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第五章 生贄の反逆
予期せぬ遭遇
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まるで、嵐の前の静けさだった。
最近はというもの、ギルドの動きがまったくと言っていいほど感じられない。
これまでのことが嘘かのように、権力や金の悪用によるウィルムへの圧力も、刺客による突然の襲撃も鳴りを潜めていた。
先日のシーカー介入の一件が効いたのかもしれないが、それでもギルドの秘密を握っているウィルムに対しなんのアプローチもないのは、不気味と言える。
そんな中、ウィルムは慎重に調査を続けていた。
「――ありがとうございました」
露店の並ぶ大通りの隅で、背を向け歩き去る竜人へ頭を下げる。
ウィルムは、道行く竜人を見つけては声をかけ、最近変わったことはなかったかと聞いて回っていた。
まだ失踪していない竜人たちから情報を得ようとしているのだ。
ウィルムのように危険な目に遭っていれば、なにかしらの手掛かりが得られると踏んでいたが、みな怪訝そうな表情を浮かべるばかりで有益な情報は得られなかった。
失踪事件の被害者が竜人であることがもっと知られていれば、反応は違ったのかもしれない。
しかしルークの話では、失踪事件の詳細情報は意図的に拡散を抑制されていた。調査を担当している騎士たちの上に、カドルの息のかかった者がいるからだ。
公表されている情報は「失踪者の特徴に統一性なし」というもので、カエデのように失踪した竜人と近しい者でなければ、状況の把握は難しい。
カドルの言い分としては、市民をいたずらに心配させないためだと説明しているらしいが、実際はギルドの悪事を隠蔽するために違いない。
せめて、まだ無事な竜人たちには注意を呼びかけたいところだが、ギルドに勘付かれては関わった竜人の身も危険にさらしてしまうため、あくまで目立たないように聞いて回るしかできなかった。
「――あっ、すみません!」
「……はい? 私ですか」
ウィルムは、雑貨屋の前に立つ竜人の若い女性を見つけ声をかけていた。
竜人族の身体的特徴はいくつかある。
蛇の目のような縦長の瞳孔を持つ者が多く、耳はエルフに似て少し尖っており、肌は竜鱗によってザラザラしている。
とは言っても個人差は大きく、目の前の竜人女性は、耳の先が少しだけ尖っていた。花柄の刺繍が入った袴のような民族衣装を着て、肌の露出が少ないため竜鱗は見えない。
目を見ると、縦長の瞳孔ではあるが、ショートボブで愛嬌ある顔立ちもあり、どちらかというと子猫のような印象だ。
彼女は突然声をかけられて振り向いたものの、ウィルムとの面識がなく首を傾げていた。
「急にごめんなさい。僕はウィルムと言います。少し聞きたいことがあるのですが」
「ウィルム、さん? ……あぁっ、あなたが!?」
彼女はウィルムの名前を聞いて視線を上へ向けた後、すぐに声を上げた。
ハンター死傷事件があって、彼の名を知る人は少なくない。
その場合、大抵は好ましくない顔をされ、取り合ってもらえないことが多いのだ。
しかし彼女は、なぜだか興味深々にウィルムのことを見回していた。
ウィルムは戸惑いに目を白黒させる。
「あ、あの……」
「――おまたせ、リサ」
「あっ、カエデ! 遅いよもぅ」
「っ!?」
雑貨屋から出て来たのは、ヒラヒラな白のワンピースに身を包んだカエデだった。
私服姿の彼女は、いつものクールな雰囲気ではなく、年頃の少女のような清楚で可憐な印象を受ける。
予期せず人物との再会に、ウィルムは固まってしまった。
「ごめんごめん、ついつい目移りしちゃってね……って、え? ウィルム?」
「や、やぁカエデ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「え、えぇ、そうね」
ウィルムを見てどこかばつが悪そうに目を逸らして生返事をするカエデ。
そんな二人のやりとりを見て、リサと呼ばれた竜人はなぜかニヤニヤと頬を緩ませていた。
気まずい沈黙が訪れ、カエデはリサへ「早く行こ?」と言ってウィルムへ背を向けるが、
「あっ、ごっめ~ん! 急用を思い出したわ!」
「へ? だって今日は一日暇だって……」
「ごめんごめん。この埋め合わせはまた今度するから、私先行くね!」
なぜだか弾む声で楽しそうに言いながら、リサは手を振り走り去って行く。
「カエデはウィルムくんと二人で過ごしなよ~!」と言い残して。
ウィルムは唖然としながらポツリと呟いた。
「彼女、なにか重大な勘違いをしていないか?」
「そ、そうね……」
カエデも目を丸くして唖然と立ち尽くしている。
ウィルムはそんな彼女の手を引いた。
「ちょ、ちょっと!?」
戸惑いの声を無視し、雑貨屋の裏手にある人気のない路地裏へ移動した。
ある程度奥まで行くと、カエデが手を振りほどく。
そして目を吊り上げ、ウィルムをキッと睨みつけた。
最近はというもの、ギルドの動きがまったくと言っていいほど感じられない。
これまでのことが嘘かのように、権力や金の悪用によるウィルムへの圧力も、刺客による突然の襲撃も鳴りを潜めていた。
先日のシーカー介入の一件が効いたのかもしれないが、それでもギルドの秘密を握っているウィルムに対しなんのアプローチもないのは、不気味と言える。
そんな中、ウィルムは慎重に調査を続けていた。
「――ありがとうございました」
露店の並ぶ大通りの隅で、背を向け歩き去る竜人へ頭を下げる。
ウィルムは、道行く竜人を見つけては声をかけ、最近変わったことはなかったかと聞いて回っていた。
まだ失踪していない竜人たちから情報を得ようとしているのだ。
ウィルムのように危険な目に遭っていれば、なにかしらの手掛かりが得られると踏んでいたが、みな怪訝そうな表情を浮かべるばかりで有益な情報は得られなかった。
失踪事件の被害者が竜人であることがもっと知られていれば、反応は違ったのかもしれない。
しかしルークの話では、失踪事件の詳細情報は意図的に拡散を抑制されていた。調査を担当している騎士たちの上に、カドルの息のかかった者がいるからだ。
公表されている情報は「失踪者の特徴に統一性なし」というもので、カエデのように失踪した竜人と近しい者でなければ、状況の把握は難しい。
カドルの言い分としては、市民をいたずらに心配させないためだと説明しているらしいが、実際はギルドの悪事を隠蔽するために違いない。
せめて、まだ無事な竜人たちには注意を呼びかけたいところだが、ギルドに勘付かれては関わった竜人の身も危険にさらしてしまうため、あくまで目立たないように聞いて回るしかできなかった。
「――あっ、すみません!」
「……はい? 私ですか」
ウィルムは、雑貨屋の前に立つ竜人の若い女性を見つけ声をかけていた。
竜人族の身体的特徴はいくつかある。
蛇の目のような縦長の瞳孔を持つ者が多く、耳はエルフに似て少し尖っており、肌は竜鱗によってザラザラしている。
とは言っても個人差は大きく、目の前の竜人女性は、耳の先が少しだけ尖っていた。花柄の刺繍が入った袴のような民族衣装を着て、肌の露出が少ないため竜鱗は見えない。
目を見ると、縦長の瞳孔ではあるが、ショートボブで愛嬌ある顔立ちもあり、どちらかというと子猫のような印象だ。
彼女は突然声をかけられて振り向いたものの、ウィルムとの面識がなく首を傾げていた。
「急にごめんなさい。僕はウィルムと言います。少し聞きたいことがあるのですが」
「ウィルム、さん? ……あぁっ、あなたが!?」
彼女はウィルムの名前を聞いて視線を上へ向けた後、すぐに声を上げた。
ハンター死傷事件があって、彼の名を知る人は少なくない。
その場合、大抵は好ましくない顔をされ、取り合ってもらえないことが多いのだ。
しかし彼女は、なぜだか興味深々にウィルムのことを見回していた。
ウィルムは戸惑いに目を白黒させる。
「あ、あの……」
「――おまたせ、リサ」
「あっ、カエデ! 遅いよもぅ」
「っ!?」
雑貨屋から出て来たのは、ヒラヒラな白のワンピースに身を包んだカエデだった。
私服姿の彼女は、いつものクールな雰囲気ではなく、年頃の少女のような清楚で可憐な印象を受ける。
予期せず人物との再会に、ウィルムは固まってしまった。
「ごめんごめん、ついつい目移りしちゃってね……って、え? ウィルム?」
「や、やぁカエデ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「え、えぇ、そうね」
ウィルムを見てどこかばつが悪そうに目を逸らして生返事をするカエデ。
そんな二人のやりとりを見て、リサと呼ばれた竜人はなぜかニヤニヤと頬を緩ませていた。
気まずい沈黙が訪れ、カエデはリサへ「早く行こ?」と言ってウィルムへ背を向けるが、
「あっ、ごっめ~ん! 急用を思い出したわ!」
「へ? だって今日は一日暇だって……」
「ごめんごめん。この埋め合わせはまた今度するから、私先行くね!」
なぜだか弾む声で楽しそうに言いながら、リサは手を振り走り去って行く。
「カエデはウィルムくんと二人で過ごしなよ~!」と言い残して。
ウィルムは唖然としながらポツリと呟いた。
「彼女、なにか重大な勘違いをしていないか?」
「そ、そうね……」
カエデも目を丸くして唖然と立ち尽くしている。
ウィルムはそんな彼女の手を引いた。
「ちょ、ちょっと!?」
戸惑いの声を無視し、雑貨屋の裏手にある人気のない路地裏へ移動した。
ある程度奥まで行くと、カエデが手を振りほどく。
そして目を吊り上げ、ウィルムをキッと睨みつけた。
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