窓際の君

気衒い

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〜現代編〜

第六十五話:蒼最祭3日目/ロミオとジュリエット2

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「……………もう朝か」

 あの後のことはよく覚えていない。

 どうにかして家に辿り着いた俺は食事や風呂など必要最低限のことを済ませ、気が付けばベッドに横たわっていた。

 とはいっても眠気などあろうはずがない。

 何をしていても頭の中はクレアのことで一杯だった。

「長月に告白された時、俺の頭の中に真っ先に浮かんだのはクレアの悲しそうな表情だった……………そして、その後に聞かされたクレアと神無月が婚約者であるという話……………そこで俺が感じたのは胸がザワザワとする感覚だった……………となると」

 このようなことがずっと頭の中を巡り、結果、俺は自分の本当の気持ちに辿り着くことができた。

 それが今朝のこと。

 どうやら、いつのまにか夜が明けていたらしい。

「人生で初めてだ……………一睡もせず、そのまま朝になってるのは……………でも、まぁ」

 俺は頬をパチンと叩くと覚悟を決めた。

「人生で一番スッキリしてるわ」






       ★





「もったいないな……………学園でも一、二を争う人気者を振るなんて」

「ああ。正直、人生で一番の幸運が舞い降りたかもしれないのにな」

「しかもお前が一年以上片想いをしていた相手からの告白だぞ?」

「だよな………………あ、悪いな。今まで協力してもらってたのに」

「いや、特に何もしてねぇし、俺は別にいいんだけどよ………………本当に良かったのか?」

「ああ。後悔はしていない。むしろ、長月には悪いが、そのおかげで俺は一番大切だと思えるものに気が付くことができた」

「拓也……………」

「本当、感謝してもしきれねぇよ」

「じゃあ、お礼を頂こうかな?」

「「っ!?」」

 俺達は突然、割り込んできた声に驚いて思わず固まってしまった。

 なんせ、今話題に上がっていた人物が目の前に現れたのだから……………あれ?前にもこういうことあったよな?

「おはよう如月くん、睦月くん」

「お、おはよう」

「おぅ」

 俺達は咄嗟に互いに目を合わせ、アイコンタクトを図ろうとしたが、それも長月によって阻止されてしまった。

「あ~!二人だけで意思疎通を図るなんて、ずるいよ!」

「いや、そういう訳じゃ………………って、それよりも!今、言ってたことだけど」

「ん?お礼の話?」

「あ、ああ。ちなみに俺達の話は一体どこから聞いてたんだ?」

「ん~…………内緒!それより、お礼か~何がいいかな~?」

「あの~…………長月さん?できれば、俺のできる範囲でのことで頼みたいんですけど」

「大丈夫だよ!そんな無理難題は言わないから!」

「そ、そうだよな!長月がそんな酷いこと、頼む訳が」

「私、今日体調が悪いのね?」

「ん?あ、ああ。それはご愁傷様?お大事に?」

「ありがと……………で、二回目の公演まではどうにか頑張るから、三回目の公演……………私の代わりにロミオ役をお願いしてもいい?」

「……………は?」

 思わず、朝から暗雲が立ち込めた気分だった………………ってか、よくよく考えたら何で俺達、普通に話せてるんだ?

 昨日の今日だぞ……………まぁ、いいか。

 そんなことよりも俺がロミオ役ということに………………俺がロミオ役だと!?





       ★




 三回目の公演間近。

 俺は憂鬱な気分で列の整理をこなしていた。

 流石に最後の公演だとお客さんが多いなと感じると共に俺の頭の中はロミオ役を演じるということで一杯だった。

 確かに長月の練習を見てきて、台詞も頭に入っている。

 とはいえ、これだけのお客さんを前にして、最終日の最後のロミオを演じなければならないのだ。

 昨日、俺が長月を褒めたように表舞台で演技をするということはそれだけで大変だ。

 しかも最後の公演ではより一層、緊張感が漂っている。無理もない。

 お客さんによる期待とこちら側のピリピリ、それらが合わさっているのだから。

「はぁ…………」

 当然、ため息も出る。

 ところが、それを耳聡く聞きつけた者がいた。

「なぁ~に、ため息なんか出してんだ少年」

「そりゃ、ため息の一つでも出るでしょ…………って!?」

「よっ!」

「エセ外国人!?」

「エセは余計だな。それに外国人じゃないし、ハーフだし」

「………………」

 それはいつかのあの日、日本語が喋れるのに英語で道を尋ねてきた変わり者の銀髪美人だった。

「おっ、変わり者っていう評価は悪くないな」

「また心を読まれた!?」

「少年は顔に出やすいからな」

「俺は少年って名前じゃないです」

「んなの知ってるよ。でも、自己紹介してないからな」

「あ……………確かに」

「まぁ、んな細かいことはどうだっていいけどさ」

「細かくないです」

「ここが最後尾だろ?」

「ええ。そうですね。ちなみにチケットはあと三名分です……………まぁ、とはいっても座席はもう埋まってるんで立って見て頂くことになりますが」

「おっ、それならちょうど良かった……………父さん、母さん!空いてるってよ!!」

「……………お父さんとお母さん?」

 俺は思わず、目を凝らしてその女性が呼び掛けた方を見てみた。

 すると、向こうから以前見たことのある人達が現れたのだった。





       ★





 他はどうか知らんが、俺達の"ロミオとジュリエット"では最初、ロミオとジュリエットそれぞれの独白から物語は進行していく。

 そこで各々の家の問題やロミオ達の抱える感情、二人の間に一体どんな壁があるのかが描かれ、中盤へと突入していくこととなる。

 ロミオとジュリエットが初めて出会うシーンに差し掛かるまではお互いが交互で舞台へ出ていくという構成であり、どちらかが舞台に上がっている時、もう片方は舞台の裏で休んでいるという仕組みだった。

 その際、演技をよりリアルなものにする為にロミオ役とジュリエット役は舞台上以外では接触しないようにし、演者が役の中へと入り込めるよう気遣いがなされていた。

 しかし、今はその気遣いが却って仇となっていた。

 なんせ、現在舞台で演じているクレアは俺が長月の代わりにロミオ役を演じることを知らない。

「っ!?……………あ、あなたは一体」

 だからこそ、こうしてクレアは驚いてしまうのである。

 まぁ、おかけで演技に臨場感が出ていいけど……………本当にいいのかな?

「僕かい?僕の名前はロミオ!君は?」

「わ、私はジュリエットと申します」

「ジュリエット!なんていい名前なんだ!美しい君によく似合っているよ!」

「う、美しいっ!?」

 まずい。

 完全にテンパってる……………仕方ない。

「ああ!この世のどんなものも君には遠く及ばない!それこそ、世界最高峰の職人と世界最高峰の材質がコラァァァボした宝石だって、君の前では霞んでしまうだろう!え?そうだろう?」

「……………いや、それ本人に直接訊くもん?」

 俺達の急なアドリブに笑いが起きる客席。

 中には初日にも訪れた人がいたらしい。

 だからこそ、アドリブだと分かったのだろう。

 まぁ、それでなくともおちゃらけたキャラでは決してないロミオが急に巻き舌とハードボイルドで攻めれば、違和感はあるか。

 裏方をチラッと見れば、みんな頭を抱えていた………………すまん、お前ら。

「では私はこれで」

「えっ!?もう行ってしまわれるの!?私、あなたのキャラがまだ掴めてないんだけど。あと、こんなの台本にないんだけど」

 またもや笑いが起きる。

 クレアの奴、少し慣れてきたな。

「男ってのは多少、ミステリアスな方がいいってもんだろ?」

「いや、今のあなたはミステリアスとはちょっと違うと思うんだけど……………あと、普通は自分で自分のことをミステリアスって言わないと思うんだけど」

「おっ、変わり者って評価は悪くないな?」

 その言葉を聞いた瞬間、どこかの客はニヤリと笑った気がした。

 すんません。言葉、もらいました。

「とにかく、私は行く。さらばだ!!シュバッ!!」

「いや、自分で効果音言うのダサッ!!」

 このタイミングで俺は今もなお笑いで包まれた舞台から去っていった……………
どうしよう?後でクレアに怒られるかな?……………ま、まぁ、やっちまったもんは仕方ない。ここから先はなるようにしかならんだろ。

「よし」

 俺は再び、気合いを入れ直し、後に備えた。







 いよいよ、クライマックスだ。

 俺とクレアは舞台上で最後の演技を終える為、同時に出て行った。

 そこへ突き刺さるお客さんの期待した視線………………うん。

 アドリブはもうしないから。

 絶対にしないから!だから、後方で腕組んでニヤニヤするのやめろ、エセ外国人!!

「色々と言いたいことはあるけれど……………」

 ん?それはジュリエットがロミオに?それとも……………

「今まで私を助けてくれて、ありがとう」

「っ!?」

 ジュリエットの……………いや、クレアのその笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが弾けるのを感じた……………しかし、物語的には別に矛盾していない。

 単に俺の勘違いなだけだ。

 でも、もしそうじゃなかったら?いや、でも……………あれ?俺は一体誰に言い訳しているんだ?

「一体、何のことやら」

 とりあえず、ここはおどけてみる。

 そうすれば、クレアの真意も分かるかもしれない。

 まぁ、どうせ俺の考えている通りな訳……………

「あなたと初めて出会った時、私は衝撃を覚えた。あなたは私にはないものを沢山、持っているし知っている。そして、あなたはそれらを私に教えてくれる。私の日常は知らないことが多い日々から、徐々に知らないことが少ない日々へと変化していった……………でもね、それでも最近どうしても知らない……………分からないことがあるの」

 こ、これはジュリエットの心の訴えだ。

 だ、だから決して思い違いをするんじゃない。

 今までだって、こんな勘違いや妄想はあっただろう?いいか、如月拓也?お前ができることはただ一つ。

 それは…………全力でロミオを全うすることだけだ。

「それはあなたの……………あなた自身のこと。私はあなたのことをもっとよく知りたいの……………拓也……………ボソッ」

「って、できるかぁ~~~!!!」

「拓也!?」

「いや、もう名前呼んでんじゃん!!それにずるいって!!そんな表情されたら、俺もう……………」

「拓也!落ち着け!舞台をめちゃくちゃにする気か!!……………ボソッ」

 遠くから圭太が何やら言っている。

 しかし、そんなの今の俺が気にする余裕はないし、どうせ大したことじゃないだろ。

 もう知らん。俺は止まらんぞ!!

「何が婚約者だ!俺はそんなの認めんぞ!!お前はそんな奴の元にいきたいと本当に思っているのか!!」

 すまん、神無月。

 そんな奴呼ばわりしちまった。

 でもよ、俺もう止まれねぇんだ。

 一度溢れた水は元には還らないんだ。

「えっ!?何でそのこと……………」

「俺が何も知らずにのうのうと学園生活を送っていると思ったか?そんな訳ないだろ!!お前が俺のことを知りたいように俺だって、お前のことを知りたいんだよ!!ってか、最近は特に知ろうとしている!!」

「拓也……………」

「婚約者が時代錯誤とか、そこまで言う気はねぇよ。でもな、当人同士の意思を無視した婚約なんてクソ喰らえだ!分かったか、そこのバカ親が!!」

「ぷぷっ、バカ親だって…………」

「くっ……………」

「全く……………何て無礼なのかしら」

「だが、反論できん」

「あんた達のことをそう言えるのって限られた人だけだよね~………………やっぱり、あの少年、好きだわ」

 俺の言葉に対し、三人組がぶつぶつと何か言っている。

 まぁ、こんな失礼なこと言ってればな……………だが、俺は間違ったこと言ってないぞ!

「あ、あのね拓也…………」

「お前はどうなんだよ、ジュリエット!お前の気持ちは!!お前は婚約話に賛成なのかよ!!」

「わ、私!?……………ってか、ジュリエットって……………取り繕ってももう無駄だと思うけど」

「茶化すな!!」

「え~……………うん。もちろん、婚約は嫌だけど」

「だろ!!」

「いや、でもね拓也」

「俺はロミオだ!!」

「うわ、面倒臭っ……………えっとね、ロミオ」

「ん?何だ?」

「実はその婚約話なんだけど……………」

「俺の気持ちか?俺ももちろん嫌だぞ!!」

「いや、別にあなたの気持ちを訊いている訳じゃ……………って、えっ!?」

「お前に婚約者がいると聞いた時、胸がザワザワとした。そのことを考えれば考える程、胸が張り裂けそうなくらいの痛みを覚えた。現に昨日はずっとそのことを考えていて、一睡もしていない!!だから、今日は徹夜明けだ!!」

「うわ、テストでもないのによくやるよ」

「それであのテンションか」

「あの子の方がバカでしょ」

 何やらまた例の三人組がぶつぶつ言っている。

 何だ?俺のことを崇めているのか?

「でも、後悔はしていない!!お前のことを考えている時、俺は心が痛みを覚えるのと同時に幸せな気持ちになった!!そして、その時に気が付いたんだ!俺の本当の気持ちに!!」

「た、拓也…………?」

「俺はいつまでもお前の笑顔を側で見ていたい!俺、如月拓也は霜月クレアのことが……………」

「拓也!!」

「っ!?」

 それは今まで聞いた中で最も大きいクレアの声だった。

 結果、俺は思わず、驚いてその場で固まってしまった。

「せっかくの良いところを遮ってごめんなさい。でも、この状態で続きを聞くのはフェアじゃないから……………あなたを騙しているみたいで私が私を許せないの」

「………………騙している?」

「そう。実は今回の婚約話なんだけど……………」

 そこでクレアは深呼吸をするとゆっくりとこう言い放った。

「既に白紙になっているの」







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