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第六章 妖の善悪
妖の善悪
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それから、貴船麗羅の陰陽塾での人気は爆発し、いつにも増してにぎやかなものになった。
彼女も最初のときのような鋭利な雰囲気は和らぎ、楽しそうにしていた。
時おり、龍二にも声をかけてきて間に桃華を挟みながら雑談したりする。
しかしなぜか、彼女は龍二を見るときだけ悲しげな表情を浮かべることがあり、摸擬戦のときの雰囲気といい、なにか不穏な気配を感じざるをえない。
「――また見てる……」
「ん?」
講義中、呟き声に反応し隣を向くと、桃華が半眼で龍二を見ていた。
講義中なのに呑気なやつだとため息を吐き、龍二は前を向く。
すると、講師が眉をしかめてこちらを見ていたが、龍二は知らんぷり。
「陰陽庁は昔、妖のすべてを絶対悪としてなりふり構わず滅していた。土御門摩荼羅が長官のときだ。しかし今では、陰陽庁で善き妖と悪しき妖をしっかり区別した上で、それぞれの対処法が定められている。ではなぜそうなったのか、分かるか? 嵐堂」
「……へ? は、はいっ!」
突然呼ばれた桃華は、勢いよく立ち上がる。
龍二がクスクスと横で笑うと、涙目でにらみつけられた。
講師は苦笑する。
「立たんでいいから。で、答えは?」
「す、すみません……なんの話でしたっけ?」
塾生たちからどっと笑いが起こる。
貴船も楽しそうに頬を緩ませていた。
「まったく……なぜ妖の善悪を判断するようになったのかだ」
「……それは、妖のすべてを滅するように指示していた当時の陰陽長官、土御門摩荼羅が龍血鬼に敗れたためです」
「うむ」
講師は満足げに頷くと話を続けた。
国家最強の陰陽師が敗れたことで、陰陽庁は悟った。すべての妖を敵に回すということは、眠れる獅子を起すことに他ならないのだと。
実際、龍血鬼は人に害を成す妖ではないので、陰陽師に攻撃さえされなければ反撃することもなかったのだ。
だからこそ、次代の陰陽長官は人に危害を及ぼす悪しき妖のみを討滅の対象とした。
「そっか……」
聞いていた龍二にも感慨深いものがあった。
父は妖を……雪姫や鈴といった大切な仲間たちを守るために戦い、勝利したのだ。
しかしふと思う。
自分は本当に善き妖だと言えるのだろうかと。
龍の血は争いを生むことになり、多くの人を危険にさらすものだ。
もし陰陽庁が悪しき妖と判断したのなら、人間の敵ということになる。
そう考えると、たまらなく怖かった。
講義がすべて終わると、桃華と修羅と共に教室を出ようとする龍二だったが、ふと立ち止まった。
「……龍二さん? どうしたんですか?」
「忘れもんか?」
「あ、ああ……そんなとこ。すぐに行くから、先に行っててくれ」
「分かりました。じゃあ外で待ってますね」
二人は教室を出て廊下を歩いて行く。
龍二は室内を振り返り、まだ残っていた貴船の元へ歩み寄った。
「貴船さん、大丈夫?」
「え? 龍……鬼屋敷くん?」
「さっきの講義の後から、ずっとボーっとしてたからさ」
それを聞いて彼女は周囲を見回し、ようやく講義が終わったことを認識したようだ。
塾生たちは次々に教室を出て行き、すぐに龍二と貴船の二人だけになる。
貴船は立ち上がり、なにかに迷うように目線を泳がせた。
「なにかひっかかることでも?」
「い、いえ、大したことじゃ……」
「そうは見えないけどな」
いまだに去らない龍二から目をそらし、長いまつ毛を伏せて貴船は呟く。
「さっきの妖の善悪の区別」
「ん?」
「……もし、もしもよ? 私が妖だとして、やむを得ない事情で罪を犯して深く悔いていたとしても、それはどうやって償えばいいのかな? いつまでも消えない罪の意識を背負って、滅されるまで悪しき妖でいないといけないの?」
「それは……」
龍二は困惑する。
彼女がなにを言っているのか分からなかった。
だがその表情は辛そうで、見つからない答えを求めているようだった。
「どれだけ悔いて、どれだけ謝っても、心を入れ替えても、許されることはないの? 人と違って、滅されることしか、罰を受ける方法はないと言うの?」
「貴船、さん……」
彼女は潤んだ瞳で見上げてきた。
顔を歪めて胸の前で手を握り、なんだか苦しそうだ。
とても陰陽師を目指す人の言葉とは思えない。
だから龍二は、半妖として答える。
「人だって間違えるときはあるんだから、妖も同じだろ。陰陽庁はどうか知らないけど、もしその妖が悔いているのなら、俺は罪を問おうと思わない。別にすべての人に許してもらわなくたっていいじゃないか。誰かが味方になることで、救われる妖がいるのなら、俺は手を差し伸べるだろうな。あっ、もしも俺が妖だとしたらの話だけど」
龍二は慌てて最後に付け加える。
すると、貴船は「そう」と呟き、表情を和らげた。
「でも、どうしてそんなことを?」
「いえ、なんでもないの。ありがとね、鬼屋敷くん」
貴船は微笑みながら礼を言うと、教室を出て行った。
その後ろ姿は、いつもの凛々しく堂々としたものだったので、龍二は安心する。
彼女への答えは、自分が百鬼夜行を率いる上で揺らがない信念だ。
きっと、父も同じようなことを考えると思うから。
「悪しき妖、か……」
龍二は胸にもやもやを抱えながら呟くと外へ出た。
すると、桃華と修羅が相変わらず口喧嘩していたので、すぐにさきほどのことを忘れてどっと疲れが押し寄せるのだった。
彼女も最初のときのような鋭利な雰囲気は和らぎ、楽しそうにしていた。
時おり、龍二にも声をかけてきて間に桃華を挟みながら雑談したりする。
しかしなぜか、彼女は龍二を見るときだけ悲しげな表情を浮かべることがあり、摸擬戦のときの雰囲気といい、なにか不穏な気配を感じざるをえない。
「――また見てる……」
「ん?」
講義中、呟き声に反応し隣を向くと、桃華が半眼で龍二を見ていた。
講義中なのに呑気なやつだとため息を吐き、龍二は前を向く。
すると、講師が眉をしかめてこちらを見ていたが、龍二は知らんぷり。
「陰陽庁は昔、妖のすべてを絶対悪としてなりふり構わず滅していた。土御門摩荼羅が長官のときだ。しかし今では、陰陽庁で善き妖と悪しき妖をしっかり区別した上で、それぞれの対処法が定められている。ではなぜそうなったのか、分かるか? 嵐堂」
「……へ? は、はいっ!」
突然呼ばれた桃華は、勢いよく立ち上がる。
龍二がクスクスと横で笑うと、涙目でにらみつけられた。
講師は苦笑する。
「立たんでいいから。で、答えは?」
「す、すみません……なんの話でしたっけ?」
塾生たちからどっと笑いが起こる。
貴船も楽しそうに頬を緩ませていた。
「まったく……なぜ妖の善悪を判断するようになったのかだ」
「……それは、妖のすべてを滅するように指示していた当時の陰陽長官、土御門摩荼羅が龍血鬼に敗れたためです」
「うむ」
講師は満足げに頷くと話を続けた。
国家最強の陰陽師が敗れたことで、陰陽庁は悟った。すべての妖を敵に回すということは、眠れる獅子を起すことに他ならないのだと。
実際、龍血鬼は人に害を成す妖ではないので、陰陽師に攻撃さえされなければ反撃することもなかったのだ。
だからこそ、次代の陰陽長官は人に危害を及ぼす悪しき妖のみを討滅の対象とした。
「そっか……」
聞いていた龍二にも感慨深いものがあった。
父は妖を……雪姫や鈴といった大切な仲間たちを守るために戦い、勝利したのだ。
しかしふと思う。
自分は本当に善き妖だと言えるのだろうかと。
龍の血は争いを生むことになり、多くの人を危険にさらすものだ。
もし陰陽庁が悪しき妖と判断したのなら、人間の敵ということになる。
そう考えると、たまらなく怖かった。
講義がすべて終わると、桃華と修羅と共に教室を出ようとする龍二だったが、ふと立ち止まった。
「……龍二さん? どうしたんですか?」
「忘れもんか?」
「あ、ああ……そんなとこ。すぐに行くから、先に行っててくれ」
「分かりました。じゃあ外で待ってますね」
二人は教室を出て廊下を歩いて行く。
龍二は室内を振り返り、まだ残っていた貴船の元へ歩み寄った。
「貴船さん、大丈夫?」
「え? 龍……鬼屋敷くん?」
「さっきの講義の後から、ずっとボーっとしてたからさ」
それを聞いて彼女は周囲を見回し、ようやく講義が終わったことを認識したようだ。
塾生たちは次々に教室を出て行き、すぐに龍二と貴船の二人だけになる。
貴船は立ち上がり、なにかに迷うように目線を泳がせた。
「なにかひっかかることでも?」
「い、いえ、大したことじゃ……」
「そうは見えないけどな」
いまだに去らない龍二から目をそらし、長いまつ毛を伏せて貴船は呟く。
「さっきの妖の善悪の区別」
「ん?」
「……もし、もしもよ? 私が妖だとして、やむを得ない事情で罪を犯して深く悔いていたとしても、それはどうやって償えばいいのかな? いつまでも消えない罪の意識を背負って、滅されるまで悪しき妖でいないといけないの?」
「それは……」
龍二は困惑する。
彼女がなにを言っているのか分からなかった。
だがその表情は辛そうで、見つからない答えを求めているようだった。
「どれだけ悔いて、どれだけ謝っても、心を入れ替えても、許されることはないの? 人と違って、滅されることしか、罰を受ける方法はないと言うの?」
「貴船、さん……」
彼女は潤んだ瞳で見上げてきた。
顔を歪めて胸の前で手を握り、なんだか苦しそうだ。
とても陰陽師を目指す人の言葉とは思えない。
だから龍二は、半妖として答える。
「人だって間違えるときはあるんだから、妖も同じだろ。陰陽庁はどうか知らないけど、もしその妖が悔いているのなら、俺は罪を問おうと思わない。別にすべての人に許してもらわなくたっていいじゃないか。誰かが味方になることで、救われる妖がいるのなら、俺は手を差し伸べるだろうな。あっ、もしも俺が妖だとしたらの話だけど」
龍二は慌てて最後に付け加える。
すると、貴船は「そう」と呟き、表情を和らげた。
「でも、どうしてそんなことを?」
「いえ、なんでもないの。ありがとね、鬼屋敷くん」
貴船は微笑みながら礼を言うと、教室を出て行った。
その後ろ姿は、いつもの凛々しく堂々としたものだったので、龍二は安心する。
彼女への答えは、自分が百鬼夜行を率いる上で揺らがない信念だ。
きっと、父も同じようなことを考えると思うから。
「悪しき妖、か……」
龍二は胸にもやもやを抱えながら呟くと外へ出た。
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