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第二章 繁栄の生贄

ドラチナスの不況

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 一方、ドラチナス領主の屋敷では、デーモン会長グレイヴとドラチナス金庫番頭ホルムスが面会に訪れていた。
 白銀の柵を越えて、大きな彫像の立つ手入れされた芝生が広がる庭。その先には白と茶色に塗装され、どこか格式張った風情ある屋敷が堂々と建っている。
 入ってすぐに豪華絢爛ごうかけんらんたるシャンデリアがぶら下がる大広間があり、横から伸びる階段を上がって二階に領主アンフィスの執務室があった。
 グレイヴとホルムスは、執務室に入ってまっすぐに白のカーペットの上を進み、執務机の前に座るアンフィスの前で頭を下げた。

「領主様、このたびはお忙しいところ、面会のお時間をとってくださりありがたく存じます」

「良い。ただならぬ事情があると聞いておるのでな」

「お心遣い痛み入ります」

 アンフィスの左に立っている領主補佐官『ルーク』は、わずかに苦笑した。
 強面の獅子の顔に、まるで上級貴族のような豪勢な恰好をしたグレイヴの殊勝な態度は、違和感が強烈なのだ。
 ルークは二十代と言っても通じる童顔で、背が高くスラッとした細身に羽織っているロングコートは、いかにも「頭脳派です」といった印象を与える。種族は人間で、正義感溢れる性格はアンフィスの信頼を得ていた。
 補佐官としての経験はまだ浅いが、将来の領主としても有望視されていた。
 対してアンフィスの右に立っているのは、もう一人の補佐官『カドル』だ。
 彼はアンフィス同様、五十過ぎの初老の人間で、気難しい性格をしている。痩せこけた頬には、なにかを企んでいるような不敵な笑みを浮かべ、政務でも狡猾で陰湿な印象が強い。また、ぽっと出のルークが次期領主の座を脅かしているとあって、面白くないようだ。
 アンフィスは警戒するように眉を寄せ、頭を上げたグレイヴへ問う。

「それで、いったいなにがあった?」

「実は――」

 グレイヴは現在のギルドの状況をゆっくり丁寧に説明する。
 それはドラチナス領内市場の経済不況による、ギルドの資金繰り悪化だった。
 まずは、ドルガンの通貨であるリュートの通貨高が進み、国外への輸出が不利になっているということが挙げられた。つまり、リュートの価値が上がってしまっているため、他国からすれば購入の価格が上がり取引を避けられているのだ。アビスから得られる上質な素材は国外でも需要があったため、それが売れなくなると収益低下は自明の理。
 他にも、ドルガン国内の一時的なデフレ進行による消費意欲の低迷によって、ドラチナス領内でも商売が活気を失っている。幸いにも、現在はアビスの脅威もかなり弱まっており、ある程度装備品やアイテム、護衛などにかける費用を削減したところで、あまり問題にはならない。だが、それがかえって消費生産低下に拍車をかけているのだ。
 また、ドラチナス金庫も新たな商売のために領内外へ先行投資しているため、現在は資金に余裕がない。
 事情を聞いたアンフィスは神妙な表情で唸った。
 
「言いたいことはよく分かった。ドラチナスでの経済不況は私も感じていたところだ」

「そうなのです。資金繰りの悪化により、破産する店や商会も出始めました。今はドラチナス金庫の臨時融資によって、なんとか支えている状況ですが、このままでは危険です」

「うむ……」

「そこで今回は、資金の融通を懇願したく参りました」
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