーシュの目の前まで来ていた。
 剣と服は黒色の悪魔の血で染まっている。
  
 ハーシュは俺の姿を確認すると、巨大な矢を作り出して放ってきた。
 それを俺は転がるようにして躱すと、俺の背後にいた悪魔に突き刺さった。
 しかし矢はそれでも止まらず、悪魔の体を貫通して硬い鎧で身を包む騎士の胸に突き刺さり、ようやく止まった。

 騎士の胸からは血が大量に噴き出し、力を失っていき横に倒れ込んだ。
  
 俺はハーシュを救うと言った。
 救うと誓った。
 だけど……今は救うことを考えるべきではないのかもしれない。
 俺はハーシュの救い方を知らない。
 だったら今考える事はただ一つ。
 
 ハーシュをどのようにして止めるかだ。

 多分どれだけ声をかけたり攻撃をしたりしても、我を失っているハーシュが止まることはないだろう。
 俺は一体どうやってハーシュを止めれば良い……。

 そして俺は脳内には最悪な事が自然と浮かび上がった。

 ハーシュをこの手で殺すこと。

 そんな最悪な選択を脳から弾き出す為に、頭を大きく左右に振った。
 だがそれでも、殺すという選択肢が頭の中に浮かび上がってしまう。
 
 もしかしたら俺は、心のどこかでハーシュを殺すことが一番の良策だと思っているのかもしれない。
 このままハーシュをどうにも出来なければ、恐らく人を殺し続ける。

 もしかしたらハーシュを殺すことが、ハーシュを救う事に繋がるかもしれない。
 この暴走はハーシュのせいでは全くない。
 だがもしハーシュが正気に戻ったとしても、自分をずっと責め続けるはずだ。
 だったらそうならない為にも、今ここでハーシュを止めるべきではないのだろうか。
 
 俺達は圧倒的不利な状況にいる。
 さっきよりも戦況は悪化し、後方にいる騎士達が破られれば、間違いなくそのまま王都は落とされる。
 王都が落とされれば、勝利を信じて騎士や冒険者達を待っている民はどうなる。
 少しでも勝つ可能性を上げるとすれば、ハーシュをどうにかしなければならない……。

 俺は血を流し戦う者達を見回した後、ゆっくりとハーシュの方を向き目を合わせた。
 
 ハーシュには数え切れない程の恩がある。
 それを今、返すんだ。

 覚悟を決めろ、ライ・サーベルズ。

 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
 握っていた剣をもう一度持ち直し、ハーシュに向けて構えた。
  
 「ハーシュ、今から君を殺す」

 そう俺はハーシュに向けて言葉を発し、地面を強く踏み込んだ。


◇◆◇


 頭から流れる血を腕で拭き、消えかかる光剣をルーレルはもう一度金の光で照らした。

 「もう諦めて殺されるがいい。お前はどうやっても私には勝てん」
 「それは……無理……。私は……戦う……」
 「そうか。なら死ね」

 レレファスは音も立てず背後に回り込むと、首を狙って剣を一振りした。
 それをルーレルは間一髪のところで反応し、姿勢を低くし剣を躱すとレレファスの腹部に向けて光球を打ち出した。

 「小賢しい真似を」

 だがそれでも当たることはなく、背後に下がりながら光球を斬り裂いた。

 レレファスは剣術において、ルーレルの技術力を遥かに凌駕している。
 ルーレルが有利に立てるとすれば、光を自由に操る事なのだがそれも全て対応されてしまう。
 今のままだと勝率は無いと言っても良いくらいだ。
 
 それをルーレルは自覚している。
 だがそれでも
 持久戦に持ち込んだとしても、先に体力を切らしてしまうのはルーレルで間違いない。
 体術も出来ないわけではないが、今使ったところで余計に不利になるだけだ。

 シェラレイに助けを求めようとも、向こうも向こうで下級悪魔に手一杯のようだ。
 下級悪魔でも数で来られたらどうすることもできない。

 自分でこの絶望的な状況をどうにかするしかないのだ。

 光の力で押し切るしかないか。
 でももしかしたら、力切れを起こすかもしれない。
 そうなれば……しばらく戦えない。
 やっぱり剣だけで――。

 しかしルーレルは頭を左右に振った。

 そんな考えはダメだ。
 今のこの状況を変えるには、力の出し惜しみをしてはいけない。
 このままだと最悪負けてしまう可能性がある。
 どうにかして持ち堪えないと……!

 「光剣の薔薇……乱光桜……光雲の乱……」

 力の乱用はあまり良い事ではない。
 光剣は丸一日使い続けても問題はないが、光剣の薔薇、乱光桜、光雲の乱は力の消耗が大きい。
 あと十回も使えば立っていられなくなってしまうかもしれない。
 それでも使わないと勝てないから。
 他のみんなが全力で戦ってるのに、私だけ手を抜くなんて絶対許されない……!

 無数の光の剣に加え、一枚一枚がナイフのような切れ味を持つ花弁や轟音を響かせ金の光を放つ雲が、レレファスを目掛けて襲っていった。
 それに合わせてルーレルも駆け出す。

 光剣の束が襲い掛かるが、それでも崩れる事なく一本一本捌いていく。
 だがそれだけ隙ができる。
 ルーレルは間合いに入り込み、鋭い剣の先を向けた。
 
 「甘いな」

 それでもレレファスは動じる事なく、飛んでくる光剣を躱しながら、自分に向けられた剣の対応をしようとする。
 だがそれでいい。
  
 ルーレルはすかさず
 戦場で瞬き以外で目を閉じるなどあり得ない。
 目を閉じる事など、自ら死ににいっているようなものだ。
 しかし目を閉じた理由がそれ以外だとすれば――。

 突如、ルーレルの体は目が潰れる程の光を発し始めた。

 「なんだと……!」
 
 そんな光をレレファスは至近距離から直視してしまった。
 ただで済むわけがない。

 「むぅ……! 何も見えん……!」

 今の一瞬にしてレレファスの視力を奪ったのだ。
 しかしその分代償は大きい。

 「うぅ……」

 ルーレルの足はふらふらとよろけ始め、剣を杖のようにして地面に膝をついた。
 だがこれはチャンスでもある。
 レレファスは視力を失っているのだ。
 今はもう
  
 「行け……」

 ルーレルの指示と共に、ゆっくりと舞っていた花弁が暴風に吹かれるか如くレレファス目掛けて舞って行った。
 遠くから見れば美しい花弁だ。
 でもそれに触れてみれば、ただの凶器でしかない。

 それはゆらゆらと舞っていき、目を抑えるレレファスを包み込んだ。
 刹那、花弁が触れた場所から黒の血が飛び散った。
 頭、首、腹、背、腕、足……ありとあらゆる所から血が流れ出していく。

 「なんだこれは!」

 目を抑えているのと逆の腕で剣を振っていた。
 だが振ったところで花弁は消えず、余計に舞っていくだけだ。

 「落ちろ……」

 ルーレルの声に応えるかのように、上空で待機していた雲が激しい光を一瞬放った。 
 それと同時に、辺り一体に激しい轟音を響かせた。
 通常の稲妻よりもさらに光の強い稲妻がレレファス目掛けて落ちていく。
 地面を抉り、砂や岩が宙を舞う。

 ルーレルは確認に向かおうとするが、足に力を入れることが出来ずその場に倒れ込んでしまった。
 
 だがあれが直撃して、死なずとも余裕で立てる者はまずいない。
 あのグラティオラスさえ、しばらく感電してしまっていたのだから。

 危ないところだった。

 ルーレルはなんとか腕に力を入れて座り直し、口から流れる血を拭き取った。

 上級悪魔の中で1番強いだけある。
 前よりもさらに強くなっていた。
 だけどこれで私も別の所へ向かうことが出来る。
 戦況をどうにかして変えないと――。

 「どこに行く」
 「……え……?」
 「まだ私との勝負はついていないぞ」

 ルーレルは見るはずのない光景を見てしまった。

 「どうして……」

 そこに立っていたのだ。
 立てるはずがないのに、そいつは立っていたのだ。
 それもふらつく事なく、余裕そうな表情で。

 「このレレファスを甘く見るな」

 どうやってこいつを……倒せばいい。
 ルーレルに希望などすでに残されておらず、今あるのは絶望だけだった。

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