31 / 66
第四章 大資本の激突
口座凍結
しおりを挟む
結局、ウィルムはもやもやした気持ちを抱きながらも、帰宅し情報を整理することにした。
彼の家は元々大して広くもなかったが、今は以前と比べても随分と殺風景なものになってしまっていた。
それもこれも、生活費を工面するために必要最低限の家具を残して売り払ってしまったためだ。
ウィルムは色褪せた継ぎはぎだらけのソファに腰を下ろし、一人虚しく頭を抱え集まった情報を整理する。
失踪者はやはり全員が竜人で、一人でいるところを襲われ連れ去られた。
犯人はおそらく、薬屋フローラに依頼されたアルビオン商会のハンター。
そして連れ去られた竜人たちは、フローラの薬師によってなんらかの処置を施され、アビスへと変異させられている。
ドラチナスの裏でこうも大きく動けるとなると、バックについているのはギルドだと考えて間違いない。
後は、これをどう突き崩すかがウィルムにとって最大の課題となる。
シーカーから多額の出資を受けられたのはいいが、上手く使えなければ意味がないのだ。
むしろ、リスクの大きい賭けとも言える。
深いため息を吐きつつしばらく苦悩し続け、ウィルムがうとうとし始めてきた、そのとき――
「――ごめんください」
扉のノック音の後に、低く落ち着いた男の声が響いた。
突然の来訪者にウィルムの肩が震える。
もう夜も遅く、不穏な気配を感じざるを得ない。
ウィルムは警戒しながら慎重に玄関まで歩いて行くと、ゆっくり扉を開けた。
「ウィルムさん、こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません」
開口一番に突然の来訪を謝罪し、頭を下げたのは、ドラチナス金庫二番店の副店主である初老の男だった。
態度は丁寧だが、これまでの経緯もあって、ウィルムは頬を引きつらせた。
この男の顔を見ると、条件反射で警戒してしまうのだ。
「いったいなんの用ですか?」
「実は、二番店でご利用頂いている、ウィルムさんの金庫番口座についてご報告があります」
「……きたか」
「はい? 今なんと?」
「いいえ、なんでもありません。続けてください」
「ウィルムさんには、いつも大変良いお取引を続けて頂いている中、大変心苦しいのですが……」
副店主は長い前置きをして口ごもる。
いったい何回目だろうか。このような前置きをするときは内容が簡単に予想できる。あまりにしらじらしい態度に苛立ちすら覚えた。
ウィルムが眉を寄せ無言で睨みつけていると、副店主は咳払いして堂々と告げる。
「あなたの口座は凍結されました」
「……どういうことですか?」
「ウィルムさん、あなたは先日当店からの融資を打ち切られ、資産のほとんど回収されました。それは間違いありませんね?」
「……はい」
「それだと言うのに、そのすぐ後にまた大金を当店の口座へ入金された。そこで当店は疑念を抱いたのです」
「おっしゃりたいことは分かります。しかし、それは投資家からの出資金ですので、僕の隠していた資産などではありませんよ」
「なるほど。しかし今のウィルムさんに対し、出資するような方が本当にいるのでしょうか? なにか不正に得た金ではないですか? 窃盗や詐欺などの犯罪は犯していませんか?」
「客に対して随分酷い言い草ですね」
ウィルムは呆れかえって鼻で笑ってしまう。
副店主は言い方こそ丁寧だが、内容はあまりにも失礼極まりない。
完全にウィルムを見下し、化けの皮が剥がれていた。
これがギルドの中枢たるドラチナス金庫の本性か。
「申し訳ありません。あまりにも不自然だったものでして。当店の規則では、もし当店の金庫が不正な取引や犯罪に使われた場合、即座に凍結するようになっているのです。そこで当店は、あなたの不可解な行動に対して犯罪のリスクがあると判断し、口座を凍結させて頂きました」
ウィルムは内心で舌打ちする。
「なるほどそうきたか」と。
暴力で屈しないのなら、権力と金を利用して追いつめようと言う魂胆か。
これはギルドからの明らかな攻撃。ウィルムも大人しくはしていられない。
「それではあまりにも一方的じゃないですか!? なんの証拠もないでしょう!?」
「そうですね。しかし、そもそもあなたの信用自体が地に落ちているのです。疑われるのは自然な流れだと思いませんか?」
「それはあなたがたが勝手に言っているだけだ」
「さてどうでしょうか」
「っ……まぁいい。それで、入金していた資金は返ってくるんでしょうね?」
「いいえ、それはお返しできません」
「なぜ!? 店が客の資金を勝手に持ち去るなんて、そんな権利はないでしょう!?」
「規則ですので」
副店主は、まるでクレーマーを相手にしているかのように、なにを言われても淡々と決まった言葉しか返してこない。
ウィルムはこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「なにを言っても無駄なようですね。もういいです。返ってください!」
「残念です」
最後に副店主はそう言い残し去って行った。なんの感情もこもっていない言葉だ。
ウィルムは歯を食いしばり拳を強く握りしめる。
しかしそれとは対照的に、その頬は不敵にも吊り上がっていた。
「そっちがその気なら、やってやるさ。真っ向勝負だ」
眠気はもうすっかり覚めていた。
ウィルムは部屋へ戻り、すぐに筆をとったのだった。
彼の家は元々大して広くもなかったが、今は以前と比べても随分と殺風景なものになってしまっていた。
それもこれも、生活費を工面するために必要最低限の家具を残して売り払ってしまったためだ。
ウィルムは色褪せた継ぎはぎだらけのソファに腰を下ろし、一人虚しく頭を抱え集まった情報を整理する。
失踪者はやはり全員が竜人で、一人でいるところを襲われ連れ去られた。
犯人はおそらく、薬屋フローラに依頼されたアルビオン商会のハンター。
そして連れ去られた竜人たちは、フローラの薬師によってなんらかの処置を施され、アビスへと変異させられている。
ドラチナスの裏でこうも大きく動けるとなると、バックについているのはギルドだと考えて間違いない。
後は、これをどう突き崩すかがウィルムにとって最大の課題となる。
シーカーから多額の出資を受けられたのはいいが、上手く使えなければ意味がないのだ。
むしろ、リスクの大きい賭けとも言える。
深いため息を吐きつつしばらく苦悩し続け、ウィルムがうとうとし始めてきた、そのとき――
「――ごめんください」
扉のノック音の後に、低く落ち着いた男の声が響いた。
突然の来訪者にウィルムの肩が震える。
もう夜も遅く、不穏な気配を感じざるを得ない。
ウィルムは警戒しながら慎重に玄関まで歩いて行くと、ゆっくり扉を開けた。
「ウィルムさん、こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません」
開口一番に突然の来訪を謝罪し、頭を下げたのは、ドラチナス金庫二番店の副店主である初老の男だった。
態度は丁寧だが、これまでの経緯もあって、ウィルムは頬を引きつらせた。
この男の顔を見ると、条件反射で警戒してしまうのだ。
「いったいなんの用ですか?」
「実は、二番店でご利用頂いている、ウィルムさんの金庫番口座についてご報告があります」
「……きたか」
「はい? 今なんと?」
「いいえ、なんでもありません。続けてください」
「ウィルムさんには、いつも大変良いお取引を続けて頂いている中、大変心苦しいのですが……」
副店主は長い前置きをして口ごもる。
いったい何回目だろうか。このような前置きをするときは内容が簡単に予想できる。あまりにしらじらしい態度に苛立ちすら覚えた。
ウィルムが眉を寄せ無言で睨みつけていると、副店主は咳払いして堂々と告げる。
「あなたの口座は凍結されました」
「……どういうことですか?」
「ウィルムさん、あなたは先日当店からの融資を打ち切られ、資産のほとんど回収されました。それは間違いありませんね?」
「……はい」
「それだと言うのに、そのすぐ後にまた大金を当店の口座へ入金された。そこで当店は疑念を抱いたのです」
「おっしゃりたいことは分かります。しかし、それは投資家からの出資金ですので、僕の隠していた資産などではありませんよ」
「なるほど。しかし今のウィルムさんに対し、出資するような方が本当にいるのでしょうか? なにか不正に得た金ではないですか? 窃盗や詐欺などの犯罪は犯していませんか?」
「客に対して随分酷い言い草ですね」
ウィルムは呆れかえって鼻で笑ってしまう。
副店主は言い方こそ丁寧だが、内容はあまりにも失礼極まりない。
完全にウィルムを見下し、化けの皮が剥がれていた。
これがギルドの中枢たるドラチナス金庫の本性か。
「申し訳ありません。あまりにも不自然だったものでして。当店の規則では、もし当店の金庫が不正な取引や犯罪に使われた場合、即座に凍結するようになっているのです。そこで当店は、あなたの不可解な行動に対して犯罪のリスクがあると判断し、口座を凍結させて頂きました」
ウィルムは内心で舌打ちする。
「なるほどそうきたか」と。
暴力で屈しないのなら、権力と金を利用して追いつめようと言う魂胆か。
これはギルドからの明らかな攻撃。ウィルムも大人しくはしていられない。
「それではあまりにも一方的じゃないですか!? なんの証拠もないでしょう!?」
「そうですね。しかし、そもそもあなたの信用自体が地に落ちているのです。疑われるのは自然な流れだと思いませんか?」
「それはあなたがたが勝手に言っているだけだ」
「さてどうでしょうか」
「っ……まぁいい。それで、入金していた資金は返ってくるんでしょうね?」
「いいえ、それはお返しできません」
「なぜ!? 店が客の資金を勝手に持ち去るなんて、そんな権利はないでしょう!?」
「規則ですので」
副店主は、まるでクレーマーを相手にしているかのように、なにを言われても淡々と決まった言葉しか返してこない。
ウィルムはこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「なにを言っても無駄なようですね。もういいです。返ってください!」
「残念です」
最後に副店主はそう言い残し去って行った。なんの感情もこもっていない言葉だ。
ウィルムは歯を食いしばり拳を強く握りしめる。
しかしそれとは対照的に、その頬は不敵にも吊り上がっていた。
「そっちがその気なら、やってやるさ。真っ向勝負だ」
眠気はもうすっかり覚めていた。
ウィルムは部屋へ戻り、すぐに筆をとったのだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
記憶喪失の逃亡貴族、ゴールド級パーティを追放されたんだが、ジョブの魔獣使いが進化したので新たな仲間と成り上がる
グリゴリ
ファンタジー
7歳の時に行われた洗礼の儀で魔物使いと言う不遇のジョブを授かった主人公は、実家の辺境伯家を追い出され頼る当ても無くさまよい歩いた。そして、辺境の村に辿り着いた主人公は、その村で15歳まで生活し村で一緒に育った4人の幼馴染と共に冒険者になる。だが、何時まで経っても従魔を得ることが出来ない主人公は、荷物持ち兼雑用係として幼馴染とパーティーを組んでいたが、ある日、パーティーのリーダーから、「俺達ゴールド級パーティーにお前はもう必要ない」と言われて、パーティーから追放されてしまう。自暴自棄に成った主人公は、やけを起こし、非常に危険なアダマンタイト級ダンジョンへと足を踏み入れる。そこで、主人公は、自分の人生を大きく変える出会いをする。そして、新たな仲間たちと成り上がっていく。
*カクヨムでも連載しています。*2022年8月25日ホットランキング2位になりました。お読みいただきありがとうございます。
最弱テイマーの成り上がり~役立たずテイマーは実は神獣を従える【神獣使い】でした。今更戻ってこいと言われてももう遅い~
平山和人
ファンタジー
Sランクパーティーに所属するテイマーのカイトは使えない役立たずだからと追放される。
さらにパーティーの汚点として高難易度ダンジョンに転移され、魔物にカイトを始末させようとする。
魔物に襲われ絶体絶命のピンチをむかえたカイトは、秘められた【神獣使い】の力を覚醒させる。
神に匹敵する力を持つ神獣と契約することでスキルをゲット。さらにフェンリルと契約し、最強となる。
その一方で、パーティーメンバーたちは、カイトを追放したことで没落の道を歩むことになるのであった。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
私にモテ期とか冗談でしょ? アラサーオタ喪女に突然の逆ハーレム
ブラックウォーター
恋愛
アラサー、独身、彼氏なし、趣味サブカル全般。
28歳の会社員、秋島瞳は単調な毎日を過ごしていた。
休日はDVDやネット動画を観て過ごす。
食事は外食かズボラ飯。
昨日までは…。
同期でやり手の上司、克己。
エリートで期待のルーキー、勇人。
会社創業者一族で貴公子、龍太郎。
イケメンたちになぜか付き合ってくれと言われて…。
なんの冗談?私にモテ期っておかしいって!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる