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ヴェルマニア王国と西の魔女
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ヴェルマニア王国の初代国王は、戦争に負けた無名の国の王子ヴェルマンだった。
命からがら逃げたものの、帝国の大魔導士から呪いをかけられてしまった王子は、セントポリオンの山に逃げ込み彷徨っていたところを、その山に住むという魔女に助けられた。魔女は魔法を使い、また薬の知識も豊富だったから、王子の呪いを解き、介抱し治療を施した。十分な体力と気力を取り戻したヴェルマンは山を下り、現地民と共にセントポリオンの山神を讃え、ヴェルマニアを建国した。そして世に知られたくないという魔女の願いを叶える代わりに、この国を敵国から守ってほしいと契約を交わした。魔女は初代国王と契約を結び、この契約が破られない限り国を守ることに同意したのだ。国王は魔女に王宮の西の土地を渡し、そこに魔女を住まわせていたという。
三百年ほど昔の建国記に載っている魔女が今も生きて居るかはわからないが、この国は守られて居るとエリザベスは感じていた。それが山神様なのか、魔女なのかはわからないが。
「…魔女様にお願いすれば、ハルバート様の体調も治るかもしれない」
西の魔女と聞けば、前人未踏の密林である。誰も入ることができない王家所有の土地。さまざまな説はある物のどれも想像でしかない。死の国につながっているだとか、魔界と繋がっているだとか。恐れをなして誰も近づかせないようにしたのなら、魔女様が住んでいてもおかしくはない。
エリザベスは意を決して、西の密林に向かった。年に一度の豊穣祭りで、この密林の入り口にある奉納殿に実りの品を捧げるのだ。エリザベスは密林に向かったものの、森に足を踏み入れることさえできない。見えない扉で遮られているかの様だった。だがエリザベスは諦めなかった。
密林の前で祈る様に膝を突き、頭を下げた。
「ハルバート様はこの国ただ一人の王子です。魔女様が長い間、護り続けた初代国王の血筋の者。ここで王家の血を滞らせるわけにはいきません。どうかお力を貸してくださいませ。国をお助けくださいませ」
七日七晩祈り続けたある満月の夜、密林がぽっかりと黒々とした口を開けた。まるで魔界に通じる暗黒のトンネルのように。そしてエリザベスの頭に声が響いた。
『この森に入る前に代償を捧げなさい。その代償は、お前の大切にしている物でなくてはならないが、アタシは悪魔じゃないから、命なんてものは受け取らないよ。生贄とかの血生臭いのもごめんだね』
エリザベスは逡巡し、それではと決意を新たにした。
「わたくしの髪ではどうでしょうか。生まれて十七年、一度たりとも切ったことはなく、大切にしてきたものでございます」
髪は女の命である。特に貴族令嬢にとって髪が長く美しくあることはそれだけ地位が高いことを表している。エリザベスの髪は月の光に例えられる様な銀色で豊かな艶があった。婚姻式には高く結い上げ、銀のティアラを乗せることを夢見ていたのだ。
『いいだろう』
お前の心意気を長さにして表せ、と声が告げた。
エリザベスは懐から護身用の短剣を取り出すと首の根あたりからバサリと切り落とした。短くなった髪が顎のあたりで揺れる。突然軽くなった頭に涙を堪え、これでハルバートが助かるのであれば安いものだと、思いを切り替える。髪はまた伸びるのだ。
『なかなか思い切りの良い子だね。気に入ったよ。入っておいで』
銀の髪は差し出したエリザベスの手からすうっと消えた。
ぽっかりと空いた密林の入り口に意を決して足を踏み入れると、そこは密林ではなく、綺麗に整えられた庭があり、小さな赤い屋根の家があった。
「まあ…」
これは魔法だろうか。帝国にあったものとはまた違う。青の国は魔道具を使って生活を豊かにしていたが、ここにあるのは、視覚を惑わす魔法だろうか。それともそこにあるものを隠す魔法だろうか。
その家の前で、老婆がゆり椅子に座ってキセルを吹かしている。黒い服に銀の髪を緩く編んでいた。目を細くしてこちらを見ているのは魔女か。ふとエリザベスは、あの銀の髪はわたくしの捧げ物かしら、と思う。
「それで?アタシに用事があったんだろう」
「は、はい、魔女様。実は…」
エリザベスはハルバートが倒れて立ち上がれないほどの容態になったあらましを話した。魔女は黙って頷きながら話を聞いていたが、ハッと笑って立ち上がった。
「ああ、とうとうアタシとの契約を破ったんだね」
「えっ?」
命からがら逃げたものの、帝国の大魔導士から呪いをかけられてしまった王子は、セントポリオンの山に逃げ込み彷徨っていたところを、その山に住むという魔女に助けられた。魔女は魔法を使い、また薬の知識も豊富だったから、王子の呪いを解き、介抱し治療を施した。十分な体力と気力を取り戻したヴェルマンは山を下り、現地民と共にセントポリオンの山神を讃え、ヴェルマニアを建国した。そして世に知られたくないという魔女の願いを叶える代わりに、この国を敵国から守ってほしいと契約を交わした。魔女は初代国王と契約を結び、この契約が破られない限り国を守ることに同意したのだ。国王は魔女に王宮の西の土地を渡し、そこに魔女を住まわせていたという。
三百年ほど昔の建国記に載っている魔女が今も生きて居るかはわからないが、この国は守られて居るとエリザベスは感じていた。それが山神様なのか、魔女なのかはわからないが。
「…魔女様にお願いすれば、ハルバート様の体調も治るかもしれない」
西の魔女と聞けば、前人未踏の密林である。誰も入ることができない王家所有の土地。さまざまな説はある物のどれも想像でしかない。死の国につながっているだとか、魔界と繋がっているだとか。恐れをなして誰も近づかせないようにしたのなら、魔女様が住んでいてもおかしくはない。
エリザベスは意を決して、西の密林に向かった。年に一度の豊穣祭りで、この密林の入り口にある奉納殿に実りの品を捧げるのだ。エリザベスは密林に向かったものの、森に足を踏み入れることさえできない。見えない扉で遮られているかの様だった。だがエリザベスは諦めなかった。
密林の前で祈る様に膝を突き、頭を下げた。
「ハルバート様はこの国ただ一人の王子です。魔女様が長い間、護り続けた初代国王の血筋の者。ここで王家の血を滞らせるわけにはいきません。どうかお力を貸してくださいませ。国をお助けくださいませ」
七日七晩祈り続けたある満月の夜、密林がぽっかりと黒々とした口を開けた。まるで魔界に通じる暗黒のトンネルのように。そしてエリザベスの頭に声が響いた。
『この森に入る前に代償を捧げなさい。その代償は、お前の大切にしている物でなくてはならないが、アタシは悪魔じゃないから、命なんてものは受け取らないよ。生贄とかの血生臭いのもごめんだね』
エリザベスは逡巡し、それではと決意を新たにした。
「わたくしの髪ではどうでしょうか。生まれて十七年、一度たりとも切ったことはなく、大切にしてきたものでございます」
髪は女の命である。特に貴族令嬢にとって髪が長く美しくあることはそれだけ地位が高いことを表している。エリザベスの髪は月の光に例えられる様な銀色で豊かな艶があった。婚姻式には高く結い上げ、銀のティアラを乗せることを夢見ていたのだ。
『いいだろう』
お前の心意気を長さにして表せ、と声が告げた。
エリザベスは懐から護身用の短剣を取り出すと首の根あたりからバサリと切り落とした。短くなった髪が顎のあたりで揺れる。突然軽くなった頭に涙を堪え、これでハルバートが助かるのであれば安いものだと、思いを切り替える。髪はまた伸びるのだ。
『なかなか思い切りの良い子だね。気に入ったよ。入っておいで』
銀の髪は差し出したエリザベスの手からすうっと消えた。
ぽっかりと空いた密林の入り口に意を決して足を踏み入れると、そこは密林ではなく、綺麗に整えられた庭があり、小さな赤い屋根の家があった。
「まあ…」
これは魔法だろうか。帝国にあったものとはまた違う。青の国は魔道具を使って生活を豊かにしていたが、ここにあるのは、視覚を惑わす魔法だろうか。それともそこにあるものを隠す魔法だろうか。
その家の前で、老婆がゆり椅子に座ってキセルを吹かしている。黒い服に銀の髪を緩く編んでいた。目を細くしてこちらを見ているのは魔女か。ふとエリザベスは、あの銀の髪はわたくしの捧げ物かしら、と思う。
「それで?アタシに用事があったんだろう」
「は、はい、魔女様。実は…」
エリザベスはハルバートが倒れて立ち上がれないほどの容態になったあらましを話した。魔女は黙って頷きながら話を聞いていたが、ハッと笑って立ち上がった。
「ああ、とうとうアタシとの契約を破ったんだね」
「えっ?」
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