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第二章 繁栄の生贄

悪魔の所業

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 ウィルムは一度、鉱石素材の乗った台車を倉庫へ運ぶと、西区にあるドラチナス金庫の二番店を訪れる。
 応対したのは、やはり先ほどの初老の男だった。

「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」

「いえ、それで相談というのは?」

「融資金ご返済の件です」

「……え?」

 ウィルムは唖然と口を開けたまま呆ける。
 理解が追いつかなかった。
 商売のために借りた融資金なら、返済期日はまだまだ先のはずだ。
 不穏な気配にバクバクと心音が大きくなっていく。

「それは、いったいどういう……」

「いえ、融資金の全額返済をして頂きたいのです」

「……なぜ?」

「ウィルムさんの信用力低下が理由です。このままでは破産の危険性が高いと判断し、あなたから融資を引き上げたいのです」

 ウィルムは絶句した。
 なぜこの男はここまで淡々としているのか、まるで理解できない。
 これは一方的な貸し剥がし。悪魔の所業だ。
 あまりに平然と告げられ、ウィルムは呆気にとられたが、すぐにカウンターへ身を乗り出し訴える。

「待ってください! 信用力の低下と言っても、なにか問題を起こしたわけじゃない。噂がひとり歩きしたことによる、一時的な疑心暗鬼です。すぐに取引は再開できますよ!」

「どうでしょうか。なんにせよ、ほとぼりが冷めるまであなたの資金が耐えきれる保証がありません」

「くっ」

 ウィルムは悔しげに顔をしかめた。
 彼の言う通りだ。
 いつまで事件の影響が続くかも分からず、大量の在庫を抱えたままではすぐに運転資金が枯渇する。
 だからといって、融資金全額なんて簡単に集められる金額ではない。
 男は手元の書類を見て淡々と告げてくる。
 
「期限は3日後でどうでしょう?」

「………………ありません」

「はい?」

「そんな資金、どこにもありません」

 悔しさに肩を震わせながらも、声を振り絞り答えた。
 その瞬間、男の頬が緩んだように見えた。
 だがすぐに書類へ目線を落とす。

「それは困りましたねぇ」

「融資金の返済は勘弁してくれませんか?」

「残念ながら、判断しているのは私ではありませんので」

「そう、ですか……」

「仕方ありませんね」

 そう言って男は、後ろの机で書類をチェックしていた店員を呼び、一枚の紙を持って来させる。
 
「それでは、あなたの所有している鉱物資源をすべて譲って頂きましょう。そうすれば、融資金を相殺することが可能です」

 ウィルムは顔を上げて眉をひくつかせたが、「やめてくれ」とは言えなかった。
 倉庫にある資源の在庫は、すべて売り払えば融資金額の何倍もの金額になるのだ。しかしこの状況になってはどうしようもない。他に売る相手がいないのだから。
 彼はがっくりとうな垂れ、かたく目をつぶり答えた。

「……分かり、ました……」

「承知致しました。それでは早速準備にとりかかります。いやぁ、あなたは実に運が良い。店や商会によっては、商品に価値が認められない場合もある。その場合、物件の売却だけでは足りず、店員自身も売らざるを得ませんからね」

 急に上機嫌になった男は、店員たちに事情を告げ、すぐに書類の作成や荷運びの準備をさせた。

 結局、鉱物資源は通常の販売価格の二割程度にしか満たない値段で譲ることになった。 それで破産はまぬがれたのだから、不幸中の幸いと言えなくもないが……
 ウィルムは空っぽになってしまった小さな倉庫で立ち尽くしていた。
 まるで、心にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。

「いったいどうすれば……」

 ウィルムは力なく呟き、その場に両膝をつく。
 商品をすべて失い、鉱石商としての道は断たれた。
 仕入れるための金も取り上げられた。
 この町ではもう、生きていくすべはないのだろうか……
 だとすれば、このまま家と倉庫を売り払い、別の領地へ移って新しくやり直すという手もある。
 だが――

「ダメだ……」

 泣きそうな歪んだ表情で首を横へ振る。
 ウィルムには、ドラチナスから逃げることなどできない。
 見捨ててしまった、かつての仲間たちへの負い目があるからだ。
 それならば、できることは一つ。
 ウィルムは拳を強く握り立ち上がる。
 
「やるしかない――」
 
 その心はもう決まっていた。
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