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第五章 生贄の反逆
新種
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ある晴れた日、『深緑の密林』の周辺で狩りが行われていた。
「――逃がすな!」
左腕に巨大な盾を装着し、背に長く鋭いランスを納めた重装備の獣人ハンターが走りながら叫ぶ。
追っているのは、手負いのアビスだ。
彼の目の前を黒く細い足で逃げる怪物は、灰と黒のまだら模様の全身いたるところに矢が刺さっており、紫色の血を垂れ流していた。
既に満身創痍。
場所もアビスの出現するエリアから離れるように引きつけて戦っていたため、新手の心配はない。
「来るぞっ、反転!」
逃げ切れないと悟ったのか、アビスが突如体の向きを変え、追って来ていたハンターに襲いかかる。
叫んだ獣人ハンターは冷静に立ち止まり、盾を構えランスを抜く。
彼の背後には、大剣を持った鬼人のハンターが一人、後方には矢をつがえた女の獣人ハンターが二人陣取っている。
彼らの作戦は完璧だった。
単体でさまよっているアビスを発見した彼らは、矢を放って挑発しながら、密林の外れまで誘導した。
そして矢に塗られた麻痺と毒が効き始めアビスの動きが鈍ったところで一斉に反撃。
一気に畳みかけ、瀕死の状態まで追い詰めた。
――ガギィンッ!
「ぐっ、ぅぅぅっ!」
アビスの渾身の打撃をミスリル銀製の大盾で受け止める。
さすがの膂力に獣人と言えども負担が大きく、足が地面にめり込むが、歯を食いしばりなんとかしのいだ。
そして隙を見極め、ランスの鋭い穂先を突き出す。
「そこだぁっ!」
ズブリとした感触が手に伝わる。
ランスの穂先は見事、漆黒の毛に覆われたアビスの顔面に直撃。
アビスは苦しそうに絶叫し、よだれをまき散らしながら激しく身をよじる。
さらに、獣人の後ろから駆け抜けてきた鬼人のハンターが大剣を振り抜き、敵の足元へと水平に薙いだ。
「オラアァァァァァッ!」
重く豪快な斬撃は、細い足を断ち転倒させることに成功する。
そして一瞬の後、ランスの穂先がアビスの急所を的確に貫いていた。
森が静寂を取り戻し、弓使いたちが合流してきた。
ハンターたちは勝利の余韻にひたりながら、アビスの死骸から素材を回収していく。
「――それにしても楽勝だったな」
素材を回収し終え、地べたに尻をついていた鬼人が物足りないというように言った。
それに女ハンターたちも頷く。
アビス討伐の難易度は日増しに下がっていた。
それはハンターにとって決して良いことではない。
弱い敵を倒しても、満足な報酬が得られないからだ。通常ハンターというのは、危険性の高いクエストをこなすほど、その対価として高い報酬が得られる。
出現当時は多額の報酬が設定されていたアビスも、時が経つに連れそこら辺の強力なモンスターと同程度のクエストに成り下がっていた。
それは彼らの所属するアルビオン商会でも例外ではない。
「やりがいもないし、儲からないねぇ。ドラチナスでハンターやるのも潮時かもな」
ランスを地面に突き立てたリーダー格の獣人がそう言って肩をすくめる。
鬼人が「俺、いいとこ知ってるぜ」と言い、薄ら笑いを浮かべて語り始めた。
彼らは完全に油断していた。
この周辺にはアビスの出現情報がなかったから。
だがそれは、古いアビスの話――
「――グガァァァァァァァァァァッ!」
突如、猛々しい咆哮が森中に響き渡る。
完全に気を抜いていた鬼人は、ビクッと肩を震わせた。
いつも聞くアビスの叫びとは明らかに違っていた。
四人はすぐに武器をとり、構えて周囲を見回す。
「おいっ、この周辺にはアビスはいないんじゃなかったのかよ!?」
「お、俺だってそう聞いてる!」
「二人とも今は言い争ってる場合じゃないよ!」
三人がそれぞれ叫んでいる中、女獣人の一人が顔を真っ青にし、引いていた弓を手放してしまう。
弓の落ちる音に気付いた三人が何事かとその視線の先を辿ると――
「――な、なんだ、あれ……」
暗い雑木林の奥から一体の怪物が四足で歩いて来ていた。
顔から全身にかけ灰色の剛毛で覆われ、まるでマントのようになっており、毛のカーテンの隙間から覗く禍々しく真っ赤な口は、よだれを垂らし鋭利な牙を光らせている。
頭頂部には、先端が枝分かれした二本の角がまっすぐに伸びており、シルエットだけ見ると、竜のようでもあった。
しかし右の前足だけ異様に肥大化し、頑強な翡翠の鱗に覆われ強靭な爪を尖らせている。
「あ、あれも……アビス、なの?」
「ちっ、呆けてる場合か! 戦闘の準備を!」
リーダーの獣人がランスを地面から抜き、その横で女獣人が矢をつがえた次の瞬間、新種のアビスは駆け出した。
「は、速っ――」
慌てて放たれた矢は外れ、薙ぎ払われた剛腕に、獣人たちは大盾ごと吹き飛ばされる。
下がっていた鬼人は急接近し、大剣を振り下ろすが、頑強な鱗に覆われた腕には刃が通らない。
「なっ!?」
茫然とする鬼人の眼前に獰猛な牙が迫り、鮮血が飛び散った。
「――逃がすな!」
左腕に巨大な盾を装着し、背に長く鋭いランスを納めた重装備の獣人ハンターが走りながら叫ぶ。
追っているのは、手負いのアビスだ。
彼の目の前を黒く細い足で逃げる怪物は、灰と黒のまだら模様の全身いたるところに矢が刺さっており、紫色の血を垂れ流していた。
既に満身創痍。
場所もアビスの出現するエリアから離れるように引きつけて戦っていたため、新手の心配はない。
「来るぞっ、反転!」
逃げ切れないと悟ったのか、アビスが突如体の向きを変え、追って来ていたハンターに襲いかかる。
叫んだ獣人ハンターは冷静に立ち止まり、盾を構えランスを抜く。
彼の背後には、大剣を持った鬼人のハンターが一人、後方には矢をつがえた女の獣人ハンターが二人陣取っている。
彼らの作戦は完璧だった。
単体でさまよっているアビスを発見した彼らは、矢を放って挑発しながら、密林の外れまで誘導した。
そして矢に塗られた麻痺と毒が効き始めアビスの動きが鈍ったところで一斉に反撃。
一気に畳みかけ、瀕死の状態まで追い詰めた。
――ガギィンッ!
「ぐっ、ぅぅぅっ!」
アビスの渾身の打撃をミスリル銀製の大盾で受け止める。
さすがの膂力に獣人と言えども負担が大きく、足が地面にめり込むが、歯を食いしばりなんとかしのいだ。
そして隙を見極め、ランスの鋭い穂先を突き出す。
「そこだぁっ!」
ズブリとした感触が手に伝わる。
ランスの穂先は見事、漆黒の毛に覆われたアビスの顔面に直撃。
アビスは苦しそうに絶叫し、よだれをまき散らしながら激しく身をよじる。
さらに、獣人の後ろから駆け抜けてきた鬼人のハンターが大剣を振り抜き、敵の足元へと水平に薙いだ。
「オラアァァァァァッ!」
重く豪快な斬撃は、細い足を断ち転倒させることに成功する。
そして一瞬の後、ランスの穂先がアビスの急所を的確に貫いていた。
森が静寂を取り戻し、弓使いたちが合流してきた。
ハンターたちは勝利の余韻にひたりながら、アビスの死骸から素材を回収していく。
「――それにしても楽勝だったな」
素材を回収し終え、地べたに尻をついていた鬼人が物足りないというように言った。
それに女ハンターたちも頷く。
アビス討伐の難易度は日増しに下がっていた。
それはハンターにとって決して良いことではない。
弱い敵を倒しても、満足な報酬が得られないからだ。通常ハンターというのは、危険性の高いクエストをこなすほど、その対価として高い報酬が得られる。
出現当時は多額の報酬が設定されていたアビスも、時が経つに連れそこら辺の強力なモンスターと同程度のクエストに成り下がっていた。
それは彼らの所属するアルビオン商会でも例外ではない。
「やりがいもないし、儲からないねぇ。ドラチナスでハンターやるのも潮時かもな」
ランスを地面に突き立てたリーダー格の獣人がそう言って肩をすくめる。
鬼人が「俺、いいとこ知ってるぜ」と言い、薄ら笑いを浮かべて語り始めた。
彼らは完全に油断していた。
この周辺にはアビスの出現情報がなかったから。
だがそれは、古いアビスの話――
「――グガァァァァァァァァァァッ!」
突如、猛々しい咆哮が森中に響き渡る。
完全に気を抜いていた鬼人は、ビクッと肩を震わせた。
いつも聞くアビスの叫びとは明らかに違っていた。
四人はすぐに武器をとり、構えて周囲を見回す。
「おいっ、この周辺にはアビスはいないんじゃなかったのかよ!?」
「お、俺だってそう聞いてる!」
「二人とも今は言い争ってる場合じゃないよ!」
三人がそれぞれ叫んでいる中、女獣人の一人が顔を真っ青にし、引いていた弓を手放してしまう。
弓の落ちる音に気付いた三人が何事かとその視線の先を辿ると――
「――な、なんだ、あれ……」
暗い雑木林の奥から一体の怪物が四足で歩いて来ていた。
顔から全身にかけ灰色の剛毛で覆われ、まるでマントのようになっており、毛のカーテンの隙間から覗く禍々しく真っ赤な口は、よだれを垂らし鋭利な牙を光らせている。
頭頂部には、先端が枝分かれした二本の角がまっすぐに伸びており、シルエットだけ見ると、竜のようでもあった。
しかし右の前足だけ異様に肥大化し、頑強な翡翠の鱗に覆われ強靭な爪を尖らせている。
「あ、あれも……アビス、なの?」
「ちっ、呆けてる場合か! 戦闘の準備を!」
リーダーの獣人がランスを地面から抜き、その横で女獣人が矢をつがえた次の瞬間、新種のアビスは駆け出した。
「は、速っ――」
慌てて放たれた矢は外れ、薙ぎ払われた剛腕に、獣人たちは大盾ごと吹き飛ばされる。
下がっていた鬼人は急接近し、大剣を振り下ろすが、頑強な鱗に覆われた腕には刃が通らない。
「なっ!?」
茫然とする鬼人の眼前に獰猛な牙が迫り、鮮血が飛び散った。
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