25 / 41
学園編
黒星
しおりを挟む
「おい、そこにいるのはリリシアか?なんだ、お前。生徒会役員からいじめでも受けてるのか」
聴きたくも思い出したくもなかった声の主は、ニヤニヤと笑いながら、回廊の恥からこちらを見ていた。
「トマス君」
「あ~あ、きったねえなあ。水に滴っても全然色気ねえわ」
何がおかしいのか、そう言って大笑いをするトマス君を見て、アンナルチアは白けた目を向け、オリビアに向き直った。
「オリビアさん、着替えは持っていらっしゃる?」
「は、はい、あの、寮に住んでいるので、部屋に戻れば制服の予備があります」
「そう、それじゃ、風邪を引く前にあなたは着替えていらっしゃいな」
「えっ。で、でも…」
「大丈夫よ。あ、あと緑化委員の担当の先生にも何があったのかお話ししてくださる?」
「えっ……」
「あはは、それは無理よねえ、オリビア。だってこれで問題を起こしたらあなたもう学園にいられないもの」
リリシアに言われて、オリビアは青ざめた。それを見たアンナルチアは憶測する。恐らくはいじめを受けていたことを正直に教師にも生徒会にも言えず、自身で罰を受けとめていたのではないかと。黒星三つで学園は強制退学になる。オリビアにはもう後が無いのだ。
「オリビアさん」
「あ、アンナルチアさん、私…っ」
オリビアは泣きそうな顔でアンナルチアを見て、唇を噛み締めた。
「オリビアさん、学園で生徒の立場はみんな平等なのよ。男の子も女の子も、家格の高低も気にする事はないって知ってるわよね?」
「あ……」
少し俯きながらもチラチラとリリシア達の方に視線を向けるということは、オリビアは知っている、でも気にせずにはいられない、あるいは脅されて萎縮してしまったという事だろう。学園を強制退学させられるということは、貴族としても令嬢としても恥になる。王都で仕事につくことも難しくなるし、婚姻すら難しくなるかもしれない。
「なあ、知ってるか?そいつが黒星もらったの、乱れた男女交際のせいだって。そこにいるミネルヴァの婚約者と怪しいことしてたんだよなあ?おかげでミネルヴァとケヴィンの婚約をダメにしたんだもんな」
ケヴィン……どこかで聞いた名前。アンナルチアが首を傾げ記憶を辿ると入学式の事件にたどり着いた。見習い剣士のケヴィン・ラドラー子爵令息。あの日、トマスの後ろに立っていた男だ。アンナルチアのブラックリストの一人だったが、最近はトマスとも距離を置いて別行動をしていたはず。真面目に訓練場で練習しているのをよく見るし、アルヴィン先輩も筋がいいと褒めていた。
馬鹿にしたようなニヤけた笑いをするトマスとふん、と腕を組み顎を上げるミネルヴァを見る。少し悔しげな顔のミネルヴァを見る限り、不本意な解消だったのだろうか。
「ま、ミネルヴァもあいつじゃ物足りないって言ってたし、オリビアとお似合いだとは思うけどな。二人揃って黒星二つももらってんじゃ、仲良く退学も近いかもしれないなあ。大体、俺と一緒に行動してればこんなことにはならなかったのに、あいつも馬鹿だよな」
なるほど。想像でしかないが、ケヴィンはおそらく騎士を目指していて、親に怒られたか、自分で気が付いたかして、トマスを見限って真面目になろうとした。それを面白くないと思ったトマスが何か画策した、というところだろう。
もう少し煽れば、トマスはペラペラと話してくれるだろう。
「ふうん。ケヴィン君ってマッコイ君と一緒にトマス君とよく一緒にいたわよね。最近二人とも君とは別行動をして、模範的な行動を取ってるって聞いたわ。やっぱり問題だらけの君といても得にはならないって気がついたからかしら?じゃなかったら今頃黒星三つもらって退学させられていたかもしれないものね」
ニヤついた顔から笑みが消え、眉を寄せて顔に熱がこもったトマスを見て、アンナルチアは内心呆れる。本当に単純だ。
「子爵令息ができの悪い男爵令息についていたって、なんの得にもならないもの、妥当よね?ミネルヴァさんも御愁傷様ね。このままいけば彼は将来きっと王宮騎士くらいにはなるでしょうに」
えっ、と驚いたような顔をするミネルヴァ。
「トマス君!ケヴィンってそんなに強かったの?」
「うるせえ、知るかよ!」
「だって『あいつは口先ばかりで全然強くない脳筋だ』っていうから、あんたの策に乗ったのに!オリビアの事だって……っ」
「黙れ!馬鹿野郎!」
カッとしたトマスはミネルヴァに向かって手を振り上げた。パンッと頬を打つ音が回廊に響き、次の瞬間、ドッと倒れる音がした。
そこには頬を打たれ、倒れたアンナルチアがいた。
「あっ………!」
トマスは呆然と倒れたアンナルチアを見下ろしている。まさか、ミネルヴァを庇って飛び込んでくるとは思わなかったのだ。それを見て、リリシアも取り巻きのアシュレイも、たちすくんでいたオリビアもミネルヴァも目を見張った。
「と、トマス君……!あ、あなた達、行くわよ!」
いち早く我に返ったリリシアは、アシュレイとミネルヴァに声をかけ踵を返した。だがミネルヴァはあんなルチアを見てトマスを見て、ようやく何が起こったのか理解した。トマスがミネルヴァに対して手を挙げ、代わりにアンナルチアが打たれたのだと。
「お、お前が悪いんだ!余計なことを言うから!」
トマスがミネルヴァを睨みつけ、手を伸ばした。この後に及んで、まだミネルヴァを傷つけようと言うのか。ミネルヴァはひっと体を竦め、後ずさる。
「トマス・ベッカー!やめなさい!」
「なっ」
アンナルチアの威圧的な声と同時に、トマスの体が横に転がった。突然のことにリリシア達も立ち止まったまま、ミネルヴァも動けずトマスの転がった先を見る。
アンナルチアがゆっくりと立ち上がり、血の滲む唇を拭き取った。
「みなさん、見ましたね?これはトマス・ベッカーが殴った跡。女生徒に先に手を挙げたのはトマス君です。どんな理由があるにしろ、武器を持たない生徒に対し暴力を振るうのは校則違反です。私は生徒会役員としてこれに対処する責任があります。それから、アシュレイ嬢。あなたが私とオリビアさんに水をかけた事もきっちり報告します。言い訳はありますか」
「わ、私!私はリリシア様に命令されて!ほ、本当はこんな事っ!」
「な、何を言うの!水をかけろなんて命令した覚えはないわよ!」
焦って叫ぶリリシアとアシュレイに、トマスが咆哮した。
「うるせえ、うるせえ、うるせえ!てめえらは黙ってろ!!俺が黙らせてやる!」
転ばされた事に頭に血が上ったトマスがガバッと立ち上がり、アンナルチアに飛びかかった。
====================
更新遅くなりました。すみません。週末ってうっかりしちゃいますよね。
聴きたくも思い出したくもなかった声の主は、ニヤニヤと笑いながら、回廊の恥からこちらを見ていた。
「トマス君」
「あ~あ、きったねえなあ。水に滴っても全然色気ねえわ」
何がおかしいのか、そう言って大笑いをするトマス君を見て、アンナルチアは白けた目を向け、オリビアに向き直った。
「オリビアさん、着替えは持っていらっしゃる?」
「は、はい、あの、寮に住んでいるので、部屋に戻れば制服の予備があります」
「そう、それじゃ、風邪を引く前にあなたは着替えていらっしゃいな」
「えっ。で、でも…」
「大丈夫よ。あ、あと緑化委員の担当の先生にも何があったのかお話ししてくださる?」
「えっ……」
「あはは、それは無理よねえ、オリビア。だってこれで問題を起こしたらあなたもう学園にいられないもの」
リリシアに言われて、オリビアは青ざめた。それを見たアンナルチアは憶測する。恐らくはいじめを受けていたことを正直に教師にも生徒会にも言えず、自身で罰を受けとめていたのではないかと。黒星三つで学園は強制退学になる。オリビアにはもう後が無いのだ。
「オリビアさん」
「あ、アンナルチアさん、私…っ」
オリビアは泣きそうな顔でアンナルチアを見て、唇を噛み締めた。
「オリビアさん、学園で生徒の立場はみんな平等なのよ。男の子も女の子も、家格の高低も気にする事はないって知ってるわよね?」
「あ……」
少し俯きながらもチラチラとリリシア達の方に視線を向けるということは、オリビアは知っている、でも気にせずにはいられない、あるいは脅されて萎縮してしまったという事だろう。学園を強制退学させられるということは、貴族としても令嬢としても恥になる。王都で仕事につくことも難しくなるし、婚姻すら難しくなるかもしれない。
「なあ、知ってるか?そいつが黒星もらったの、乱れた男女交際のせいだって。そこにいるミネルヴァの婚約者と怪しいことしてたんだよなあ?おかげでミネルヴァとケヴィンの婚約をダメにしたんだもんな」
ケヴィン……どこかで聞いた名前。アンナルチアが首を傾げ記憶を辿ると入学式の事件にたどり着いた。見習い剣士のケヴィン・ラドラー子爵令息。あの日、トマスの後ろに立っていた男だ。アンナルチアのブラックリストの一人だったが、最近はトマスとも距離を置いて別行動をしていたはず。真面目に訓練場で練習しているのをよく見るし、アルヴィン先輩も筋がいいと褒めていた。
馬鹿にしたようなニヤけた笑いをするトマスとふん、と腕を組み顎を上げるミネルヴァを見る。少し悔しげな顔のミネルヴァを見る限り、不本意な解消だったのだろうか。
「ま、ミネルヴァもあいつじゃ物足りないって言ってたし、オリビアとお似合いだとは思うけどな。二人揃って黒星二つももらってんじゃ、仲良く退学も近いかもしれないなあ。大体、俺と一緒に行動してればこんなことにはならなかったのに、あいつも馬鹿だよな」
なるほど。想像でしかないが、ケヴィンはおそらく騎士を目指していて、親に怒られたか、自分で気が付いたかして、トマスを見限って真面目になろうとした。それを面白くないと思ったトマスが何か画策した、というところだろう。
もう少し煽れば、トマスはペラペラと話してくれるだろう。
「ふうん。ケヴィン君ってマッコイ君と一緒にトマス君とよく一緒にいたわよね。最近二人とも君とは別行動をして、模範的な行動を取ってるって聞いたわ。やっぱり問題だらけの君といても得にはならないって気がついたからかしら?じゃなかったら今頃黒星三つもらって退学させられていたかもしれないものね」
ニヤついた顔から笑みが消え、眉を寄せて顔に熱がこもったトマスを見て、アンナルチアは内心呆れる。本当に単純だ。
「子爵令息ができの悪い男爵令息についていたって、なんの得にもならないもの、妥当よね?ミネルヴァさんも御愁傷様ね。このままいけば彼は将来きっと王宮騎士くらいにはなるでしょうに」
えっ、と驚いたような顔をするミネルヴァ。
「トマス君!ケヴィンってそんなに強かったの?」
「うるせえ、知るかよ!」
「だって『あいつは口先ばかりで全然強くない脳筋だ』っていうから、あんたの策に乗ったのに!オリビアの事だって……っ」
「黙れ!馬鹿野郎!」
カッとしたトマスはミネルヴァに向かって手を振り上げた。パンッと頬を打つ音が回廊に響き、次の瞬間、ドッと倒れる音がした。
そこには頬を打たれ、倒れたアンナルチアがいた。
「あっ………!」
トマスは呆然と倒れたアンナルチアを見下ろしている。まさか、ミネルヴァを庇って飛び込んでくるとは思わなかったのだ。それを見て、リリシアも取り巻きのアシュレイも、たちすくんでいたオリビアもミネルヴァも目を見張った。
「と、トマス君……!あ、あなた達、行くわよ!」
いち早く我に返ったリリシアは、アシュレイとミネルヴァに声をかけ踵を返した。だがミネルヴァはあんなルチアを見てトマスを見て、ようやく何が起こったのか理解した。トマスがミネルヴァに対して手を挙げ、代わりにアンナルチアが打たれたのだと。
「お、お前が悪いんだ!余計なことを言うから!」
トマスがミネルヴァを睨みつけ、手を伸ばした。この後に及んで、まだミネルヴァを傷つけようと言うのか。ミネルヴァはひっと体を竦め、後ずさる。
「トマス・ベッカー!やめなさい!」
「なっ」
アンナルチアの威圧的な声と同時に、トマスの体が横に転がった。突然のことにリリシア達も立ち止まったまま、ミネルヴァも動けずトマスの転がった先を見る。
アンナルチアがゆっくりと立ち上がり、血の滲む唇を拭き取った。
「みなさん、見ましたね?これはトマス・ベッカーが殴った跡。女生徒に先に手を挙げたのはトマス君です。どんな理由があるにしろ、武器を持たない生徒に対し暴力を振るうのは校則違反です。私は生徒会役員としてこれに対処する責任があります。それから、アシュレイ嬢。あなたが私とオリビアさんに水をかけた事もきっちり報告します。言い訳はありますか」
「わ、私!私はリリシア様に命令されて!ほ、本当はこんな事っ!」
「な、何を言うの!水をかけろなんて命令した覚えはないわよ!」
焦って叫ぶリリシアとアシュレイに、トマスが咆哮した。
「うるせえ、うるせえ、うるせえ!てめえらは黙ってろ!!俺が黙らせてやる!」
転ばされた事に頭に血が上ったトマスがガバッと立ち上がり、アンナルチアに飛びかかった。
====================
更新遅くなりました。すみません。週末ってうっかりしちゃいますよね。
0
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。
拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。
一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。
残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。
愛することはないと言われて始まったのですから、どうか最後まで愛さないままでいてください。
田太 優
恋愛
「最初に言っておく。俺はお前を愛するつもりはない。だが婚約を解消する意思もない。せいぜい問題を起こすなよ」
それが婚約者から伝えられたことだった。
最初から冷めた関係で始まり、結婚してもそれは同じだった。
子供ができても無関心。
だから私は子供のために生きると決意した。
今になって心を入れ替えられても困るので、愛さないままでいてほしい。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる