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第七章 波乱の予感
犯人の正体
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雷紋による攻撃もあって、昨夜は貴船を見つけることができないまま三人は帰った。
翌朝、食事を終えた龍二はいつものように嵐魔から剣の稽古をつけてもらおうと考えつつ、内廊を歩いていた。
すると、玄関へ繋がる細い廊下の奥、ヒノキの床が続く先で黒い固定電話の受話器を耳に当てた雪姫と目が合う。
「――あっ、少々お待ちくださいね……龍二様、嵐堂銀次様からお電話です」
「え? 銀次さんから?」
龍二は首を傾げる。
こんな早朝から電話をかけてくるなど初めてのことだ。
桃華もまだ登校していないぐらいの時間だろう。
龍二は用件に見当もつかなかったが、ひとまず受話器を耳へ当てた。
「はい、お電話かわりました。龍二です」
『おはよう、龍二くん。朝早くに申し訳ない。どうしても確認したいことがあってね』
「はい、なんですか?」
「うちの娘はそちらへ行っていないだろうか?」
「へ? 桃華ですか? いえ、来ていませんが……」
『……そうか』
そう呟いた銀次の声は、陰りのある暗いものだった。
龍二は胸騒ぎを覚える。
「なにかあったんですか?」
「落ち着いて聞いてくれ。実は昨日の夜から桃華が帰って来ていないんだ」
「……はぁっ? ちょっと待ってください! じゃあ桃華は今……」
「行方不明だ」
頭をハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。
それほどまでに衝撃的な言葉だった。
横で見ていた雪姫も、龍二の顔色を見て心配そうに眉尻を下げている。
「昨日の夜から星を読んでいるんだが、はっきりしなくてね。昨日の桃華の様子で気になるところはなかったか?」
「そ、そうですね……昨日もいつも通り元気でしたし、むしろ俺を助けてくれて……」
龍二は言いながらも頭では違うことを考えていた。
昨日の夜は雷紋に襲われた後、繁華街で桃華と分かれた。
その後なにかあったということだろう。
龍二は頬を歪め、拳を強く握る。
もし自分の道草に付き合っていなければと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「とにかく、僕らも探します!」
「すまない、よろしく頼む」
龍二は受話器を置くと、雪姫に端的に事情を伝え、まだ寝ているであろうを修羅を起してくれと伝えた。
それから龍二と修羅は町中を探し回った。
しかし夕方になっても一向に桃華は見つからず、見かけたといった手がかりすら見つからない。
まるで、『神隠し』だ。
「――ダメだ! 陰陽塾にも連絡はないってよ」
「そうか……」
龍二は、塾近くの公園で修羅と合流し報告を受ける。
彼には塾へ行き、桃華のことでなにか出がかりがつかめないかと、情報収集を頼んでいたが成果はなかったようだ。
「くそっ! なにがどうなってるんだ!?」
焦燥感が次第につのる。
今は彼女の無事を祈るしかない。
「……そういや貴船も来てなかったな」
「それは本当か!?」
「あぁ、ただの偶然かもしれねぇが」
「でも、彼女までいなくなったのだとしたら、最近の彼女の様子となにか関係があるのかもしれない」
龍二は眉間にしわを寄せ目線を下へ向ける。
自分の知らないところでなにかが起こっている、そんな漠然とした予感を感じていたが今はあまりにも情報が少なすぎる。
焦りながらも必死に思考を巡らせ、なにか手がかりになりそうなことがないかと考えていると、突然携帯が鳴った。
「っ!?」
発信者の名前を見て龍二が目を見開く。
「……誰だ?」
「桃華からだ!」
慌てて電話に出ると、しばらく無言が続いた。
『………………』
「桃華なのか? 返事をしてくれ! 今どこにいるんだ!?」
『………………龍葬寺へ来て』
「え?」
携帯の向こうで声を発したのは桃華ではなかった。
明らかに女の子の声だと分かったが、暗く沈んだ声だ。
「お前は誰だ!? 桃華は無事なのか!?」
『……ええ、今はまだ無事よ。条件は、鬼屋敷くん一人で来ること。そうでなければ、彼女の命はないわ』
「その声……貴船さんか」
「なに!?」
目の前で修羅が反応した。
なんとなく状況を察したのだろう。
龍二は、貴船の迷いを感じさせる悲痛な雰囲気のおかげで、なんとか平静さを保つことができた。
「なにが目的なんだ?」
『我が主があなたをお待ちしているわ』
「主?」
『百鬼夜行・よろずの会の頭首よ』
「なんだってっ!? そういうことだったのか……分かった、すぐに行く」
龍二は動揺に子を荒げたが、最後に落ち着いて告げると、通話を切った。
前を見ると、修羅が険しい表情を浮かべて龍二の言葉を待っている。
「俺、行くよ」
「待て、俺もついて行く」
「ダメだ。俺一人で来いっていうのが、奴らの条件だ」
「奴ら? またお前の血を狙う妖か?」
「ああ、よろずの会だ」
「ちっ、奴らこんなところへ逃げて来てたのか。貴船は奴らの仲間だったのか?」
「多分な。陰陽術が使えるってことは、半妖だろう。俺たちと同じだ」
「そんな奴と一緒にすんじゃねぇ!」
修羅が顔を怒りに歪ませ声を荒げる。
もう、彼女を敵として認識しているようだ。
龍二の胸中に一抹の寂しさがよぎり、悲しげに頬を歪ませる。
「とにかく、俺一人で行く。銀次さんには、『桃華は必ず無事に連れ戻すから、安心して待っててくれ』って伝えてくれ」
「バカかお前、そんなの罠に決まってんだろ! むざむざそんな危険なところに行かせられるわけねぇだろうが!」
「それでもだ。たとえ俺がどうなっても、桃華だけは助けてみせる」
龍二はそう言って龍葬寺へ一人向かうのだった。
翌朝、食事を終えた龍二はいつものように嵐魔から剣の稽古をつけてもらおうと考えつつ、内廊を歩いていた。
すると、玄関へ繋がる細い廊下の奥、ヒノキの床が続く先で黒い固定電話の受話器を耳に当てた雪姫と目が合う。
「――あっ、少々お待ちくださいね……龍二様、嵐堂銀次様からお電話です」
「え? 銀次さんから?」
龍二は首を傾げる。
こんな早朝から電話をかけてくるなど初めてのことだ。
桃華もまだ登校していないぐらいの時間だろう。
龍二は用件に見当もつかなかったが、ひとまず受話器を耳へ当てた。
「はい、お電話かわりました。龍二です」
『おはよう、龍二くん。朝早くに申し訳ない。どうしても確認したいことがあってね』
「はい、なんですか?」
「うちの娘はそちらへ行っていないだろうか?」
「へ? 桃華ですか? いえ、来ていませんが……」
『……そうか』
そう呟いた銀次の声は、陰りのある暗いものだった。
龍二は胸騒ぎを覚える。
「なにかあったんですか?」
「落ち着いて聞いてくれ。実は昨日の夜から桃華が帰って来ていないんだ」
「……はぁっ? ちょっと待ってください! じゃあ桃華は今……」
「行方不明だ」
頭をハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。
それほどまでに衝撃的な言葉だった。
横で見ていた雪姫も、龍二の顔色を見て心配そうに眉尻を下げている。
「昨日の夜から星を読んでいるんだが、はっきりしなくてね。昨日の桃華の様子で気になるところはなかったか?」
「そ、そうですね……昨日もいつも通り元気でしたし、むしろ俺を助けてくれて……」
龍二は言いながらも頭では違うことを考えていた。
昨日の夜は雷紋に襲われた後、繁華街で桃華と分かれた。
その後なにかあったということだろう。
龍二は頬を歪め、拳を強く握る。
もし自分の道草に付き合っていなければと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「とにかく、僕らも探します!」
「すまない、よろしく頼む」
龍二は受話器を置くと、雪姫に端的に事情を伝え、まだ寝ているであろうを修羅を起してくれと伝えた。
それから龍二と修羅は町中を探し回った。
しかし夕方になっても一向に桃華は見つからず、見かけたといった手がかりすら見つからない。
まるで、『神隠し』だ。
「――ダメだ! 陰陽塾にも連絡はないってよ」
「そうか……」
龍二は、塾近くの公園で修羅と合流し報告を受ける。
彼には塾へ行き、桃華のことでなにか出がかりがつかめないかと、情報収集を頼んでいたが成果はなかったようだ。
「くそっ! なにがどうなってるんだ!?」
焦燥感が次第につのる。
今は彼女の無事を祈るしかない。
「……そういや貴船も来てなかったな」
「それは本当か!?」
「あぁ、ただの偶然かもしれねぇが」
「でも、彼女までいなくなったのだとしたら、最近の彼女の様子となにか関係があるのかもしれない」
龍二は眉間にしわを寄せ目線を下へ向ける。
自分の知らないところでなにかが起こっている、そんな漠然とした予感を感じていたが今はあまりにも情報が少なすぎる。
焦りながらも必死に思考を巡らせ、なにか手がかりになりそうなことがないかと考えていると、突然携帯が鳴った。
「っ!?」
発信者の名前を見て龍二が目を見開く。
「……誰だ?」
「桃華からだ!」
慌てて電話に出ると、しばらく無言が続いた。
『………………』
「桃華なのか? 返事をしてくれ! 今どこにいるんだ!?」
『………………龍葬寺へ来て』
「え?」
携帯の向こうで声を発したのは桃華ではなかった。
明らかに女の子の声だと分かったが、暗く沈んだ声だ。
「お前は誰だ!? 桃華は無事なのか!?」
『……ええ、今はまだ無事よ。条件は、鬼屋敷くん一人で来ること。そうでなければ、彼女の命はないわ』
「その声……貴船さんか」
「なに!?」
目の前で修羅が反応した。
なんとなく状況を察したのだろう。
龍二は、貴船の迷いを感じさせる悲痛な雰囲気のおかげで、なんとか平静さを保つことができた。
「なにが目的なんだ?」
『我が主があなたをお待ちしているわ』
「主?」
『百鬼夜行・よろずの会の頭首よ』
「なんだってっ!? そういうことだったのか……分かった、すぐに行く」
龍二は動揺に子を荒げたが、最後に落ち着いて告げると、通話を切った。
前を見ると、修羅が険しい表情を浮かべて龍二の言葉を待っている。
「俺、行くよ」
「待て、俺もついて行く」
「ダメだ。俺一人で来いっていうのが、奴らの条件だ」
「奴ら? またお前の血を狙う妖か?」
「ああ、よろずの会だ」
「ちっ、奴らこんなところへ逃げて来てたのか。貴船は奴らの仲間だったのか?」
「多分な。陰陽術が使えるってことは、半妖だろう。俺たちと同じだ」
「そんな奴と一緒にすんじゃねぇ!」
修羅が顔を怒りに歪ませ声を荒げる。
もう、彼女を敵として認識しているようだ。
龍二の胸中に一抹の寂しさがよぎり、悲しげに頬を歪ませる。
「とにかく、俺一人で行く。銀次さんには、『桃華は必ず無事に連れ戻すから、安心して待っててくれ』って伝えてくれ」
「バカかお前、そんなの罠に決まってんだろ! むざむざそんな危険なところに行かせられるわけねぇだろうが!」
「それでもだ。たとえ俺がどうなっても、桃華だけは助けてみせる」
龍二はそう言って龍葬寺へ一人向かうのだった。
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