半妖の陰陽道(覚醒編)~無能と言われた少年は、陰陽師を目指し百鬼夜行を率いる~

高美濃 四間

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序章 墜ちる星

最後の術

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 ――それからしばらく、雨は降りやまず。
 
「……やりましたか?」

「ああ。それにしてもこの女、最後まで手札を見せやがらなかった」

 雨の中、冷たい地面の上にうつぶせに倒れているのは、女陰陽師のほうだった。
 彼女の胸には小さな穴が空き、ドクドクとおびただしい量の血が溢れ出して、真っ赤な血溜まりを作っている。
 かろうじてまだ息はあるが、虚ろな目はなにも移さず、近くで話している二人の男の声が聞こえるだけだ。

「さっきの光は?」

「封印だ。俺もあんな規模のは初めて見たが」

「実力は確かか。人違いでもなさそうですね」

「だな。滅法を使わなかったあたり、俺の正体にも勘付いてたみたいだ。けど、最後まで式神を使わなかったのが引っ掛かる」

「なんですって? これでも神将の一人です。なにかあるのかもしれません」

 二人は黙り込む。
 彼らが訝しげに話している中、女の唇はかすかに動いていた。
 雨の音にかき消されて気付かれなかったが、彼女は確かに何事かを呪詛のように呟いていた。

「………………っ………………ぅ」

 最後まで唱えたところで、ようやく二人が気付く。

「なっ!? 呪術!?」

「この女、まだ生きて!?」

 男は慌てて彼女の体に触れようとするが次の瞬間、その背中からうねる光の筋がほとばしり、雷鳴が轟いた。
 発散した金の光は強烈な電撃となり、二人を衝撃で吹き飛ばす。
 その後、動けない彼女の全身からなにか透明の、まるで魂のような光る気体が抜け、天へと舞い上がった。

「おい、なんだよあれ!?」

「今の電撃は……おそらく式神のもの。ならばあれは……」

 眼帯の男が慌てて立ち上がり、痣を指に集めてかぎ爪を立て女へ迫るが、もう一人が止める。

「無駄ですよ。もう死んでいます」

「ちっ」

 男が舌打ちして頭上を見ると、彼女から出た光も既に消え、行方が分からなくなっていた。
 
「ったく、なんなんだよ」

「さすがは現代の神将と言ったところですか」

「あ? なにか分かったのか?」

「ええ。先ほどの御霊みたまは、彼女の式神でしょう。自分が死んで、消滅するか歪んで妖となる前に、契約を解いて現世うつしよに解き放ったのでしょうね」

「は? なんでそんなこと」

「おそらく彼女は、あなたと遭遇してすぐ、自分が殺されることを予期したのでしょう。それであなたとの戦いの記憶を式神に刻み、自分の手の内は見せずに、他の誰かに託そうとした」

「自分の身を犠牲にしてか? 狂ってやがる」

「彼女もあなたには言われたくないでしょうね」

「うっせ」

「それよりも、正体はバレていないでしょうね?」

「問題ないさ。俺らのことを知るのは、あの方だけだからな」

「それなら良いのですが」

 謎の男たちは雨降る森の奥に、もう冷たくなってしまった神将十二柱の一人『鬼屋敷おにやしき月菜るな』の死体を捨て置いたまま、立ち去るのだった。


 同時刻、遠く離れた田舎の小さな一軒家で星を読む者がいた。
 嵐堂らんどう銀次ぎんじは、石塀に囲まれた中庭に面している縁側であぐらを掻き、雲一つない蒼黒の夜空を見上げている。
 ここでは星々が爛々ときらめいていて、星読みには最適な状況だ。
 銀次は、ふちなしの眼鏡をかけ優しさが滲み出るような柔和な顔立ちに、髪は長めで少し白が混じり、中央でキッチリ分けている。今はゆったりとした紺の浴衣を着て、神妙な面持ちで星を読んでいた。
 虫の知らせというのか、なぜか嫌な予感がしていたのだ。
 
「――星が、落ちた? 今のは……まさかっ」

 呟いた銀次の声が震える。
 彼には確かに見えた。
 流星の煌めきが、星の――命の落ちた瞬間が。
 信じられないというように目を見開き、しばし茫然とする。

「そうか……月菜くん、君はもう……」

 悲壮感漂う声で呟いて、静かに目を閉じる。
 無意識のうちに涙がこぼれ頬を伝う。
 
「……あなた? いつまでそうしているのですか? 今晩は冷えますよ」

 心配して声をかけてきた妻のはなへ、銀次は答えることができない。
 彼女はそれ以上なにも言わず、部屋から羽織を持って来てそっと銀次の肩からかけた。
 深いため息を吐いた銀次は、思わず妻の手を握り、その温もりを感じて気を落ち着かせる。

「こんなに辛い思いをするのなら、星読みなどすべきではなかった……」

「なにか、あったのですね」

「ああ。旧友の身に不幸がね」

「そう、でしたか……」

 花は声のトーンを下げて悲しげに呟き、銀次を後ろからゆっくりと抱きしめるのだった。
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