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第6章 裏切りは突然に
第76話 師匠と弟子
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ムフフ…………今、世界中の負の感情が急速に集まっているのが分かる。やはり、この男を贄に選んで正解だった。私がギルドでカマをかけて、こちらの行動が筒抜けだったと気付いた時はヒヤリとしたものだが、捕らえてしまえば、所詮はタダの人間となんら変わらん…………それにしてもやはり、この男は凄い。彼を見る老若男女全てがこの現状に打ちひしがれ、悲しんでいる。一体、どれだけの人々に慕われ、どれ程のことを成してきたのか……………おそらく、我々の想像だにしないものがそこにはあるのだろう。しかし、そんなことは今、この場において関係ない。大事なのはそれほど偉大な男を我々が捕らえ、彼のその後の処遇を決める権限をこちらが握っている…………つまり、生殺与奪の権利が我々にあるということである。見るからに圧倒的有利な盤面。これをひっくり返す者がいるとすれば、おそらくそれはお伽噺に登場する勇者くらいのものだろう。だが、現実とは創作とは違い、残酷で非情なもの。そんな都合の良いことがそうそう起きないからこそ、多くの者が苦しんでいるのだ。
「………………」
先程から目を瞑り、何か考え事をしているこの男もこのままならない現状を嘆き、現実を見ることに嫌気が差して、目を閉じてしまったのだろう。愚かな。次に目を開けた時、果たして自分の命があるかどうかも分からぬというのに。何故、最期と言う最後にもっと足掻かないのか……………もしや、生に対する執着がなくなった?いや、そんなはずはない。どんな生物であっても命の危機に瀕する瞬間は本能的な欲求が出てくるものだ。ではまだ自分の置かれている立場が理解できていないのか?いや、それこそあり得ないだろう。百戦錬磨の猛者、伊達に歳を重ねてきてはいない。幸か不幸か、そういった境遇の者は自身が拒んでも無意識のうちにイメージしてしまうものだ。あまりにもクリアに自身の行く末を………………では最期という実感が湧かないのだろうか?確かに執行に使用する武器はまだ見せていないし、そこまで殺気立ってもいない……………が、果たして本当にそうだろうか?これほどの猛者だ。我々が隠し持っている武器を想像し、発してもいない殺気を感じ取る、そのぐらいのことはやってのけそうな気もする……………分からない。考えれば考える程にこの男のことが分からなくなってくる。
「おい、ハイド!どうしたんだ?ボケっとして」
「はっ!…………す、すみません!大丈夫です!」
いけない。何故、有利な立場であるはずの私が焦らなければならない。しっかりせねば。これではこの日の為にあれだけの年月を費やした意味がなくなってしまう。大丈夫だ、落ち着け。万に一つも失敗なんてことにはならない。
「…………では」
「「「「ちょっと待て!!!!」」」」
再び息を整えようとした私に向かって、響いたその声は本来、ここにはいないはずのものだった。その者達の姿を視界に捉え、何者であるかを認識した直後はかなり驚いたが、隣には私の比にならない程、驚愕している者がいた。
「何でアイツらがここに…………」
それは大きく目を見開き、眼下を注視するダート様であった。
――――――――――――――――――――
「師匠!助けに来たぞ!」
「な、何故お主らがここに…………!?」
「酷いじゃないか。そんな幽霊でも見たような反応しちゃってさ」
「冗談を言っとる場合ではない!早くここから引き返すんじゃ!今なら、まだ間に合う!」
「お前の方こそ、冗談言ってんじゃねぇよ!せっかく、ここまで来たのに手ぶらで帰れるかよ!」
「な、何を言うとるんじゃ!こやつらはお主らが思っておるような連中ではない!こちらの事情に深入りするでない!」
「そっちの事情?深入りするな?……………ふざけんな!お前は20年前、俺達の事情に勝手に首を突っ込んできたよな?それどころか、かなり深入りしてきやがって!お前は良くて、俺達は駄目とか自分勝手にも程があるだろ!!」
「っ!!」
「いいか?お前が俺達のことをどう思っているのかなんて、関係ない。俺は…………俺達は師匠でもあり、親父でもあるお前を…………"魔剣"ではないブロン・レジスターを助けに来たんだ!!」
「お主ら…………」
「親子ごっこはその辺にしてもらっていいか?」
「っ!!まずい!そっちにアスターロ教の幹部が行ったぞよ!」
瞬間、男の着地によって大地が揺れた。100メートルもある遠く離れた距離をわずか3秒にも満たない時間で移動したのだ。当然、周囲の者はそれを察知することができず、気付いた時には先程からしきりに叫んでいた四人の男達の目の前へと現れていた。
「この間はよくもやってくれたな」
「さっきはよくもやってくれたな」
睨み合う両者。辺りはおよそ常人では耐え得ることのできない殺気で満ちていた。咄嗟に防衛本能が働いた街の人々はできる限り、離れた場所へと移動し、さりとて逃げることはせず、このやり取りの結末を見逃すまいと無駄な根性を発揮して、見守ることに徹していた。
「リベンジマッチでもしにきたのか?」
「いや、残念ながら、そうじゃない」
「じゃあ、何しに来た?」
「さっき言っただろ?師匠を助けに来たって」
「だから、俺を倒さないとそれは無理だろ」
「いや、それがそうでもない」
「俺をおちょくってんのか?」
「だから、言ってるだろ?お前と戦うのは俺達じゃないって」
「じゃあ、一体誰が俺と戦うんだ…………よ!!」
「避けろ!お主らでは敵わん!!」
遠くから叫ぶ師匠の声を聞きながらも何故か、余裕な態度を崩さない四人。眼前には我慢を切らした強者の拳がその者達の命を狩り取ろうと迫ってくる。それを見たその場にいる誰もがこの後に起こる惨劇を想像し、顔を覆い始める。その時だった。どこからともなく風が吹いたのは…………そよ風なんて生易しいレベルではない。それは強風、いや豪風であった。
「"竜護槍"」
直後、聞こえた声。恐怖と豪風によって、顔を覆っていた街の人々が好奇心に従い、そちらを見やるとそこには驚きの光景が広がっていた。
「何だ、テメェ……」
「全く…………自分達が捕らえた者の顔すら覚えてないとは」
男の拳から四人を守るように立っているのは蒼く輝く槍を持った1人の竜人であった。
「な?言っただろ、俺達がお前と戦う訳ではないって」
「まさか、こんな伏兵を忍ばせていたとはな。しかも俺の拳を軽々と受け止めてやがる」
「そなたも全然本気ではないであろう。それにしても我の槍に触れて、砕けぬ拳とはなかなかだな」
「お褒めに預かり光栄だ。こうしているだけで伝わってくる…………お前、かなり強いな」
「これでもクランの幹部を務めているからな」
「ほぅ………参考までに訊きたいんだが、そのクランって?」
「我の所属するクランは…………ちょうどいい。あそこを見てみろ。クランマスターがいるぞ」
「へ~どれどれ…………って、おい!お前、そこで何をしてる!」
ダートが目を向けた先、特設台の一番上にはこれまた驚くべき光景が広がっていた。そこには倒れ伏した黒ローブの集団と磔から解かれたブロン・レジスター、また首から上のない"人猟役者"のクランマスター、ハイドが横たわっていた。
「よく言ったな、お前ら。見直したぞ」
そして、それの元凶とも言うべき人物は黒衣を靡かせ、2人の側近を従えた状態で悠然と眼下の者達を見下ろしていたのである。
「………………」
先程から目を瞑り、何か考え事をしているこの男もこのままならない現状を嘆き、現実を見ることに嫌気が差して、目を閉じてしまったのだろう。愚かな。次に目を開けた時、果たして自分の命があるかどうかも分からぬというのに。何故、最期と言う最後にもっと足掻かないのか……………もしや、生に対する執着がなくなった?いや、そんなはずはない。どんな生物であっても命の危機に瀕する瞬間は本能的な欲求が出てくるものだ。ではまだ自分の置かれている立場が理解できていないのか?いや、それこそあり得ないだろう。百戦錬磨の猛者、伊達に歳を重ねてきてはいない。幸か不幸か、そういった境遇の者は自身が拒んでも無意識のうちにイメージしてしまうものだ。あまりにもクリアに自身の行く末を………………では最期という実感が湧かないのだろうか?確かに執行に使用する武器はまだ見せていないし、そこまで殺気立ってもいない……………が、果たして本当にそうだろうか?これほどの猛者だ。我々が隠し持っている武器を想像し、発してもいない殺気を感じ取る、そのぐらいのことはやってのけそうな気もする……………分からない。考えれば考える程にこの男のことが分からなくなってくる。
「おい、ハイド!どうしたんだ?ボケっとして」
「はっ!…………す、すみません!大丈夫です!」
いけない。何故、有利な立場であるはずの私が焦らなければならない。しっかりせねば。これではこの日の為にあれだけの年月を費やした意味がなくなってしまう。大丈夫だ、落ち着け。万に一つも失敗なんてことにはならない。
「…………では」
「「「「ちょっと待て!!!!」」」」
再び息を整えようとした私に向かって、響いたその声は本来、ここにはいないはずのものだった。その者達の姿を視界に捉え、何者であるかを認識した直後はかなり驚いたが、隣には私の比にならない程、驚愕している者がいた。
「何でアイツらがここに…………」
それは大きく目を見開き、眼下を注視するダート様であった。
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「師匠!助けに来たぞ!」
「な、何故お主らがここに…………!?」
「酷いじゃないか。そんな幽霊でも見たような反応しちゃってさ」
「冗談を言っとる場合ではない!早くここから引き返すんじゃ!今なら、まだ間に合う!」
「お前の方こそ、冗談言ってんじゃねぇよ!せっかく、ここまで来たのに手ぶらで帰れるかよ!」
「な、何を言うとるんじゃ!こやつらはお主らが思っておるような連中ではない!こちらの事情に深入りするでない!」
「そっちの事情?深入りするな?……………ふざけんな!お前は20年前、俺達の事情に勝手に首を突っ込んできたよな?それどころか、かなり深入りしてきやがって!お前は良くて、俺達は駄目とか自分勝手にも程があるだろ!!」
「っ!!」
「いいか?お前が俺達のことをどう思っているのかなんて、関係ない。俺は…………俺達は師匠でもあり、親父でもあるお前を…………"魔剣"ではないブロン・レジスターを助けに来たんだ!!」
「お主ら…………」
「親子ごっこはその辺にしてもらっていいか?」
「っ!!まずい!そっちにアスターロ教の幹部が行ったぞよ!」
瞬間、男の着地によって大地が揺れた。100メートルもある遠く離れた距離をわずか3秒にも満たない時間で移動したのだ。当然、周囲の者はそれを察知することができず、気付いた時には先程からしきりに叫んでいた四人の男達の目の前へと現れていた。
「この間はよくもやってくれたな」
「さっきはよくもやってくれたな」
睨み合う両者。辺りはおよそ常人では耐え得ることのできない殺気で満ちていた。咄嗟に防衛本能が働いた街の人々はできる限り、離れた場所へと移動し、さりとて逃げることはせず、このやり取りの結末を見逃すまいと無駄な根性を発揮して、見守ることに徹していた。
「リベンジマッチでもしにきたのか?」
「いや、残念ながら、そうじゃない」
「じゃあ、何しに来た?」
「さっき言っただろ?師匠を助けに来たって」
「だから、俺を倒さないとそれは無理だろ」
「いや、それがそうでもない」
「俺をおちょくってんのか?」
「だから、言ってるだろ?お前と戦うのは俺達じゃないって」
「じゃあ、一体誰が俺と戦うんだ…………よ!!」
「避けろ!お主らでは敵わん!!」
遠くから叫ぶ師匠の声を聞きながらも何故か、余裕な態度を崩さない四人。眼前には我慢を切らした強者の拳がその者達の命を狩り取ろうと迫ってくる。それを見たその場にいる誰もがこの後に起こる惨劇を想像し、顔を覆い始める。その時だった。どこからともなく風が吹いたのは…………そよ風なんて生易しいレベルではない。それは強風、いや豪風であった。
「"竜護槍"」
直後、聞こえた声。恐怖と豪風によって、顔を覆っていた街の人々が好奇心に従い、そちらを見やるとそこには驚きの光景が広がっていた。
「何だ、テメェ……」
「全く…………自分達が捕らえた者の顔すら覚えてないとは」
男の拳から四人を守るように立っているのは蒼く輝く槍を持った1人の竜人であった。
「な?言っただろ、俺達がお前と戦う訳ではないって」
「まさか、こんな伏兵を忍ばせていたとはな。しかも俺の拳を軽々と受け止めてやがる」
「そなたも全然本気ではないであろう。それにしても我の槍に触れて、砕けぬ拳とはなかなかだな」
「お褒めに預かり光栄だ。こうしているだけで伝わってくる…………お前、かなり強いな」
「これでもクランの幹部を務めているからな」
「ほぅ………参考までに訊きたいんだが、そのクランって?」
「我の所属するクランは…………ちょうどいい。あそこを見てみろ。クランマスターがいるぞ」
「へ~どれどれ…………って、おい!お前、そこで何をしてる!」
ダートが目を向けた先、特設台の一番上にはこれまた驚くべき光景が広がっていた。そこには倒れ伏した黒ローブの集団と磔から解かれたブロン・レジスター、また首から上のない"人猟役者"のクランマスター、ハイドが横たわっていた。
「よく言ったな、お前ら。見直したぞ」
そして、それの元凶とも言うべき人物は黒衣を靡かせ、2人の側近を従えた状態で悠然と眼下の者達を見下ろしていたのである。
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