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乱入者
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この条件で婚約を受け入れれば、アンナルチアの人生は閉ざされたと言ってもいい。だが、伯爵家は安泰だろう。弟のルカも昨年学園に入学し、父の後を継ぐために必死で勉強をしている。5つ下の弟のケインの学園費も心配することは無くなるから、アンナルチアがそこまで必死に働く必要もなくなる。両親も領地に引きこもらずとも、また王都でタウンハウスを持つ余裕も出るだろう。
「……ルーク様はこのことをご存知なのでしょうか」
「ああ。もちろん彼も了承の上だ」
「えっ?」
(本当にルークが了承したというの?第二王子の側近で王宮騎士になり、国王陛下の護衛騎士を目指していたあの人が、公爵夫人の男妾なんて日陰者になると?)
「エドモントン伯爵令息様には、夢があるはずです。それを諦めさせて、私ごときの男妾にすると?」
「人聞きが悪いなあ。君を薦めてきたのは彼の方だよ」
「まさか」
「アンナルチア嬢が公爵家に嫁ぐなら、男妾だろうと何だろうとなってやると言ってたな。ずいぶん想われているようじゃないか。だから私は、可愛い生き別れた弟のために一肌脱いだんだ。そうじゃなきゃ、たとえ建前だけでも私は女と結婚なんてーー失敬ーーしないからね」
サイモンの思わぬ発言にアンナルチアは顔をあげ、惚けた顔をした。徐々に頬に熱がこもる。ルークが学園を卒業したあの日、言われた言葉を思い出す。
ーー影に日向に、貴女が向かうところに僕もいる。
「だから、問題はないはずなんだよ。さあ、良い返事を聞かせてくれないか」
ルークと共に生きる夢を、今までどれほど見たか。何度も何度も諦めて、貧乏伯爵家の娘である自分と、第二王子の側近であり護衛騎士の彼とでは、釣り合いが取れないと自分に言い聞かせて。
ーー貴女が見つめる未来を、共に見つめたい。
私も同じ未来を見つめていたかった。だけど、私が返事をするよりも早く、あの噂が流れたんだ。
「ですが、彼にはご婚約者がいたはずです」
そう。リリシア・ランドール侯爵令嬢が。アマリア様の妹君が彼を射止めたのは、私がまだ学園に在学中の時だった。アンナルチアと同年のリリシア様がルークを見初め、お家同士の話し合いがなされたと。ルークがまだ特別学科で王国騎士道を学んでいた頃、そんな噂が流れたんだった。そしてリリシア様が勝ち誇った様な顔をされて、彼は私を避けるようになった……。
「ああ、あの売女…いや、アマリア嬢の妹君のことか。彼女は三月ほど前、どこかの男爵家に嫁いだよ。だからルークとの婚約は解消されたはずだ」
「は?」
今、売女と言いました?さては、ピラニア予備軍でしたか。
「ここだけの話、下品な言い方だが。リリシア嬢はかなりのアバズレで、顔さえ良ければ誰にでも股を開いていたと聞いたけど?すでに何処ぞの子を身籠ったからと結婚に至ったらしいよ」
「ええ!?」
「王宮では割と有名な話なんだけどね。私にも擦り寄って来たし。君はもう少し噂話に敏感にならないと、足元を掬われるよ。まあもしかしたら、侯爵家から箝口令でも出されていたのかな。身内の恥だしね」
いつの間にそんなことに。アンナルチアは噂話に疎いわけではないが、リリシア嬢がルークの婚約者だと思っていたせいか、彼女に関する噂は殊更避けていたこともある。学園でも鬱陶しいほど絡まれた覚えがあるから、苦手意識もあったのだ。
「だから、もう何の問題もないでしょう?さっさと了解してしまってよ。じゃないと私も色々……」
サイモンがそこまで言いかけた時、コンコンとノックの音が執務室に響いた。
「なんだ」
今まで緩やかに(?)会話をしていたサイモンの声が、急に仕事用のものに変わる。
「サイモン卿、ドイル公爵夫人が面会にお見えですが、お時間はよろしいでしょうか」
「母上か…。わかった。お通しして」
「は」
官吏が去ると、サイモンは立ち上がり、身だしなみを整えふう、と一息つき緊張した面持ちでアンナルチアを見下ろした。
「君は黙って笑っててくれればいいから。余計なことは言わないでくれ」
「……はい」
マリエッタ・ドイル公爵夫人は恐ろしく美人だ。40代半ばという年齢を物ともせず、真っ赤なドレスでも優美に着こなすと聞いた。常に貴婦人としての礼を取り、貴族の仮面を外したことがないとか。子息であるサイモンが緊張するくらいなのだから、子供の前でも貴族然としているのだろうか。
「入るわよ、サイモン」
アンナルチアも緊張気味に立ち上がり、背筋を伸ばした。
「……母は許しませんよ」
入室してアンナルチアを見るなり、開口一番ドイル公爵夫人はそういった。淑女の礼を取ろうとしていたアンナルチアは、ピキリと固まる。
「こんな幼気な令嬢を喰いものにするとは、我が息子として許し難い暴挙に出たわね」
アンナルチアがここにいる理由を既に知っていたのか、公爵夫人はギロリとサイモンを睨みつけた。
「は、母上…」
「貴女。ヴィトン伯爵家のお嬢さんと聞きましたが、そうなのかしら」
「は、はい。アンナルチアと申します。お見知り置きを」
「ここで何をしていらっしゃるの?」
「は、あの…」
「母上、私が呼びつけたのです。少し…お話がありまして」
言い淀んだアンナルチアに、サイモンが助け舟を出す。『笑って黙ってろ』と言われたことを思い出し、頭を下げたまま、口を閉じた。
「男色の貴方が、嫁を取る必要などないでしょう」
いきなり落とされた爆弾発言に、サイモンはもとより、アンナルチアも再度固まった。
(え。サイモン様。お母様にバレてるじゃないですか!)
「……ルーク様はこのことをご存知なのでしょうか」
「ああ。もちろん彼も了承の上だ」
「えっ?」
(本当にルークが了承したというの?第二王子の側近で王宮騎士になり、国王陛下の護衛騎士を目指していたあの人が、公爵夫人の男妾なんて日陰者になると?)
「エドモントン伯爵令息様には、夢があるはずです。それを諦めさせて、私ごときの男妾にすると?」
「人聞きが悪いなあ。君を薦めてきたのは彼の方だよ」
「まさか」
「アンナルチア嬢が公爵家に嫁ぐなら、男妾だろうと何だろうとなってやると言ってたな。ずいぶん想われているようじゃないか。だから私は、可愛い生き別れた弟のために一肌脱いだんだ。そうじゃなきゃ、たとえ建前だけでも私は女と結婚なんてーー失敬ーーしないからね」
サイモンの思わぬ発言にアンナルチアは顔をあげ、惚けた顔をした。徐々に頬に熱がこもる。ルークが学園を卒業したあの日、言われた言葉を思い出す。
ーー影に日向に、貴女が向かうところに僕もいる。
「だから、問題はないはずなんだよ。さあ、良い返事を聞かせてくれないか」
ルークと共に生きる夢を、今までどれほど見たか。何度も何度も諦めて、貧乏伯爵家の娘である自分と、第二王子の側近であり護衛騎士の彼とでは、釣り合いが取れないと自分に言い聞かせて。
ーー貴女が見つめる未来を、共に見つめたい。
私も同じ未来を見つめていたかった。だけど、私が返事をするよりも早く、あの噂が流れたんだ。
「ですが、彼にはご婚約者がいたはずです」
そう。リリシア・ランドール侯爵令嬢が。アマリア様の妹君が彼を射止めたのは、私がまだ学園に在学中の時だった。アンナルチアと同年のリリシア様がルークを見初め、お家同士の話し合いがなされたと。ルークがまだ特別学科で王国騎士道を学んでいた頃、そんな噂が流れたんだった。そしてリリシア様が勝ち誇った様な顔をされて、彼は私を避けるようになった……。
「ああ、あの売女…いや、アマリア嬢の妹君のことか。彼女は三月ほど前、どこかの男爵家に嫁いだよ。だからルークとの婚約は解消されたはずだ」
「は?」
今、売女と言いました?さては、ピラニア予備軍でしたか。
「ここだけの話、下品な言い方だが。リリシア嬢はかなりのアバズレで、顔さえ良ければ誰にでも股を開いていたと聞いたけど?すでに何処ぞの子を身籠ったからと結婚に至ったらしいよ」
「ええ!?」
「王宮では割と有名な話なんだけどね。私にも擦り寄って来たし。君はもう少し噂話に敏感にならないと、足元を掬われるよ。まあもしかしたら、侯爵家から箝口令でも出されていたのかな。身内の恥だしね」
いつの間にそんなことに。アンナルチアは噂話に疎いわけではないが、リリシア嬢がルークの婚約者だと思っていたせいか、彼女に関する噂は殊更避けていたこともある。学園でも鬱陶しいほど絡まれた覚えがあるから、苦手意識もあったのだ。
「だから、もう何の問題もないでしょう?さっさと了解してしまってよ。じゃないと私も色々……」
サイモンがそこまで言いかけた時、コンコンとノックの音が執務室に響いた。
「なんだ」
今まで緩やかに(?)会話をしていたサイモンの声が、急に仕事用のものに変わる。
「サイモン卿、ドイル公爵夫人が面会にお見えですが、お時間はよろしいでしょうか」
「母上か…。わかった。お通しして」
「は」
官吏が去ると、サイモンは立ち上がり、身だしなみを整えふう、と一息つき緊張した面持ちでアンナルチアを見下ろした。
「君は黙って笑っててくれればいいから。余計なことは言わないでくれ」
「……はい」
マリエッタ・ドイル公爵夫人は恐ろしく美人だ。40代半ばという年齢を物ともせず、真っ赤なドレスでも優美に着こなすと聞いた。常に貴婦人としての礼を取り、貴族の仮面を外したことがないとか。子息であるサイモンが緊張するくらいなのだから、子供の前でも貴族然としているのだろうか。
「入るわよ、サイモン」
アンナルチアも緊張気味に立ち上がり、背筋を伸ばした。
「……母は許しませんよ」
入室してアンナルチアを見るなり、開口一番ドイル公爵夫人はそういった。淑女の礼を取ろうとしていたアンナルチアは、ピキリと固まる。
「こんな幼気な令嬢を喰いものにするとは、我が息子として許し難い暴挙に出たわね」
アンナルチアがここにいる理由を既に知っていたのか、公爵夫人はギロリとサイモンを睨みつけた。
「は、母上…」
「貴女。ヴィトン伯爵家のお嬢さんと聞きましたが、そうなのかしら」
「は、はい。アンナルチアと申します。お見知り置きを」
「ここで何をしていらっしゃるの?」
「は、あの…」
「母上、私が呼びつけたのです。少し…お話がありまして」
言い淀んだアンナルチアに、サイモンが助け舟を出す。『笑って黙ってろ』と言われたことを思い出し、頭を下げたまま、口を閉じた。
「男色の貴方が、嫁を取る必要などないでしょう」
いきなり落とされた爆弾発言に、サイモンはもとより、アンナルチアも再度固まった。
(え。サイモン様。お母様にバレてるじゃないですか!)
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