俺は善人にはなれない

気衒い

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第10章 セントラル魔法学院

第175話 優良生徒

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「ほれ、次々とかかってぇこい!そこ、腰が引けてるぞ!」

「ぐっ…………すみません、少し休ませて頂いても」

「じゃあ代わりに誰か、オイラの相手をしろよ?はい、攻撃の手を止めるな!敵は待ってくれねぇぞ!」

周りには死屍累々といった様子で生徒達が倒れている。生徒達の熱い気持ちを聞いたあの日から毎日、模擬戦や絶望の森でのレベル上げを行っているのだ。授業1時間ごとにやり方は違うが講師1人に対してクラス40人全員が立ち向かう時もあれば、絶望の森に行くグループと残りの全員を講師が相手するグループと2つに分けることもある。いずれにしても最初のうちはその過酷さから、音を上げる生徒もいたが今では全員がやる気に満ち溢れ、意欲的に取り組むようになった。そして、現在はフェンドがクラス全員を相手に発破を掛けながら、指導している状態だ。

「ぐはっ!」

「ぐふっ!」

「がっ!」

「くそ……………やっぱ先生方は強ぇ」

「悔しいなぁ」

「ほれほれ!もう他にはいないのか!」

フェンドが周りを見渡すが立ち上がる気力がないのか、誰もがその気配を見せなくなっていた。この授業はここまでか…………そうフェンドが見切りをつけようとしたその時、1人の生徒がゆっくりと立ち上がりながら、こう言った。

「先生!僕の相手をして頂けないでしょうか!」

「お、やはり立ち向かってくるとしたら、お前か、クリス」

「はい!まだまだやれます!」

それはクラスのリーダーとして皆を引っ張っている少年、クリス・キャニオンだった。本人はその自己肯定感の低い性格から、自分はそんな器じゃないと否定するが周りにはそう思われてはいない。彼の温厚で思いやりのある人柄や魔法・実戦における確かな実力をクラスメイトは皆、認めている。ただ1人を除いては。

「私もいけます!」

「お、セーラもか!よし、両方かかってこい!」

セーラの想いは出会ったその日に聞かせてもらった。彼女は自分がクラスを引っ張っていきたいと思っていて、その気持ちが昂りすぎたがあまり、俺達に過剰に突っかかってきたらしい。しかし、今では俺達講師のことを認め、素直に受け入れてくれている。問題はその想いを今度は徐々にリーダーと化しているクリスへと向けていることである。彼女は対抗心から絶対にクリスには負けたくないと今日まで頑張ってきたのだ。

「フェンド先生!向かっていくのは僕ら2人だけとは限りませんよ!"鼓舞アップ"!」

「お、なんだか力が湧いてくる!」

「これなら、まだまだいけるかも!」

「クリス、ありがとうな!」

「クリス君、流石ね!」

この固有スキルもまたクリスがリーダーとして適任だと思われる要因の1つである。固有スキル、鼓舞。指定した全ての者の気持ちを鼓舞し、再び戦闘態勢へと導くことができる。ただし、自身に使うことはできず効果時間も10分と限られてはいるが……………

「先生、いきますよ!」

「おぅ!かかってぇこい!」

その後も俺はその授業風景を見ながら、ある1人の少女について考えを巡らせていた。




――――――――――――――――――――





「シンヤ先生、お話とは何でしょうか?」

1日の授業が全て終わった後、俺はセーラを学院の屋上へと呼び出した。徐々に沈みゆく夕日は美しく、吹き抜ける風が非常に心地良い。セーラもそれは同じらしく、風で靡く長い髪を手で抑えながら、目を細めている。

「話とは他でもない。お前自身についてだ」

「私…………ですか?」

「ああ。お前、ここ数日、やけに空回りしているだろ?」

「なっ!?何故、それを」

「そんなのはお前をずっと見ていれば分かることだ」

「ず、ずっと見ている!?わ、私をですか!?」

「ああ。何かおかしいか?」

「い、いえ!別におかしくはないのですが…………」

「単刀直入に言う。そんなにクラスのリーダーになりたいのか?」

「っ!?そ、それは!?」

「その反応で十分だ。やっぱり、まだ諦めきれないんだな」

「はい。最近、特にそう思うようになりました……………あなたを見て(ボソッ)」

「ん?最後の部分だけよく聞き取れなかったんだが」

「い、いえ!お気になさらず!とにかく、想いはまだ変わっていません!」

「そうか。これは俺が思うことなんだが……………」

「はい」

「人には向き不向きがある。お前の気持ちも大切だが、人柄や性格、価値観だけはどうしようもない。そんな中、今クラスの中でリーダーとして支持されているのは間違いなくクリスだ」

「……………」

「だからといって、お前がダメな奴だとかそんな話じゃない。あいつには人を引っ張っていく素質があり、皆の士気を上げ、悪意から包み込んでくれるような度量も垣間見える。そこには全体を俯瞰で見て、指揮していく力も必要だ。今はまだその域には達していないがいずれはその力も身に付けていくだろう。だが、そんなあいつには…………いや、あいつの立場だからこそ、できないことが1つだけある。それが何か分かるか?」

「いえ」

「それは遊撃だ」

「遊撃…………」

「ああ。あいつは全体を常に見る立場にあり、その場その場で瞬時に動いて捌くということができない。その都度、近くにいる者に指示を出していかなければならないからだ。持ち場を離れてしまえば、指示を出す者がいなくなってしまい、途端にそのパーティーは瓦解してしまう。あいつがやろうとしているのはそういう役割だ。本人が望んでいるかはさておき」

「そうですか…………だからといって」

「そこでお前の出番だ」

「わ、私ですか!?」

「確かにリーダーという点において、お前はクリスに劣るかもしれない。だが、こと遊撃という点において考えてみるとお前を超える者はこのクラス、いや学院全体でも見てもいない」

「えっ!?」

「ハッキリ言って、お前の遊撃の腕は群を抜いている。その場その場で臨機応変に対応し、必要があれば他の者の助けにも行く。頭では分かっていてもそれを実行に移せる者はそういない」

「……………」

「お前が今後、どうしていくかは知らないがもし、自分の長所を活かしたいと思うのなら、進む道を変えてみてもいいかもしれない。ただの戯言だと思うのなら、聞き流してくれて構わない。だが、これだけは覚えておいてくれ。俺はどんな道を選ぼうがセーラという人間に対する想いは変わらない。お前は俺の可愛い生徒であり、大切な存在だ。これから先、何があろうと守ってやる。だから、安心して前へ進め」

「シンヤさん……………」

何故か呼び方が変わり、ボーッとした顔で俺を見てくるセーラ。よく見ると顔が赤くなっている。おかしい。この時間はそこまで暑くないはずなのだが……………

「ありがとうございます。あなたから、もらった言葉、大切にさせて頂きます……………そして、たった今、私の目指したい道が決まりました」

「お、早いな」

「あんなに想われていたら、そうなりますよ。シンヤさん、聞いてくれますか?」

「ああ。言ってみろ」

「では失礼して。私、セーラはリーダーとしてクラスを引っ張っていく……………のではなく、遊撃という形でみんなをサポートしていきたいと思います」

「そうか」

「そして」

「ん?」

「いずれはシンヤさんの近くで共に戦っていきたいです!」

「それは俺達のクランに入りたいということか?」

「はい!」

「ん?確か、クラスでどういう役割を果たしたいかとかいう話じゃなかったか?」

「それもありますよ。でも、私にとっての道はその先のことも含まれていますから。それにシンヤさん、言ったじゃないですか」

「何をだ?」

そこから数秒程、間を空け、彼女は満面の笑みを浮かべて、こう言った。


「"これから先、何があろうと守ってやる"って!!」
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