俺は善人にはなれない

気衒い

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第11章 軍団戦争

第229話 宣伝

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「ああぁぁっ~……………ブ、ブレス様が

負けてしまった」

「ワシらは一体どうなるんじ

ゃ…………」

「神よ…………どうか、私共に御慈悲

を」

軍団戦争レギオン・ウォーの影響は

なにも敗者だけに及ぶものではない。戦

いの前にお互いの陣営は|軍団名《レギ

オンネーム》や傘下クランの名前だけで

はなく、縄張りまでをも公開してから始

めるのがしきたりだった。その結果、ど

うなるか。勝てば、縄張りの地域の知名

度や好感度が上がり、見届け人がその地

域を他の場所で宣伝してくれる為、観光

客が押し寄せて地域全体が潤う。また、

敗者の方の縄張りがそこと仲良くしたい

と思い、相手がそれを了承すれば交易が

生まれ、さらなる発展に繋がる可能性す

らある。しかし、一方で戦いに敗れてし

まった方の縄張りはどうなるの

か……………今までの歴史を辿っていけ

ば、2つの選択肢が残されていた。1つ

は勝者の軍団レギオンによる圧倒

的な力での支配。勝って気分が浮かれ全

能感を漂わせた軍団レギオンは敗

者の縄張りを自分達のものにし、無茶な

要求をするというパターンが多かった。

また敗者の縄張りというレッテルを貼ら

れた地域は様々な悪意の対象にされやす

い。そこから守ってやってるということ

を全面に押し出し、弱味につけ込む形で

圧迫していくスタイルも珍しくはないの

だ。もう1つの選択肢は勝者が敗者の縄

張りを完全放棄することで守ってくれる

軍団レギオンがいなくなり、そのこ

とが耳に入った他の地域や国から襲撃さ

れてしまうという道だった。どちらの選

択肢を取ったとしても彼らからしたら、

地獄以外のなにものでもなく、唯一残さ

れた勝者側の縄張りとの交易という道も

成立する可能性が極めて低い為、できる

ことといえば天に祈ることぐらいしかな

かった。そして、それは映像の魔道具越

しに戦場の様子を見守る彼らにとっても

同じこと。彼らはこの後、自分達が辿る

運命を嘆き悲しみ、せめて残された時間

くらいは好きにしようと家族と共に身を

寄せ合って、戦場を見つめてい

た……………が、この直後にそんな心配は

杞憂だったと思わせる内容の発言をされ

たことに驚き、しばらくの間、誰1人と

して動くことができないのだった。







――――――――――――――――――






「"碧い鷹爪"の縄張りの奴らは全員、

聞け。お前達は新たに俺達の縄張りとな

る。が、ここで最初に言ってお

く………………俺はお前達に何も求めな

い!」

シンヤのその発言に映像を見ていた者達

だけではなく、その場にいた多くの者達

もザワッとなった。歴史上、類を見な

い。通常、縄張りと軍団レギオン

の関係は持ちつ持たれつなのだ。縄張り

側が軍団レギオン側の求めるもの

を差し出し、その見返りに|軍団《レギ

オン》が縄張りを圧倒的な力で以って守

るという。だから、シンヤのこの発言は

シンヤ達にとって本来なんのメリットも

ないもので彼ら以外の者達は一体何が目

的なのか分からなかった。というよりも

聞き間違いとすら、受け取る者も多かっ

た。

「勘違いするなよ?だからといって、お

前達が脅威に晒された時、見て見ぬフリ

は絶対にしない。お前達に降り掛かる火

の粉は俺達が全力で払ってやる」

「「「「「払ってやる

ぞ!!!!!」」」」」

シンヤの発言を後押しするように彼の仲

間達も声を上げる。そこまできて、よう

やく聞き間違いなどではないことに気が

付いた縄張りの者達。となるとこれは彼

らにとって、破格の条件。むしろ、彼ら

側からお願いしたいぐらいのことだっ

た。一瞬、夢でも見ているのかと勘違い

するほどの好待遇。しかし、これは紛れ

もない現実だった。

「またとんでもないことを仰います

ね~」

たまらず、シンヤへ言葉をかけるハーメ

ルン。彼は驚きと興奮が入り混じった表

情をしていた。

「そうか?」

「ええ。普通はそんなこと提案しません

よ」

「他と同じことをしたって、つまらんだ

ろ。俺には俺のやり方がある」

「へ~…………ちなみにこんなことを聞

くのは野暮かもしれませんが、先程の発

言にはどういう意図があったんです

か?」

「いや、特にはない」

「はい?それだとあなた方だけが損する

じゃないですか。冒険者は慈善事業じゃ

ないんですよ」

「損はしないだろ。俺達が今度、新しく

縄張りとなったところを訪れたら、歓迎

してくれるかもしれないだろ?そうなっ

たら、そこら辺を自由に行き来できるじ

ゃないか。あと、人生は一度きりなんだ

から、何事も楽しまないとそれこそ損だ

ろ」

「それであの提案と?」

「ああ。俺は前例のないことをするのが

特に好きなんだ」

「なんともまぁ、自分がちっぽけに思え

てきますね………………ところで改めてに

はなりますが、今回はおめでとうござい

ます」

「ありがとう」

「皆さん、凄くお強くて、びっくりしま

したよ~人数差がだいぶあるのにこれだ

けの人達が無事に残っているなん

て……………やっぱり何か強さの秘訣みた

いなものはあるんですか?」

「まぁ、あるにはあるが」

「おぉっ!それは一体どんな?」

「……………はぁ、仕方ないか。今回は特

別に教えてやるよ」

「ありがとうございます!では、ズバリ

強さの秘訣とは?」

「これだ」

そう言って何もない空間から、1本の剣

を取り出すシンヤ。その芸当に多くの者

達は驚いたが、余計なリアクションで話

の腰を折らないよう努めて冷静なフリを

した。その結果、彼の手元に無言の視線

が数多く集まることになった。

「これは?」

「今回の戦いで俺達のほとんどが使って

いた武器、それがこの剣だ。俺達が勝て

たのはこの武器のおかげといっても過言

ではない」

「ほほぉ~…………パッと見、普通の剣

ですが、これは何か特注とかですか?」

「特注も特注。なんせ、うちのノエが店

主を務める店で売られている剣と全く同

じものだからな」

「なるほど!あなた方は副業として色々

な事業も手掛けていますもんね。そのう

ちの1つが武器・防具の専門店

と……………ということはそこで売られて

いるのは彼女達が?」

「ああ。他に任せず、ノエ達が打って

る。だから、性能は保証する」

「へ~」

「ちなみに店では冒険者だけではなく、

一般職の者でも買えるようになってるか

ら、気軽に訪れて欲しい。値段はピンキ

リだが、一応手が出せる金額のものもあ

る。普段は衛兵が街の治安を冒険者が魔

物の脅威を退けているが、有事の際はそ

うもいっていられない。いつ何が起こる

か分からないこの世界で自分の身を自分

で守らなければならない時がくるかもし

れない。そうなった時、すぐそばに武器

があれば、助かる可能性はグッと上が

る。何事も命あっての物種だ。この機会

に是非、当店を利用していってくれ」

「シンヤさんが言うと説得力あります

ね~でも、そのお店は一体どこにあるん

ですか?」

「俺達が拠点としているフリーダムって

いう街にある。いずれは遠くの者にも買

ってもらえるよう、他の街や都市にも店

を構えるつもりだ。だから、今は買えな

くても安心して欲しい。時間は掛かるか

もしれないが、何とかする。それが待て

ない者はフリーダムへ来てもらえれば、

手に入るだろう」

「それは安心ですね!いや~良いことを

聞いた」

「他にも強さの秘訣はあるが聞くか?」

「是非お聞かせ下さい」

「俺達は今回、敵の人数に圧倒されない

だけの精神力を持つ必要があった。だ

が、そんな精神力はそうそう鍛えられる

ものでもない。では、どうしたか。答え

は……………アスカ塾だ」

「アスカ塾?それは何でしょうか?」

「うちのアスカが塾長を務めるあらゆる

習い事ができる塾だ。ここに通い詰めれ

ば、精神力が自然と鍛えられる。現にう

ちのメンバーもここに通ったことがあ

る」

「へ~」

「次にレストラン"ラ・ミュラ"。ここ

は作るのに技術の必要な料理が次々に出

される。ここで働いていたうちのメンバ

ーは自然と器用になり、戦いの技も磨か

れていった」

「一見、無関係そうなところが繋がるん

ですね!」

「最後に銭湯"かぐや姫"。ここは疲れ

た身体を癒したり、体調を整えたりする

のに最適。うちのメンバーは決戦前とか

に入ったりする」

「いいなぁ~気持ち良さそう」

「以上のことから、心・技・体は全て今

挙げたところで培うことが可能。これを

聞いた者は試しに訪れてみて欲しい」

「なんだか今すぐにでも行きたくなって

きました」



この後、事業全体の売上が伸びたのは言

うまでもない。
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