俺は善人にはなれない

気衒い

文字の大きさ
上 下
106 / 416
第8章 動き出す日常

第106話 酒造

しおりを挟む
「お疲れさん。調子はどうだ?」

「お、シンヤか。お疲れ様~……………順調だよ。みんなもだいぶ仕事を覚えてくれたみたいだし」

「そうか。それは何よりだ」

リースがやってきた日の午後。俺は2週間前から本格的に取り組み始めていた酒造りと武器・防具製作の様子を見ようとまずは酒蔵を訪れていた。以前から、ニーベルがクランメンバーに自身が作った酒を振る舞いたいと言っていた為、酒蔵をクランハウスの庭に創造し、試しに酒造りをしてもらったのがつい3週間前。俺達と出会ってから、戦闘力だけでなく固有スキルの"酒造"も恩恵を受けていたニーベルは約3時間程で試飲用の酒を作り、皆に飲ませてみたところ、これが大絶賛の嵐だった。本人的にはもっと時間と手間をかけて、ちゃんとしたものを作りたかったらしく、そこから、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら、さらに1週間かけて作り出した酒がこれまたとんでもないクオリティだった。で、俺がこれを売り物にしてみないかと提案してみたところ、ちょうど飲んでいた皆が同じことを思っていたのか、全員がこれに賛同した。これを受けたニーベルはとても嬉しかったのか、二つ返事で了承し、多くの人々に愛されるような酒を作ろうとやる気に満ち溢れ、橙組と一緒になって、今日まで酒造りに励んできたのである。奥の方では組長であるヒュージが気持ちの良さそうな汗をかきながら、一生懸命、動いている。ちなみにニーベル以外は酒造りを少しもしたことがなかった為、最も大事な工程以外の部分を任せようと一から教育していた。皆、飲み込みが非常に早く、既にニーベルが付きっきりで見ていなくてもある程度のことを1人ないしは2人でこなせるようになっていた。とは言っても"酒造"の固有スキルがなければ、できない工程に差し掛かった時は全てニーベル1人で対応しているのだが……………本人の負担と効率を考えて、"酒造"のスキル持ちを新たに何名かクランに加入させた方がいいかもしれない。

「ん?そちらの少年は?」

「ああ。今日から1ヶ月の間、ここのクランハウスで過ごすことになったリースだ。なんでも色々と見学したいらしく、俺にくっついて回るみたいだ」

「そうなんだ…………こんにちは。僕はニーベル。これから、よろしくね」

「こ、こ、こんにちは!リースです!よ、よろしく!」

「どうした?そんなに緊張して…………以前、ダンジョンで一度会っているはずだろ?」

「だ、だって本物の"十人十色"だもん!しかもこの間、SSランクになったらしいじゃないか!そりゃ緊張もするよ!」

「僕らで緊張してたら、シンヤはどうなるのさ?…………なんか平然と横に立ってるけど」

「だ、だってシンヤはシンヤだもん!」

「いや、答えになってないよ?」

「ま、とにかくニーベルはとてもいい奴だから、すぐに仲良くなるだろ…………と少し見て回りたいんだが、案内頼んでもいいか?リースもどうやら興味津々みたいだからさ」

「いいよ~じゃあ、ついてきて」

――――――――――――――――――――





「ここは?」

「精米部門だね。お酒はお米から作るんだけど、醸造する際に邪魔な部分が出てくるんだ。それを取り除くのが最初にやることなんだ。具体的に言うと玄米から糠・胚芽を取り除き、あわせて胚乳を削る。この時に気を付けることが米が砕けないように慎重に削るということだ。ちなみに精米の速度が速すぎると、米が熱をもって変質したり砕けたりするから細心の注意をもってゆっくり行わなくてはならないんだ」

「なるほど」

「す、凄い…………」

「次にここが空冷部門だ。精米された米はかなりの熱を帯びている。そのままでは次の工程へ進むには米の質が安定していないから、冷ます必要があるんだけど、これにはかなりの時間がかかる。だいたい1ヶ月程だ。売り物として膨大な数を生産する場合はそんなに待っていられない。だから、そこは空間魔法を用いて、その空間の時間だけを一瞬にして1ヶ月後にするんだ。そうすることで次の工程へとすぐに進むことができる」

「魔法の力って凄いな」

「次は洗米部門だ。これは精米の過程で表面に付いた糠・米くずを徹底的に除去することを言うんだけど、これも魔法を使って行う。威力を調整した水魔法で細心の注意を払うんだけど、集中力が途切れてしまわないように組員をローテーションで入れ替わらせている。もちろん、休憩も適宜入れてね」

「うわぁ~お城の中ではこんな光景、見れないよ~」

「で、その後は………………」

そこから先もニーベルの酒造りに関しての説明が続いた。1つ1つの工程を説明される度にリースが目をキラキラとさせ、驚いたり不思議そうにしたり、はたまた感動したり…………表情が目まぐるしく変わるのを見ていて飽きることはなかった。ちなみに酒は米から作るとニーベルは言ったがその製法自体は大昔にこの世界にやって来た勇者から伝えられたものらしい。したがって米自体も元々この世界にあったものではなく、その勇者が生み出し普及させていったみたいだ。しかし、誰でもその製法で酒造が成功する訳ではなく、どうやら本人の才能と熟練度によって出来栄えが変わってくるようだ。その点でいえば、ニーベル達は間違いなくトップクラスに腕があるだろう。何より本人達がとても楽しそうにやっていることが大きいのも確かである。

「リース、満足したか?」

「うん!とても興味深かったよ!」

「そうか……………ニーベル、邪魔したな。ありがとう」

「ありがとうございました!!」

「また来てよ。いつでも案内するから」

俺はまだまだ興奮冷めやらぬリースを伴い、次の目的地へと足を運ぶ為、酒蔵を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

処理中です...