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もう一つの世界線〜IF〜
第六話:花火
しおりを挟む蒼祭り。
ここ、蒼最町で一番大きな夏祭りのことである。
主に八月の二十日~二十二日の三日間開催され、この時ばかりは町の外からも大勢の人々がやってきて、町全体が賑わいを見せる。
つまり、町にとっては年間を通してみても一番の稼ぎ時であり、多くの商売人が本気を出す催し物という訳である。
「今日は目一杯、楽しもうな!」
「はい!拓也先輩!!」
何故、現在俺がそんなことを考えているかというと、実は俺達も"一夏を楽しもう"計画の一環として、この祭へとやってきていたからだった。
これは長月の提案であり、俺達が一緒に過ごす今年、最後の夏のイベントだ。
ということで全員が参加となり、待ち合わせ場所は会場のすぐ近くとなった。
その為、さっさと集まって人が多くなる前には行けると踏んでいた俺だったが、予想に反し、先に着いたのは男子組と優梨奈のみ。
女子組はやけに遅くなっていた。
ちなみに優梨奈とは家の前で待ち合わせをして、一緒にここまでやってきたのだ。
何でも浴衣姿を一番最初に俺に見て欲しかったらしく、家で着付けてもらってから真っ直ぐと俺の家まで向かってきたそうな………………くぅ~健気で可愛いなぁ………………あれ?
ってか、優梨奈ってこんなに可愛かったっけ?
オレンジ色を基調とし、フリージアの花がところどころに描かれているその浴衣は彼女にとっても似合っていて、通り過ぎる男達がチラチラと見ていた………………なんか、モヤモヤするな。
本当に俺、どうしたんだろう?
祭りの空気に当てられて、おかしくなったのか?
「待たせてしまったかしら?」
「い、いいや……………」
「?」
そうこうしているうちにクレア達も到着し、みんなで祭りを楽しむことになった。
流石に時間が掛かっていただけあって、みんなとてもよく似合っており、やはり道行く男達は彼女達に目を奪われていた。
そう。
そうなのだ。
今までだったら、俺も間違いなく彼女達に対して顔を赤くしながらもチラチラとその浴衣姿を盗み見ていたはずだった。
しかし、何故かは分からないが……………
「あ、拓也先輩!あれ、りんご飴ですかね?」
俺の目は優梨奈から少しも離れることがなかったのだった。
★
射的や金魚すくい、屋台の食べ物を買って分け合ったりなど、いわゆる定番と呼ばれる夏祭りの楽しみを味わいつつ歩いてゆく。
その際、みんなが心の底から楽しんでいるのが伝わってきて、俺も気が付けば、その輪の中に入って笑っていた。
やはり、みんなももうすぐ夏休みが終わってしまうのが寂しいのだろう。
だから、この夏を最後の最後までしっかりと楽しんでいるような気がした。
そして、そうしていると人混みもどんどんと増してきて……………
「あっ!?」
「優梨奈っ!!」
俺は思わず、ぶつかってよろけてしまった優梨奈の手を取った。
「た、拓也先輩…………」
「危ないし、迷子になるから。しばらく、このまま我慢してくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
下駄ではこの中を歩くのは至難だろう。
俺は絶対にこの手を離すまいと少し強く握って、振り返った。
「お前らもこの人混みだから気を付けて………………」
とみんなへ向かって呼び掛けたところで気が付いた。
「あれ?みんな、どこに行った?」
まずい。
こういったところで一番やらかしてはいけない行為………………そう。
はぐれるということをしてしまったのだった。
「はい」
「ありがとうございます」
人気のない神社の縁側に腰掛ける優梨奈へさっき屋台で買った飲み物を渡す。
あれから、俺達は周囲を軽く見渡したのだがみんなを発見することができなかった。
しかし、連絡があり、それぞれが無事であることを確認できた為、こうして、一緒にどこかで休憩することにしたのである。
しかし、その途中で優梨奈の履く下駄の鼻緒が切れてしまったのでそこからは俺が背負ってここまできたのだった。
「今頃、みなさんはどうしているんでしょうか?」
「さぁな。でも、あいつらのことだ。きっと各々で楽しんでるんだろ」
「そうですよね………………もしかしたら、二人きりとかになって、そのままの流れで一緒に行動してるかも………………私達みたいに」
「っ!?」
上目遣いでこちらを見上げてくる優梨奈にいつもとは少し違う雰囲気を感じ、俺は思わずドキッとした。
な、何なんだ一体……………
「そ、そりゃあ確率でいったら、その可能性もなきにしもあらずというか」
「そして、私達みたいに人気のない静かな場所でこうしているとか」
「ゆ、優梨奈!?お、お前は一体何を言ってるんだよ」
「私、変なこと言ってますか?事実しか言ってませんよ?」
その台詞は立ち上がった優梨奈が俺の耳元で囁くように言ったものだった。
俺達以外は誰もいないこの場所。
ほぼ密着したようなこの態勢だと月に照らされて二つの影が浮かび上がる。
もう夏も終わりが近い。
気が付けば暑さも段々と和らぎ、蝉の声も少なくなっていた。
「お、おい。優梨奈、いい加減に………………ん?」
俺がこの状況に居た堪れなくなりそうになったまさにその時、不意に風が吹き、それに乗ってどこからか音が聞こえてきたような気がした。
これは……………尺八か?
「あっ!拓也先輩、あれ!!」
そんな中。
優梨奈も何かに気が付いたのか、夜空を指差し、何やら声を上げていた。
「えっ!?」
それにつられるようにして、俺も夜空へと目を向ける。
すると、ヒュルルルッ~という音と共にどこからか打ち上げられた筒のようなものが上空で破裂して、そこに大輪の真っ赤な花が咲いた。
「……………綺麗ですね」
「……………綺麗だ」
それは美しく壮大な花火だった。
そういえば、蒼祭りにおいて、最大のイベントといえば後半になって開かれる花火大会だった。
毎年、多くの人々が訪れているのもそれが目的の大半な程であり、友人や家族連れ、はたまたカップルなど老若男女問わず、魅了してきた。
「「………………」」
現に俺達もその花火に魅せられた者達だった。
次々に打ち上げられる色とりどりの花火を見ては声に出すことこそしなかったものの、しっかりと感動に打ち震えていた。
「……………拓也先輩」
「ん?」
「私、あなたと一緒に過ごした今日のこと、絶対に忘れませんよ………………絶対に」
真っ直ぐ夜空へと顔を向けたまま、そう口にする優梨奈。
その表情からは彼女が一体何を考えているのか、分からなかったが、一つだけ確かなことがあった。
それは俺も似たようなことを考えていたということ。
「そうか」
優梨奈のそんな様子を横目で見ながら、思った……………この時の彼女の表情を俺は絶対に忘れないだろうと。
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