俺は善人にはなれない

気衒い

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第10章 セントラル魔法学院

第181話 魔人

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キルギスが起こした一連の出来事は生徒や教師達に大きな衝撃を与えた。特に現場で一部始終を見ていた者達にとってはかなりショックであっただろう………………本来ならば。確かにキルギスのやったことは冒険者ではない一般人が見れば、トラウマものだ。人族至上主義の国において、魔族のような見た目へと変貌し、暴虐の限りを尽くそうとした。その過程で心に深い傷を負った者、致命傷とまではいかないまでも身体に重症を負った者、はたまた運悪く命を落とした者などを出したのだ。そして、もう少しキルギスを止めるのが遅くなっていたら、その被害はもっと甚大なものになっていたことだろう。大袈裟な話ではなく、学院自体を破壊されていた可能性すらある。そうなった場合の死傷者の数は想像に難くない。しかし、今回は非常に運が良いと言わざるを得ない。何故なら、当日の現場には冒険者クラン"黒天の星"のメンバーがいたからである。





――――――――――――――――――――







「は?サイン?」

「そ、そうです!頂けないでしょうか?」

キルギスとかいう馬鹿を掃除した翌日。いつものように出勤すると校門の前で多くの生徒達に出迎えられた。何の集まりかは知らないが皆、心なしか目をキラキラとさせ、こちらをじっと見てくる。こんな出迎えがあるとは聞いていないのだが、そんなことよりも問題が1つあった。それはこいつらが俺の受け持つクラスの生徒達ではないということだ。だから思わず、言ったのだ。"そこをどけ"と。すると何故か急に焦り出した生徒の1人が徐に本を取り出して、こう言ってきた。

「すみません!サインを頂いてもよろしいでしょうか?」

そこで話は冒頭に戻る。俺はその意味が分からなかった為、思わず、聞き返したという訳だ。

「1人に書いたら、全員に書かなきゃいけなくなるから無理だ」

「そ、そんなっ!?」

「せ、せめて何か………」

「せっかく、朝早くから待っていたのに」

「俺は人気者になりたくて冒険者をやっている訳じゃない。それとそんなに俺と関わりたければ、今までチャンスはいくらでもあったはずだ。一体、今の今まで何をしていたんだ?」

「それは…………」

「どうせ昨日の一部始終を見たか、もしくは噂で聞いたかして、こういう状況になったんだろう?」

「うっ……………」

「俺にそんなミーハー共の相手をしている暇はない。昨日のあの瞬間まで俺達に対してマイナスな感情を抱いていたんだろ?だったら、それを貫けよ。いきなり掌を返してんじゃねぇ」

「……………」

「あと最後の台詞を吐いたボケはどこのどいつだ?"せっかく朝早くから"とか抜かした」

「わ、私です」

「お前か。よく聞いとけ。俺はお前にそんなことをしてくれと頼んだ覚えはない。お前が自分でしたくて勝手にやったことだろ。自己満足の行動に対するツケを俺に払わせるな。朝早くからとかそんなの知らねぇよ。そんなんで同情を買えると思ったら、大間違いだ」

「うっ…………す、すみませんでした」

「分かったんなら、道を開けろ。もし今後、こういった邪魔をしたら、次は実力行使に出るからな」

「「「「「は、はい!!!!!大変失礼致しました」」」」」







「おはようございます、皆様」

「ああ、おはよう」

「それにしても朝の件はよろしかったんでしょうか?せっかく他学年・他クラスの生徒達にもあれだけ騒がれるようになったのに」

「やっぱり知ってて、そのまま放置していたんだな」

「いえいえ。ここにおりますと遠くの声は聞こえづらいので何が何やら」

「で、その次の言い訳が"他の教師から報告を受けて今、知った"か?」

「よくご存知で」

「……………そんな無駄話はどうでもいい。それよりも今回の試験の結果、俺達のクラスが竜闘祭へ参加するってことでいいんだよな?」

「ええ。対戦クラスの担任があれでしたからね………………シンヤ様、そして皆様、改めてお礼を言わせて下さい。この度は我が学院の生徒・教師を救って頂き、本当にありがとうございました」

「気にするな。あのままいっていたら、アイツは2ーHの生徒達も襲っていたかもしれない。だから、俺達はそれを防いだ。ただ、それだけのことだ」

「ですが、結果的に全ての生徒・教師を守る形となりました。これは揺るぎようのない事実でございます。皆様が何と仰られようと私は恩を感じ、それを返していきたいと思っている気持ちまでは変えようがありません」

「そうか」

「はい。なので私にできることでしたら、何でもお申し付け下さい」

「じゃあ、報酬にいくらか上乗せしてくれ。額はお前に任せる」

「かしこまりました。可能な限り、お力添えさせて頂きます」

「了解……………それであのキルギスとかいう男の件なんだが、何か分かったことはあるか?」

「それが何も……………そもそもこの学院で彼が教師を務めることになったのも急に決まったことなのです。2年程前でしょうか。教師の採用時期とは全く被らない時に学院の門を叩いてきたのが始まりでした。最初はその意図が読めず、追い返そうとしたのですが、彼の才能と熱量に押されて結局、採用することが決まりました。雇ってみて気が付いたことなのですが彼は非常に仕事ができ、他の教師とも上手くやっていける人柄でした。また生徒達への指導も周りからは良いと評判で特に問題があるようには思えませんでした…………表・向・き・は・」

「なるほど」

「そして今回、あのようなことになってしまい、本当にお恥ずかしい限りです」

「で、あの姿に心当たりはないと」

「はい。お力になれず申し訳ございません」

「いや、大丈夫だ」

その言葉通り、別にネバダからキルギスのあの姿について教えてもらわなくても良かったのだ。俺は知らないフリをしていたがガッツリと奴のステータスを覗いた際に知っていたのだ。その種族と称号を……………





――――――――――――――――――――







「おい、キルギスの野郎がしくじったらしいぞ」

「マジかよ。通常時・・・でも一応Bランク冒険者程度の実力なら、あるはずだぞ」

「主から力を賜ったにも関わらず、情けない」

「結局、失敗作だったってことよ」

「あいつが潜伏して2年。それが全て無駄になったってことか」

「いや、全くの無駄という訳ではない。ちょくちょく報告は受けていたから、その分の情報はある。ただ難があったとしたら、それはあいつの性格だろう」

「どうせ、勢いで魔人・・にでもなったんだろう?」

「どうやら、それは間違いないようだ。それと何らかの理由で奴の信号が途絶えた」

「まぁ、大体の予想はつくが」

「本当に油断ならない相手だな」

「"魔拳"だったか?あのイカれた集団に所属していただけはあるぜ」

「とにかく、今後はより一層気を引き締めて任に当たるように。こんなことを繰り返していてはならない」
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