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最終章 激動の最終決戦

領主選開始

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 翌日の朝、覚悟を決めたルークは、領主選の会場であるアンフィス屋敷の大会議室に足を踏み入れた。
 会場設営は夜のうちに行われており、中央に演壇えんだんが二つ向かい合って立っている。それを取り囲み、円卓のように並べられた机と十三の席が設けられており、時間はまだ早いが既に半数以上の文官が席についていた。
 室内は異様な緊張感に包まれ、ドラチナスの未来を決する場にふさわしい。
 ルークが深呼吸していると、カドルが姿を現す。
 続いてギルド会長グレイヴと、ドラチナス金庫総合番頭ホルムスも入室した。

「カドル殿、どういうことですか? なぜ部外者がいるのです?」

 ルークは声に険を含ませて問う。
 ここは領主選の会場で、議決権を持つのは高位職の文官十三名のみ。
 無関係なギルド幹部の参加など認められていない。
 しかしカドルは涼しい表情で答えた。

「グレイヴ殿からぜひ傍聴ぼうちょうさせて欲しいと懇願されてな。この場は次期領主を決める場、ドラチナス市場の動向をも左右するのだ。ギルドのトップが気に掛けるのも無理はないだろう? なにも、議決権を与えようというわけではないのだから、傍聴ぐらい許してやっても構わないだろう?」

 カドルは堂々とその場の全員に問いかける。
 文官たちはあまり良い顔はしていないが、面と向かって反論できるものはいなかった。
 カドルとギルドとの良好な関係をアピールするための策であることは間違いない。ギルドがドラチナスの市場を支配し、経済を左右している以上は有効な手だ。
 それに領内規定でも、部外者への議決権の譲渡は認められていないが、傍聴を禁じてもいない。
 さも当然と言うような、グレイヴの澄ました顔が腹立たしいが、ルークはそれ以上反論しなかった。
  
(……まずいか)

 ルークは内心で焦りを募らせていた。
 本来であればルークもウィルムを傍聴させるつもりだったのだ。ギルドに対抗するために。
 しかし彼は未だ姿を現さず、それどころか昨夜ウィルムの元へ送った騎士すら戻って来ていない。
 なにかあったのは間違いなく、領主選開始前からカドルの有利が明確となっていた。
 時間の経過と共にルークの窮地は確実なものとなっていく。

「――それでは皆様おそろいですので、領主選を開催いたします」

 状況は好転することなく、ついに最終決戦が始まってしまう。
 十三人の文官に囲まれる中、ルークとカドルは演壇に上がった。
 ルークは入口を背に、カドルはルークの向かいに立つ。

「改めて内容を説明いたします。本日お集まりの文官十三名がそれぞれ一票ずつの票を所持し、領主候補であるルーク補佐官とカドル補佐官の討論の末、推薦される相手に投票していただきます。基本的に無投票は認められませんので、必ずどちらかに投票してください。そして集計の結果、過半数以上つまり、七票以上を獲得された方が新領主に就任されることとなります。それから――」

 領主選幹事による細かいルールの説明が行われ、全員が納得すると、早速討論の開始が告げられる。
 先行はカドル。
 彼は自分自身の実現しようとする政策をゆっくりと語り始めた。
 まずはドラチナスの不況をあおる。
 次に新種アビスの出現を例に上げ、あれは運良く対応できているものの、有事になって初めて財政政策の不十分さと意思決定の遅さが露呈したと告げた。
 これを教訓にこれからは機動的な財政政策を実施し、ギルドとの連携を密なものとすることにより、ドラチナスを支えていく。幸い、領内財源は十分に留保されており、惜しげなく市場へ供給できるのだ。
 ただし、アンフィスの政策については基本的に継続の路線を辿り、まずは領主交代による領民の混乱を鎮静化させると語った。

(……これはない)

 ルークは内心で毒づいた。
 すべてを語りきって、満足げに目を細めるカドルだったが、その内容に具体性がない。
 しょせんは文官たちからの支持を得るために、当たり障りのないことを言っているだけだ。
 とはいえ、明らかに優勢の状況であれば、失態を犯して支持を失うようなことをしなければいいだけなので、手堅いやり方とも言える。
 文官たちもうんうんと頷き、好印象を抱いているようだ。全体を見回しても、過半数以上の支持は得ているような雰囲気があった。しかし、未だ決定的な差はついていない。
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