俺は善人にはなれない

気衒い

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第13章 魔族領

第296話 別離花想

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嫌な予感がしていた。それは二手に別れ

た時からずっとだ。シャウが魔王と戦っ

ている時もその後、サクヤと魔王が刃を

交えている時も、そしてシンヤが覚醒状

態のシャウを止めようとしている時でさ

え、心がザワザワとして落ち着かなかっ

た。現にその心を沈める為にシンヤに2

回も抱きついてしまった程だ。本当にど

うかしていると思う。今までこんなこと

はなかった。しかし、あの時……………国

内に残る自分とは違い、国民達の安否を

常に気にしていた彼女がどこか覚悟を決

めた表情で出口へと向かった時、突然嫌

な予感が全身を駆け巡ったのだ。事前に

何の相談もなかったから彼女が一体何を

考え、どんな行動に出るのかは分からな

かった。だから、そんな風に感じたのだ

ろうか………………いや、違う。根拠はな

いがそれだけは明確に違うと自信を持っ

て言い切れる。何故なら、彼女との付き

合いはこの世界に生きている誰よりも長

いからだ。確かに途中、離れ離れとなっ

ている間は一時的に心も離れてしまっ

た。けれど再会してからは共通の目的の

為に一緒に行動していたのだ。それは離

れてしまった心を再び近付け、むしろ昔

よりも断然心の距離が近くなったのを感

じていた。きっと彼女もそうだろ

う………………そう感じてくれていると嬉

しい。とにかく、こうしている間にもど

んどんと大きくなる胸騒ぎを意図的に無

視しつつ、妾はあの場所へと急いだ。








――――――――――――――――――








"全てが終わりましたら、あの場所で落

ち合いましょう"

そう言ったのはネームだった。あの場所

とはまだ妾が幼かった時に彼女がよく内

緒で連れ出してくれた場所だった。その

名も"輪廻の泉"。ギムラの出口を抜

け、すぐそばの森の中を5分程歩いた場

所にそれはあった。夜になると淡く発光

する"別離花わかればな"が円で囲むように咲き誇り、その中心に透き通

る泉が存在する。その泉に入った者は人

生をやり直し、新たな自分へと生まれ変

わることができるという言い伝えがあっ

た。第三者が聞くと荒唐無稽に思われる

この話だが泉と花による幻想的でとても

美しい光景は思わず、そんな話を信じて

しまいたくなる程でギムラの民はことあ

る毎にそこを訪れていた。ところが、今

この時に限っては妾を除いてあと1人し

かそこにいなかった。正確には妾は息を

荒げながら立ち、もう1人は………………

うつ伏せに倒れていたのだが。

「ネームっ!!」

妾は急いで彼女のそばに駆け寄り、上体

を起こした。ネームは別離花わかればな
に埋もれる形で倒れ伏していたのだ。そ

の為、表情が見えず、どんな状況なのか

がはっきりとしなかった。

「イヴ……………様。良かったで

す………………ご無事で」

「妾のことはよい!そんなことより今は

お主の方が大事じゃ!」

妾が注意深くネームを見ていると彼女の

そばに落ちている1本のナイフと周りに

飛び散る鮮血が視界に入った。

「っ!?すぐに止血する!」

ありったけの魔力と共に手を翳して魔法

を発動させようとした瞬間、ネームが妾

の腕を掴み、首を横に振った。

「イヴ様…………いいんです」

「な、何を言っておるのじゃ!すぐにで

も止血せねば死んでしまうんじゃぞ!」

妾はネームのまさかの行動に怒った。し

かし、ネームはそれに臆することなく続

けて、こう言った。

「今からではどのみち間に合いません」

「そ、そんなっ!?」

落ち込むでもなく悲しむでもない、淡々

と告げられた内容に妾は心をナイフで抉

り取られたような感覚を覚えた。

「イヴ様も気が付いてますよ

ね………………私の命がもうあと僅かなこ

と」

「そ、そんなことはないのじゃ!なんた

って妾は最高ランクの冒険者じゃぞ!こ

の世に不可能なことなんてなに

も………………」

「イヴ様!!」

「っ!?」

初めてぶつけられた強い言葉に妾は少し

の間、固まってしまい動くことができな

かった。一方のネームはそんな妾を気に

することなく、こう続けた。

「いくら最高ランクの冒険者にだってで

きないことはあります。それは"時間を

巻き戻すこと"と"人を死から掬い上げ

る"ことです。確かにイヴ様やシンヤは

とんでもない魔法が使えますし、その中

には回復の魔法だって含まれるでしょ

う。でも………………死の運命が決まって

いる者を救うなんて無理なんです。そん

なことはそれこそ神様にだってできない

かもしれません」

「っ!?」

見ない振りをしていた現実をネームの方

から告げられたことで妾は心臓を鷲掴み

にされたような気持ちになった。そんな

妾の顔を見たネームは妾を落ち着かせよ

うと優しく微笑んだ。

「そんなに慌てないで下さい。生きとし

生けるものは皆、いずれは朽ち果ててい

くのです。永遠なんてものはこの世のど

こにもありませんから」

「じゃっ、じゃが!何もこのよう

な……………」

その時、妾の言葉を遮るようにしてネー

ムは言った。

「私は元々、イヴ様の父君であらせられ

る先代国王様に拾われた身です。それは

家族から親戚から、そしてありとあらゆ

る者達から迫害を受けてきた私・・・・・・・・・の救いとなりま
した。その恩返しがしたくて今日まで生

きてきたのです。だから、そんな顔はし

ないで下さい。元々、私は一度死んでい

る身なのですから」

「そ、そんな話は聞いたことがないのじ

ゃ」

「このことを知っているのは私と先代国

王様だけです。私はギムラの平民の出身

ということになっています。今まで黙っ

ていて、すみませんでした。でも、イヴ

様だけには知られたくなかったんです。

私の過去を知られればイヴ様に嫌われて

しまう。それだけはどうしても嫌だった

んです。最初は仕事として、ただお世話

をする相手としか見ていませんでした。

しかし、いつからか私にとってイヴ様は

先代国王様と同じように特別な存在とな

っていたんです。こういうのが本当の"

家族"なのかとも思いました」

妾はネームの言葉をひとしきり聞き、あ

る感情が芽生えていた。それは怒りだっ

た。それはネームに対してと間抜けな自

分に対してのものだった。

「ば、馬鹿にするでない!!」

「っ!?」

「元々、死んでいる身でだから、どうな

ってもいい?ぶざけるでない!お主は今

ちゃんと生きておるじゃろう!それと妾

はネームのどんな過去を知ろうが嫌いに

なることは決してない!見くびるでない

わ!確かに離れている間は心まで離れて

いたやもしれん。しかし、嫌いになどな

っておらんわ!心の奥底ではお主との繋

がりがまだあるんじゃ!それがこうして

再会して、以前よりももっと近くなれた

というのに……………………」

「イヴ様……………」

「じゃが一番の大馬鹿者は妾じゃ。お主

のことを何も分かってなかった。お主が

どんな思いで妾に接してくれておったの

か、どれだけの覚悟を持ってフリーダム

まで来てくれたのか、そして何より、あ

れほどまで国民達のことを想ってくれて

いることを妾は一切知らなかった」

「…………………」

「滑稽じゃよ。何が"世界最高ランクの

冒険者"、"ありとあらゆる魔法が使

え、できないことは何もない"じ
ゃ…………………大切な家族・・1人救うことができないのにそんな称号な

んてまるで無意味じゃ!皮肉にも程があ

る!!」

「っ!?い、今………………私のことを家

族と」

「当たり前じゃ!言っておくが妾はお主

のことを愛しておるし、本当の家族だと

思っている!これは未来永劫、変わるこ

とがないものじゃ!」

「っ!?わ、私もです!私もイヴ様を愛

しています!家族だと思っています!」

「ううっ……………ネーム」

「イヴ様……………ううっ」

そこから妾達は涙を流しながら抱き合っ

た。お互いに深く想い合っているからこ

そ、感情が溢れて止まらなかったのだ。

そしてどのくらいの間、そうしていたか

は分からないが気が付いたら、妾はそっ

と身体を離し、ネームの涙を指で拭って

いた。

「どうやら、そろそろのようです」

「そうか……………」

思わず暗くなりそうになった妾じゃが笑

顔でいるネームに対して、それは失礼だ

と感じた為、咄嗟に他のことを考えた。

すると先程のネームの発言の中で違和感

がある部分を思い出し、それを尋ねた。

「そういえば、さっき迫害を受けていた

と言わんかったか?それは一体どういう

ことなんじゃ?」

「それは……………」

「お前が"忌魔"だからだろ?」

その声は突然、妾達から少し離れた場所

で聞こえた。そして、それは静かな空間

によく響いた。

「「シンヤっ!?」」

「悪いな。イヴが慌てて走っていったの

を見て、後をつけさせてもらった」

神妙な顔をしたシンヤは固有スキルの"

透過"を解除して、妾達のそばまでやっ

てくる。妾はというとネームのことに夢

中で全く気が付かなかった為、少しの間

呆然としていた。

「話を戻すが、おかしいとは思っていた

んだ。お前は魔王の話をした時、実際に

見聞きした魔族以外はほとんどの魔族が

半信半疑だと言っていた」

「っ!?そ、そうだな」

いきなりのことで驚いていたネームはシ

ンヤの言葉に慌てて反応する。

「そんな中、お前はほぼ確信に近い状態

だった。それを俺が聞いた時、お前は非

常に答えづらそうにしていた。理由はこ

うだ…………………お前自身が魔王候補で

ある"忌魔"で忌魔同士はお互いのこと

を感知できるからじゃないか?」」

「……………よく分かったな」

「あの後、魔王本人に聞いたからな。ち

なみに魔王もお前の存在に気付いていた

らしいぞ。特に害がなさそうだから、放

置することに決めたみたいだが」

「シンヤの言う通り、私は"忌魔"だ。

先代国王様はそこまで分かっていた上で

私を一世話係として、お城に置いてくれ

たんだ。それから忌魔はお互いにあまり

干渉や傷の舐め合いなどはしない。複数

で固まっていると忌魔だとバレるリスク

が高まるからな」

「そうじゃったのか」

妾はまたもや知らなかった事実が増えた

ことで激しく落ち込んだ。いくら黙って

いたとはいえ、ずっと一緒にいたのに気

が付かず、ましてや妾よりも付き合いの

浅いシンヤの方がネームの違和感に感付

いていたのだ。どちらかというと後者の

部分の方がショックは大きかった。

「何はともあれ、今までお疲れさん。そ

して、ありがとな。少しの間だったがネ

ームと一緒に旅ができて楽しかった。み

んなもネームがいてくれて良かったと

口々に言っている。特にシャウがとても

親近感を覚えていたらしく、ネームは自

分にとって"お姉ちゃん"みたいな存在

だと嬉しそうに語っていた」

「ぐすっ………………そうか。ありがと

う。私も同じ気持ちだ」

ネームはまたもや溢れそうになる涙を無

理矢理止めると笑顔で頷いた。おそらく

自分があの中で上手くやっていた自信が

なかったのだろう。それが全くそんなこ

とはなく、逆にみんなから慕われていた

のが余程嬉しかったようだ。

「シンヤ達は私にとってイヴ様や先代国

王様に続いて2番目の居場所だ。これか

らもそれは変わることはないだろう」

「イヴのことは任せろ。だから安心して

くれ」

「頼む……………それと最後にイヴ様」

「なんじゃ?」

「今まで本当にありがとうごさいまし

た!私はあなたのことをこれから先もず

っと忘れることはありません!だから、

私のことも………………忘れないで下さい

ね?」

「当たり前じゃろう!どれだけ嫌がられ

ようとも覚えておるわ!それから、今ま

で本当にありがとうなのじゃ!」

悪戯っぽく微笑むネームに対して、大粒

の涙を流しながら応える妾。さっき散々

泣いたはずなのにその涙は一向に止まる

気配がなかった。

「ネーム……………妾からも最後に1つよ

いか?」

「はい。何でしょう?」

「お主の人生は幸せじゃったか?」

その瞬間、ネームは今までで一番の笑顔

を浮かべながら、こう言った。

「もちろんです!!」



"輪廻の泉"に美しく咲く"別離花わかればな"。花言葉は"相手の幸

せを願う"と"離れていてもずっと一緒

"。魔族達は大切な者達との別れや相手

のことを想ってその花を贈る。それを魔

族達の間ではこう呼んだ…………………"別離花想わかればなし"と。
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