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第一章 破滅の影
詐欺の疑惑
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その夜、ウィルムは町の酒場で一人、夕食をとっていた。
周囲は仕事を終えた騎士やハンターたちで賑わい、活気に溢れている。
それに、ドラチナスには他地域の商人も多く立ち寄るため、たくさんの情報が行き交う。
鉱石商で儲けた金で酒を飲み、酔いに浸りながら新鮮な情報を聞き流すというのがウィルムの楽しみの一つだ。
十分過ぎるほどくつろいで、そろそろ席を立とうとしたそのとき、新たに隣の席についた男二人組の会話に足を止めた。
「そういや聞いたか? 今日、アビスに遭遇したハンターが死んだらしいぜ。それもランクが上位の手練れだって話だ」
「なに? それは珍しいな。最近じゃ装備も強くなったし、アビスたちの数も減ってクエスト失敗もあまり聞かなくなったってのに」
「それがな……どうもただの戦死ってわけじゃなさそうなんだよ」
「どういうことだ?」
「そのハンターの仲間が言うには、アビスの攻撃を受け止めた剣が不自然に折れたらしい。なんでも、最近新しく生産したばかりで、しかも高硬度を誇る一級品だって言うんだ。その証拠に、同じタイプの剣を持ってた他のハンターのは、まったく問題なかったらしいぞ」
「つまり、事故ってわけか……」
「ああ、少なくともアルビオン商会はそう睨んでるらしい。騎士団に原因調査を依頼してるんだとよ」
そこまで聞いてウィルムは酒場を出た。
せっかくの酔いももう醒めてしまっている。
「はぁ……」
夜の冷気に触れ、なにげないため息がこぼれる。
武器に欠陥があったとなると、騎士団はそれを販売した店をたどり、製造した鍛冶屋を特定するだろう。
そうなれば、ギルド内での鍛冶屋の立場は危ういかもしれない。
こういうとき、信用を重視するデーモンは厳しいのだ。
ギルドの退会は認めず会費は取り続けるくせに、信用のない商人には仕事を回さない。そして、破産する段階になって強引に債権回収を行い、すべてを搾り取る。まさしくデーモンという名にふさわしい悪魔の所業だ。
ウィルムは懇意にしている取引先の鍛冶職人たちの顔を思い浮かべ、彼らが大変な目に遭わないようにと、心から願うのだった。
翌日、事態は急変した。
その日の夕方、ウィルムが鉱石素材の販売を終えて倉庫に台車を収納し、家の前まで戻ると、四人の騎士の姿があった。
白銀の甲冑でそろえて背をまっすぐに伸ばし、腰には長剣を携えている。
「――ウィルム・クルセイド、お前には詐欺の容疑がかかっている。徹底的に調べさせてもらうぞ」
高圧的な態度で一方的に告げ、騎士たちはづかづかと踏み込んできた。
戸惑いに反応が遅れたウィルムは、嫌な予感をひしひしと感じながらも声を上げる。
「い、いきなりなんなんですか!? 騎士とはいえ、勝手に人の家を踏み荒らすなんて!」
「確かに勝手だな。だが、お前には人ひとりの命を奪った容疑がかけられている。それも詐欺によってだ。罪人の証拠を掴むのに、容赦などいるまい」
あまりに一方的な言い分だった。
ウィルムは顔を屈辱に歪める。
「それが勝手だと言っているんです。僕が罪人ですって? いったいなんの話をしているんですかっ!?」
「昨日、一人のハンターが武器の強度不良によって命を落とした」
「……噂で聞きました」
「それで我々は、アルビオン商会からの依頼で武器を製造した鍛冶屋を調べた。だが結果として、武器の製法にはなんら問題は見つからなかった」
「それなら、たまたま不良品が生まれただけじゃないですか」
「まだそうと決めるには早い。作り方に問題がないのなら、もっと別のところに問題があるだろう」
「まさか……」
「そう、『素材』だ。その鍛冶屋の話だと、刀身に使った素材はウィルム・クルセイドから買ったものだと証言していたぞ。お前、別のものをミスリル銀鉱石と詐称して売りつけたのではないだろうな? もしそうなら、立派な詐欺だぞ」
騎士の言葉に険が増す。
その目はウィルムを罪人だと信じて疑わない。
ウィルムは唖然と口を開け後ずさる。
「そんな……そんなわけが……」
鉱石素材はすべてジュエル鉱石商から仕入れた、ヴァルファームの高品質なものだ。
その中に不良品があるなんて、そうそう考えられない。
なぜならエルダたちも商人。取引先に売る品物の品質は厳密に管理しているはずで、質の悪いものは廃棄している。それは、かつて店を手伝っていたウィルムだからこそ、よく分かっていることだ。
ウィルムは、冷徹な表情で睨みつけてくる騎士を強く睨み返した。
「倉庫は裏手です。僕の仕入れた商品に問題があるというのなら、存分に調べてくださいよ。詐欺だなんて、絶対にありえませんから」
「潔いな。今、よその州から鑑定師を呼んである。明日には結果が出るだろう」
その言葉を合図に、騎士たちは家から引き上げていく。
そして倉庫へ回り、荷車にすべての鉱物資源を乗せると、駐屯所へと運んでいった。
「なんなんだよ……」
どっと疲れが押し寄せ、ウィルムは家へ戻ってすぐに椅子へ腰を落とした。
頭がよく回らず、いったいなにが起こっているのか、上手く整理できない。
ただ一つ言えるのは、自分がピンチに陥っているかもしれないということだけだった。
周囲は仕事を終えた騎士やハンターたちで賑わい、活気に溢れている。
それに、ドラチナスには他地域の商人も多く立ち寄るため、たくさんの情報が行き交う。
鉱石商で儲けた金で酒を飲み、酔いに浸りながら新鮮な情報を聞き流すというのがウィルムの楽しみの一つだ。
十分過ぎるほどくつろいで、そろそろ席を立とうとしたそのとき、新たに隣の席についた男二人組の会話に足を止めた。
「そういや聞いたか? 今日、アビスに遭遇したハンターが死んだらしいぜ。それもランクが上位の手練れだって話だ」
「なに? それは珍しいな。最近じゃ装備も強くなったし、アビスたちの数も減ってクエスト失敗もあまり聞かなくなったってのに」
「それがな……どうもただの戦死ってわけじゃなさそうなんだよ」
「どういうことだ?」
「そのハンターの仲間が言うには、アビスの攻撃を受け止めた剣が不自然に折れたらしい。なんでも、最近新しく生産したばかりで、しかも高硬度を誇る一級品だって言うんだ。その証拠に、同じタイプの剣を持ってた他のハンターのは、まったく問題なかったらしいぞ」
「つまり、事故ってわけか……」
「ああ、少なくともアルビオン商会はそう睨んでるらしい。騎士団に原因調査を依頼してるんだとよ」
そこまで聞いてウィルムは酒場を出た。
せっかくの酔いももう醒めてしまっている。
「はぁ……」
夜の冷気に触れ、なにげないため息がこぼれる。
武器に欠陥があったとなると、騎士団はそれを販売した店をたどり、製造した鍛冶屋を特定するだろう。
そうなれば、ギルド内での鍛冶屋の立場は危ういかもしれない。
こういうとき、信用を重視するデーモンは厳しいのだ。
ギルドの退会は認めず会費は取り続けるくせに、信用のない商人には仕事を回さない。そして、破産する段階になって強引に債権回収を行い、すべてを搾り取る。まさしくデーモンという名にふさわしい悪魔の所業だ。
ウィルムは懇意にしている取引先の鍛冶職人たちの顔を思い浮かべ、彼らが大変な目に遭わないようにと、心から願うのだった。
翌日、事態は急変した。
その日の夕方、ウィルムが鉱石素材の販売を終えて倉庫に台車を収納し、家の前まで戻ると、四人の騎士の姿があった。
白銀の甲冑でそろえて背をまっすぐに伸ばし、腰には長剣を携えている。
「――ウィルム・クルセイド、お前には詐欺の容疑がかかっている。徹底的に調べさせてもらうぞ」
高圧的な態度で一方的に告げ、騎士たちはづかづかと踏み込んできた。
戸惑いに反応が遅れたウィルムは、嫌な予感をひしひしと感じながらも声を上げる。
「い、いきなりなんなんですか!? 騎士とはいえ、勝手に人の家を踏み荒らすなんて!」
「確かに勝手だな。だが、お前には人ひとりの命を奪った容疑がかけられている。それも詐欺によってだ。罪人の証拠を掴むのに、容赦などいるまい」
あまりに一方的な言い分だった。
ウィルムは顔を屈辱に歪める。
「それが勝手だと言っているんです。僕が罪人ですって? いったいなんの話をしているんですかっ!?」
「昨日、一人のハンターが武器の強度不良によって命を落とした」
「……噂で聞きました」
「それで我々は、アルビオン商会からの依頼で武器を製造した鍛冶屋を調べた。だが結果として、武器の製法にはなんら問題は見つからなかった」
「それなら、たまたま不良品が生まれただけじゃないですか」
「まだそうと決めるには早い。作り方に問題がないのなら、もっと別のところに問題があるだろう」
「まさか……」
「そう、『素材』だ。その鍛冶屋の話だと、刀身に使った素材はウィルム・クルセイドから買ったものだと証言していたぞ。お前、別のものをミスリル銀鉱石と詐称して売りつけたのではないだろうな? もしそうなら、立派な詐欺だぞ」
騎士の言葉に険が増す。
その目はウィルムを罪人だと信じて疑わない。
ウィルムは唖然と口を開け後ずさる。
「そんな……そんなわけが……」
鉱石素材はすべてジュエル鉱石商から仕入れた、ヴァルファームの高品質なものだ。
その中に不良品があるなんて、そうそう考えられない。
なぜならエルダたちも商人。取引先に売る品物の品質は厳密に管理しているはずで、質の悪いものは廃棄している。それは、かつて店を手伝っていたウィルムだからこそ、よく分かっていることだ。
ウィルムは、冷徹な表情で睨みつけてくる騎士を強く睨み返した。
「倉庫は裏手です。僕の仕入れた商品に問題があるというのなら、存分に調べてくださいよ。詐欺だなんて、絶対にありえませんから」
「潔いな。今、よその州から鑑定師を呼んである。明日には結果が出るだろう」
その言葉を合図に、騎士たちは家から引き上げていく。
そして倉庫へ回り、荷車にすべての鉱物資源を乗せると、駐屯所へと運んでいった。
「なんなんだよ……」
どっと疲れが押し寄せ、ウィルムは家へ戻ってすぐに椅子へ腰を落とした。
頭がよく回らず、いったいなにが起こっているのか、上手く整理できない。
ただ一つ言えるのは、自分がピンチに陥っているかもしれないということだけだった。
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