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第四章 大資本の激突

帰還

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 ウィルムは、昼前にヴァルファームをたち、商人がいつも通るような整備された街道からドラチナスへ戻った。
 イノセントからでは大きく迂回することになり、町へ帰りついたときには日が暮れかけていた。
 しかし竜人の体力のおかげか疲労は少ない。
 ウィルムはそのままの足でクエストを受注していた商会へ向かう。
 カウンターの前に立つなり謝罪して事情を説明するも、看板娘はウィルムの謝罪など興味なさそうに、契約破棄だけを告げてきた。
 受注したクエストを放置して、三日も音信不通になっていたのだから当然だ。
 
「――本当に申し訳ありませんでした」

 最後に頭を深く下げ商会の館を出る。
 落ち込んだように肩を落として歩いていたものの、館を出るとすぐ、ウィルムは表情を引き締めた。
 周囲を歩く人々の視線はまだ嫌悪感を伝えてくる。
 しかし今はもう、気にもならない。

 ウィルムにはギルドの筋書が読めていた。
 おそらくギルドは、最初の襲撃でウィルムの捕縛に失敗したことで、ハンター死傷事件を画策した。ウィルムを孤立させ弱らせるために。
 その計画は上手く進み、ウィルムは商人としての信用を失い、商品在庫を奪われ資金も底をついた。
 そして、仕上げとばかりにクエストへ出たウィルムを襲撃した。
 なんとも陰湿で緻密な作戦だ。ギルドの手腕には畏怖すら覚える。
 しかしそれでも彼らは失敗した。
 ギルドにとって唯一の誤算は、ウィルムの悪運の強さだ。

「よくもっ……」

 ウィルムは憎々しげに顔を歪め、低い声で呟いた。
 そしてシーカーからの出資金が詰まった緑の巾着袋を握りしめ、ウィルムはドラチナス金庫二番店へ向かう。
 たとえ金庫番の融資を引き上げられたからと言って、個人の金庫番口座は凍結されていない。
 それが最初の突破口になるとウィルムは考えていた。
 
 すぐに店へ辿り着き入店すると、ウィルムは眉をひそめる店員たちの批難がましい視線を無視し、カウンターへ歩み寄る。
 目の前にいたのは細身で気弱そうな人間だったが、後ろで作業をしていた初老の紳士がウィルムの存在に気付き、もう一人の店員の前に出た。
 以前、ウィルムから鉱石資源の在庫をすべて奪い取った男だ。
 後で知ったことだが、どうも二番店の副店主らしい。
 副店主はいつものように頬をわずかに緩め、淡々と告げる。

「これはウィルムさん、いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で?」

 そのしらじらしい態度に、ウィルムははらわたが煮えくり返る思いだったが、顔には出さず、代わりに巾着袋をカウンターテーブルに勢いよく置いた。
 
「これを僕の金庫番口座に入金したいのです」

「……かしこまりました」

 副店主は一瞬、ウィルムの顔を観察するように見たが、すぐに巾着袋を受け取った。
 財産を奪ったはずの男が少なくない金をもって来たのだ。不思議に思うのも無理はない。
 そして巾着袋の中身を確認すると、もう一度ウィルムを見る。わずかに険しい表情を浮かべながら。

「こんな大金、いったいどうされたのです?」

「あなたに答える義務はありません」

「なっ……」

 副店主の問いに対して、ウィルムは反撃とばかりに言い返した。
 彼は虚をつかれたように唖然と声を漏らす。だがすぐに平常の余裕を取り戻し、懲りずに問いかけてきた。
 
「まさか、高利貸しに借りたのですか? 悪いことは言いませんから、おやめになったほうがいい。彼らのつける法外な金利は、何人もの人を地獄に落としました」

「それなら大丈夫ですよ」

「はぁ……」

「既に地獄に落とされましたからね。あなた方に」

 ウィルムは低い声でそう言うと、眉を寄せプルプルと肩を小刻みに震わせ始めた副店主に背を向けた。
 挑発は想像以上に効果がありそうだ。
 その証拠に、背後でドンッとなにかを殴るような音が響き、周囲の店員たちがざわめき出した。

(これで仕込みは済んだ)

 ウィルムは満足げに頬を緩め、シーカーからの出資金を預けて店を去るのだった。
 
 外へ出ると、周囲は夜闇に覆われ真っ暗だった。
 高い棒につるされているランタンが夜道を仄かに照らしている。
 体力的にもそろそろ厳しい頃合いだ。
 それでも、ウィルムにはまだ行くべきところがあった――
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