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第二章 繁栄の生贄

絶望の連続

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「――ごめんなさい」

 最後の希望もたせてはかなく崩れ去った。
 結局、取引がすべて不成立となったウィルムは、フローラに来ていた。
 しかし期待は裏切られ、悲しげに放たれたカエデの一言は、絶望の淵にいたウィルムを無慈悲に叩きのめす。
 エーテルストーンを詰めた袋を持つ手が震えた。

「どうしてなんだ? 騎士団の鑑定結果も問題なかった。それなのにどうして……」

「ごめんなさい」

「それだけじゃ分からないよ」

 声のトーンを下げ、伏し目がちに繰り返すカエデ。
 これでは交渉の余地もない。
 もしかすると、店長のシャームから通達があったのかもしれない。「信用のおけない商人とは取引をするな」と。
 それでもウィルムは縋ろうとする。

「頼むよ。もう後がないんだ。このままじゃ僕は……」

「あなたはなんのために商売をするの?」

「え?」

 強くまっすぐな言葉に、ウィルムは怯む。
 カエデは真剣な表情で彼を見つめていた。

「自分が生活するため? それとも金儲けのため?」

「それは……」

「私は薬屋の仕事を通して、誰かの助けになりたいと思っているわ。誰かを幸せにできない商売なんて、それでお金を得たって、ただ虚しいだけだもの……」

「それは……僕も同じ気持ちだよ」

「だったらどうして、今回みたいなことが起きるの?」

「だからそれはっ! みんなの勘違いなんだ」

 思わず感情的になったウィルムは、慌てて言葉尻を弱める。
 カエデのとがめるような冷たい目が辛かった。
 彼女は悲しげに目を伏せる。
 
「私だって信じたいわ。あなたは真面目な人のはずだもの。でも今のあなたは、それを売ることしか考えていない」

「っ……」

「事件のことを聞いたときは、本当にショックだったわ。商売は誰かを幸せにするものであって、迷惑をかけてでも押し通そうとするのなら、それは間違ったやり方だと思うの」

「そっか」

 ウィルムは悲痛に顔を歪めた。
 理不尽への怒りはない。
 ただただ悲しかった。
 なにも言い返せない自分が惨めで嫌だった。

 重苦しい沈黙が流れる。
 周囲には他の店員はおらず、気まずく息苦しい。
 カエデはため息を吐くと、エーテルストーンを受け取りウィルムの前に金を置いた。

「カエデ?」

「私個人としては、信じたいという気持ちが捨てられないの。だから頑張って、ウィルム」

「……ありがとう」

 ウィルムは震える声で礼を言って金を受け取り、フローラを去るのだった。


 それから毎日、諦めずに何度も取引先を回った。
 迷惑がる商人や鍛冶職人たちに何度だって事情を説明した。
 だが一度植え付けられた不信感が消えることはなく、鉱石素材の在庫は一向に減らない。
 このままでは、購入費用を回収できず赤字となり、破産が見えてくる。

「……ダメ、か」

 精神的に疲弊していたウィルムは、中央広場のベンチに腰掛け天を仰ぐ。
 曇った空はまるでウィルムの心を映し出しているようだ。
 今にも雨が降りかねない。
 大きくため息を吐き、肩を落として俯いていると、突然声をかけられた。

「ウィルムさん」

 特に感情を宿さない平坦な声に顔を上げる。
 ベンチの前に立っていたのは、首にグレーのスカーフを巻き、紺のブラウスの上からグレーのケープを羽織った男だった。綺麗に整えられた黒の短髪に、やや白が混じっている初老の紳士だ。背を伸ばし堂々としている。
 ウィルムはその顔に見覚えがあり、すぐさま立ち上がった。

「あ、あなたは……」

「いつもお世話になっております。ドラチナス金庫の者です」

「僕にいったいなんのご用が?」

 ウィルムの頬が引きつる。
 この男はいつもウィルムが利用している金庫番二番店の店員で、鉱物資源を仕入れる際には、融資担当になったこともある。
 そんな人物がわざわざ自分に声をかけてくるなど、ただ事であるはずがない。
 男はあくまで穏やかに告げる。

「融資の件でご相談がありまして。二番店までご足労頂けないでしょうか?」

「……分かりました」

 ウィルムはなんだか胸騒ぎがしたが、大人しく従うことにした。
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