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第二章 繁栄の生贄

最悪の遭遇

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 ――ガキイィィィンッ!

 ウィルムは間一髪で腰から鞘を外し、ダガーの刃を受け止める。
 そしてすぐに、二人目が右から回り込み、素早くダガーを突き出した。
 ウィルムは鞘で初撃を受けたまま、右手で反射的に柄を握る。
 そして躊躇する前に勢いよく振り抜いた。

「このぉっ!」

 薙ぎ払われた白刃をダガーの刃で受けた敵は、バックステップで下がる。
 ウィルムはそのままロングソード引き、目の前の敵へ鋭い突きを放つ。
 しかし軽々と身を捻り避けられた。
 敵の俊敏性は、まるで野性の獣だ。
 ウィルムが剣を握る右手を見ると、ガタガタと震えていた。
 
(くそっ、嫌になる。握れなかったはずなのに、自分がピンチになるとこれだ)

 内心で毒づく。
 仲間たちへの負い目で抜けなかったはずの剣が、自分のためなら抜けるということに強い自己嫌悪を覚えたのだ。
 しかし今は葛藤している余裕はない。
 真正面から仮面をつけたリーダー格が、左右からはダガーを光らせた敵が一斉に迫る。
 ウィルムは左で鞘を、右で剣を強く握り、天性の戦闘能力を駆使して立ち回った。

 ――キイィィィィィン!

 激しい金属音が幾度も鳴り響く。
 仮面の敵の片手剣は重い分、動きが鈍るが、ダガーの機動性で隙をカバーしてくる。
 三体一でも互角に立ち回れているように見えるが、ウィルムは確実に追い込まれていた。
 肩当てを砕かれ、腹に裂傷を負い、刃が頭部を掠めたことで垂れた血が片方の視界を奪う。それでもまだ戦っていられるのは、竜人特有の身体能力と生命力のおかげだ。
 そして、投擲されたスペアのダガーが太ももに刺さり、ガクンと片膝を地につく。
 それを好機と三人が一斉に飛び掛かって来るが――

「くっそぉぉぉっ!」

 ウィルムは鞘を捨て、両手で剣を握り力の限り薙ぎ払った。
 三人は咄嗟に武器で受け止め、一旦距離をとる。

「なんなんだコイツは……」

「商人とは言っても、やはり竜人か」

 襲撃者たちにも動揺は見えるが、肩で息をしているウィルムも満身創痍。
 太ももに刺さったダガーを抜くと、血が溢れ出す。
 剣を地面に突き刺し、それに体重をかけて前を睨むと、三人ともトドメを刺そうと地を蹴った。
 次はもう受け切れないと、ウィルムが覚悟を決めたそのとき――

「――ギィャオォォォォォンッ!」

「「「――っ!?」」」

 禍々しい咆哮が突如響いた。
 体の芯まで恐怖を伝える、おぞましく力強い叫びだ。
 ウィルムは動けず、襲撃者たちも足を止め、キョロキョロと慌てて周囲を見渡す。
 そしてすぐに静寂が訪れ、が吹き荒れたと認識したときには――

 ――ドスンッ!

「う、うわぁぁぁぁぁっ!」

 突如背後へ降り立った怪物に、襲撃者の一人がわしづかみにされ――そして、頭から喰われた。
 鮮血が飛び散り目の前の二人に降りかかる。
 残った二人は慌てて散開し距離をとった。
 背後にウィルムがいることなど、気にも留めていない。
 ウィルムも出血で意識が朦朧となりながらも、ゆっくりと顔を上げる。
 目の前にいたのは、一番遭遇したくなかった異形の怪物『アビス』だ。
 驚くほど細く黒い二本の足で立ち、平べったく大きい胴体の背を曲げ、顔を前へ突き出している。顔の上半分は漆黒の毛で覆われ、ギザギザな牙を光らせる巨大な口しか見えない。黒と灰の混じった肌色を持つ全長三メートルほどのバケモノだ。腕は長くてのひらだけ異様に太いが、左腕は肩から先が無く赤黒い血を垂れ流している。
 もしかすると、他のハンターたちから逃げてきた個体なのかもしれない。

「そんな……」

 絶望に茫然とするウィルム。
 アビスは彼を見定めて二ィッと口の端を歪めた。
 恐怖で背筋が凍る。
 襲撃者二人もやむを得ず、ウィルムの横を駆け抜け逃げて行った。
 同時に、アビスが長い腕をウィルムへ振り下ろす。

「ぐわぁぁぁっ!」

 ウィルムはかろうじて身を捻り、スレスレで直撃を避けたが、それでも衝撃に地面は割れ風圧で吹き飛ばされる。
 全身を激しく打ち付けてゴロゴロと転がる。激痛に顔を歪めながらもウィルムは立ち上がり、足を引きずりながら逃げようと走り出した。
 それを追いかけるように、ドスンッ、ドスンッとアビスがゆっくり追って来る。
 ウィルムの体力はもう限界だ。
 大きな樹木の幹に辿り着くと、背を預けアビスへ体を向けた。
 すぐに目前まで迫ったアビスはさらに背を曲げ、ウィルムの目の前まで顔を近づけてくる。
 そして、よだれまみれの口を大きく開け――
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